街場の店が愛され、生き残っていくために必要なものとは…?料理人魂ここにあり!

日本の中華に感じる危機感

小林――僕は最近、新しい食材が気になるというより、素材そのものに触れる機会がどんどん減っていることが気になりますね。
そもそも北京ダックにしても、内臓付きのものは流通していなくて、既にお腹がパカッと割れてるじゃないですか。昔だったら右の脇の下から包丁を入れて、肛門から指入れて…って素材そのものをきちんと扱っていましたが、今はそんなことできませんもの。僕はギリギリ、内臓付きで出回っているものに触れられた世代だけど、今の人はそういうのがまったくないですよね。

高木――乾物だってそうだもんね。戻し済になってて。

陳 ――ナマコでさえ、戻すところは少なくなってる。

高木――いつぞや私、京懐石の連中が45名くらい集まる会で、中華の乾物を使いたいんだけど戻し方ができないから、ということで呼ばれて戻し方を教えてたことがありますよ。

――素材は何ですか?

高木――ナマコ、フカヒレ、干しアワビ、スジ(※編集部注:牛のアキレス腱=蹄筋)…、そういう乾物類全て。戻し方を全部やって、試食させてという形でね。

――中華の高級乾物は、ナマコにせよアワビにせよ、日本産のものが多いですしね。

陳 ――僕もまだ若いので、若い子のことを言うのはちょっとあれなんですが、中華に限らず、イタリアンでもフレンチでも、業界の人の話を聞いていると、それぞれ素材として素晴らしいものがあって、たくさん勉強できるチャンスがあるのに、若い子は学ぶことより、忙しいだとか何だとか言っているのが気になります。何でこの業界に入ってくるのか、何を目標にやっているのかと。
こっちから「じゃあやろう、勉強しようぜ」と言っても、「何やってるの?」くらいな感じ。普通、教わる方は「教えてください」じゃないですか。中華であれば、乾物は単なる保存食ではなく、素晴らしい可能性を秘めている食材ですし、調味料を作ることだって面白い。僕もたまに教えてもらいたいと思うことがありますよ。 もちろんすごく目が爛々としてやる気のある子もいますけど、どんどんそれが減っているような気がして。

高木――だから、俺のところには「魚の浮き袋を戻して欲しい」っていうような注文だってあるんだよね。油で揚げるんだけど、それすら店でやれない。 それと、本を見ていると「何℃まで揚げる」とか書いてあったりするけど、俺からすると間違いだと思うこともある。浮き袋なら、140℃になったら水をぶち込めとあるけど、80℃から入れて、140℃になったら水をぶち込む。それを3回ね。モノがいいやつだったら3回、悪いやつだったら2回でいい。料理をする側には、そういう細かい加減がある。

こういうことを上の人が教えて、また、下の人が教わっていかないと、いつか戻し済の干しアワビか、煮アワビしか店には来なくなる。それじゃあ中国料理は終わっちゃうよと俺は言いたい。素材それぞれの炊き方があって、それぞれの旨味の取り方があって、初めて料理は成り立っている。本にするにも、それを正しく書いてほしいし、絶対に隠してはいけない。

魚肚
魚肚(ユイトゥ:魚の浮き袋)は、アワビ、なまこ、ふかひれと並ぶ中国高級食材のひとつ。乾物を水で戻すか、油で揚げて戻す方法があり、それぞれ触感が異なる。

陳 ――本当にそうだと思います。これは愚痴かもしれませんが、「お前、自分の手の感覚で覚えろ」と言われて、それで駄目で叱られて、「こんなんじゃ使えないじゃないか!」で、バチーンだったのが、今は手取り足取り教えている。それなのに…。

高木――調理場で、見て、感覚で、やる気で覚えるんじゃなくて、レシピを作ってあげないといけなくなったんだよ。何時間炊いて、止めて、密閉して、どうのこうのって…。

陳 ――これから中華を始めようという子たちに、どうやって「中華ってこんなに楽しいんだよ」と伝えられるか。これは本当にいつも思っています。確かにきついじゃないですか。でもやっぱり、古き良き伝統は絶対、誰かが守っていかなきゃいけないと思うんですよ。

高木――いいのか悪いのか、業者さんも下処理までしてあげちゃうわけでしょ。若い奴はふかひれがもともとどんな形をしているのか、現品を知らない子だっているよ。描かせたら、魚の尻尾のようなものを描いちゃうだろう。小さいヒレもあるけど、それがどの部分と言ったってわからないよ。でも、さばいてあるものを見れば、鮫の色はこの色、スムキになっていればこの色って、素材を理解できるはず。

しかし、昔は上海から海鮮を内陸にもって行くには、やっぱり乾物でないと陸送できなかった事情があるけど、今は高速道路やエアが発達していて、内陸でもデカい水槽があって、魚の種類も豊富だろう?でも、そもそもそういうのがなかった時代に素晴らしい調理技術が発達したから、やっぱり高級中華といえば乾物なんだ。その一方で、日本も台湾もそうだけど、燕巣(エンソウ:燕の巣)、ふかひれ、干しアワビ、ナマコ…。今、こういうものを誰が食べる?本当に特別な人しか食わなくなったよな。

ナマコの乾物と戻し済の比較
乾物のナマコ(右下)と戻し済のナマコ(上)。乾物を戻しながら内臓を掃除し、調理できる状態にするには約1週間かかる。

陳 ――わかっている人が少ないですからね。

―― 一生に一度、という感じかもしれません。

高木――今は乾物よりも「新鮮なものを炒めればいい」って感じになってきた。でも、中国料理を知っている人にとって、メインディッシュはやっぱり乾物なのよ。それをいかに戻して美味しく炊くかってところに店の技が出てくるわけだからね。だから、乾物がないと「え、それで終わっちゃうの?」って気持ちになる。でも乾物の調理や、技はもちろん手間暇がかかる。

一方で、大手ホテルのレストランが落ち込んできているのは、高級なものを求められながらも、人件費を考えると、加工済の食材を取った方がいい、って判断になるところに端を発していんじゃないかな。1時間費やしてもわずかな利益しか出てこないなら、手軽なものを、とね。

街場の店は10円20円を稼ごうとするし、勝つためには手づくりしかない。小林さんや陳さんのところは、冷凍の春巻を取って揚げるかい?冷凍の焼売の取って蒸すかな?1,000人や2,000人のパーティーをやるなら、冷食も取らなきゃ間に合わない。

でも、周りを見れば、今は手をかけて作っている店しか残ってないのが現実。そうじゃなければ、お客さんにアピールするものがないもんね。そのために技術が必要なんだよ。棒々鶏(バンバンジー)のゴマだれの基本を知っていれば、ピーナツにしようが、アーモンドをすりつぶそうがアレンジできる。でも、その基礎さえできなくなってきている店がある。

――すると、応用ができないんですね。

高木――そうです。もうほとんどできあがっているものを組み合わせただけのソースしか知らなければ、元々の基礎がないからアレンジもできない。そこからどう変えていこう、といったときに、もう行くところまで行っちゃったソースしか使っていなかったら、開発もしようがない。それこそ小さなお店が「人手が足りないから、出来合いを取っちゃおう」となったら、本当に残っていかないよ。
小林さんも言ってたけど、ホテルから来た子たちが街場の店で勤まらないのは、俺たちが手抜きをしないところにあるかもね。

小林――本当に続かないです。僕ら、働いちゃいますからね。

高木――今日は早番、明日は遅番ってやっている子たちが街場に降りたら、これは苦しいですよ。耐えられないと思う。
だからといって、ここに3カ月いました、半年いましたっていうような子は、僕は絶対に雇わない。今の子たちは嫌だから辞めるでしょ。でも、せめてその場所で3年は我慢しろよ、と。日本の場合は四季があるんだから、四季が移ろえばメニューが変わる。それならせめて3年くらいは腰を据えないと。去年これやったから今年はあっちで行こうとか、あるじゃない?実際、ひとつの店に3年いたって、やった料理の10%くらいしか覚えていないもんだ。

――では、どういう人材がほしいんでしょうか。

高木――俺らは「今板場がほしい」、「点心がほしい」なんてことは言わない。オールラウンドプレーヤーがほしい。つまり料理人が欲しいわけよ。

――パーツじゃないんですね。

高木――それはホテルのスタイル。街場はそんなわけにはいかない。

――小林シェフ、同感ですか?

小林――同感ですけどね、いないんですよね。

高木――そう。街場の苦しいのはそれですよ。

――でも、辛いけれども辞められないというところは大きいんじゃないですか。

高木――自分で言うのもなんだけど、今はそんなに儲けはなくても幸せですよ。もう、この年だったら普通引退じゃないですか。ホテルで料理人人生を終わるのもよかったんですけど、こんなに元気なのに60で仕事終わって、プラプラできないよな。早く店を始めていっぱい貯めて引退するっていう道もあるかもしれないけど、俺は自分で商売できたってこと、今、働いている自分の居場所があるということにすごく幸せを感じますよ。

小林――僕はやっていることそのものが楽しいです。料理を作っていることそのものが。毎日お客さんを見ていられますしね。

高木――でも、野望はあるでしょ?

小林――全然系統が違うようなものは面白いかなと思いますけどね。

――麺飯屋さんとか、中華じゃないとか?

小林――内緒(笑)。

高木――でもね、秘密は持っていると苦しいよ。「実は…」って明かす喜びもあるだろ? 秘密を自分の胸のうちにしまっておくだけじゃなく、その明かす喜びを覚えないと。

小林――もうちょっと構想が練れてから、ご相談しますので(笑)。

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料理を提供するには技が必要。技をなくしては未来がない―――。今回は、真摯に中国料理の世界と向き合う3人ならでは話題でしたね。ただ腹を満たせばいいだけの店が残っていけば、食文化は廃れてしまいます。技のあるシェフによる技の継承を断たないようにするにはどうすればいいか。これは今後の座談会のテーマにもなりそうです。

また、最後に小林シェフから期待の発言がありましたね。「御田町 桃の木」はミシュランの星が6年連続となった注目店だけに、発言の行方が気になります!

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Text 佐藤貴子(ことばデザイン)
Photo 林正