本場の薑汁撞奶(しょうがミルクプリン)の味を確かめに、順徳に行ってきました。

本式の広東式しょうがミルクプリンを求めて
in 順徳

誰もが手軽に作れる中華スイーツといえば、しょうがミルクプリンこと薑汁撞奶(キョンジャッゾンナイ ※広東語読み)。どれだけ手軽かといいますと、しょうがの絞り汁に温めたミルクを注ぎ、しばらく蒸らすだけでできあがり。

しょうがの量やミルクの温度、ミルクに含まれる脂肪分によって、固まったり固まらなかったりするのが、この料理の難しくもおもしろいところ。そして、唇に触れたときのやわやわ、ふるふるとした絶妙な感触と、さっぱりとしながらもミルキーな風味は唯一無二。まずは中華好きでなくとも試していただきたい、広東省伝統の味がこちらです。


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そんなわけで、80Cでは昨年、「海鮮名菜 香宮」篠原シェフのレシピと、本場さながら水牛のミルクで薑汁撞奶を作る企画を実施。おかげさまで大変好評を博しました。

となると俄然気になるのが現地の味。ならば行って、確かめてみようじゃありませんか。

広東式ミルクスイーツの聖地へ!

というわけで、やってきたのは広東省佛山市順徳区。この地域は清代より水牛が飼育されており、そのミルクを使って薑汁撞奶(しょうがミルクプリン)、双皮奶(卵入りミルクの薄皮張り蒸し)、炒鮮奶(ミルク炒め)、炸牛奶(揚げミルク)など、後世に残る名物料理を誕生させた「美食のふるさと」でもあります。


炸牛奶(揚げミルク)※広東省佛山市順徳区「民信双皮奶」にて撮影
牛乳をふわふわとした食感に固めて揚げたもの。同店では皮で巻いてから揚げています。

そこで今回我々が訪れたのは、1930年代創業の老舗「民信双皮奶(マンセォンションペイナイ ※広東語読み)」。


順徳の繁華街(东乐路1号)にある「民信双皮奶」の外観。

同店のメニューに書いてある“いわれ”によると、「順徳大良で牛飼いの少年、董孝华(ドンシァォファ)が、牛乳の保存期間を延ばそうと、一度沸騰させてから冷却してみたところ、表面に薄い皮ができることを発見。

それを一口試してみると柔らかく、意外と美味しかったことから、牛乳の膜を生かし、卵を加えた甜品「双皮奶」(ションペイナイ:卵入りミルクの薄皮張り蒸し)が生まれ、董孝华が創始者として知られるようになった」そう。

その後、店はミルクスイーツを看板メニューに、糖水(温かく甘いスープ)、糊(お汁粉)、湯圓(お湯や甘いスープの中に餡入りの白玉団子が入ったもの)、豆腐花、亀苓膏(亀ゼリー)などを扱う広東スイーツ店として成長。今では地元客と観光客で繁盛する店になりました。


夜11時過ぎでもこの賑わい!

さっそくメニューを見てみると、さすがは「民信」、(ナイ:ミルク)がつくメニューが冒頭からずらり!

そして、目当ての薑汁撞奶(しょうがミルクプリン)は、ここでは姜撞奶という表記(※姜=生姜の姜)。プレーンな味以外にも、椰汁(ココナッツ)、杏汁(杏仁)、紅豆(あずき)、蓮子(ハスの実)、雪蛤(カエルの卵管に付着した膠質)入りと、さまざまな味のバリエーションが見られます。

また、同店が発祥とされる双皮奶(卵入りミルクの薄皮張り蒸し)も、黒珍珠(ブラックタピオカ)や姜汁(しょうが汁)入りなど種類が豊富。ここに来たら、やはりこの2つは外せませんね。

そしてオーダーしてから間もなく運ばれてきた薑汁撞奶がこちらです!

本場のしょうがミルクプリン、その味は?

これがやはり、日本で作られるものとはひと味違いました。

現地は、日本よりしょうがの味が濃く強いのです。しょうがの芳香のみに留まらず、ピリッと辛みさえ感じるパンチのある味。恐らくしょうがそのものの品種または風味の違いが影響しているのだと思いますが、そのせいか、ミルクがよりすっきりとした風味に感じられます。

そして最も気になるのが「牛乳か? 水牛乳か?」というところ。もしかすると、水牛で作るミルクプリンなんて今や都市伝説なのかも…?

そう思って確認してみると、「姜撞奶(薑汁撞奶)、双皮奶ともに水牛のミルクを使っています」(キッチン担当の劉玉連さん)とのこと!!

また、メニューにある「鮮奶」(フレッシュミルク)も水牛のミルクを使用。他のミルクスイーツとして「牛奶〇〇」という料理もありましたが、これも水牛を使っているのだそう。聞けば、一般的に「牛奶〇〇」と書いてあるものには砂糖を加えているそうですよ。


こちらが同店発祥、双皮奶(ションペイナイ:卵入りミルクの薄皮張り蒸し)。卵白と少量の卵黄が入っており、ミルクの膜による濃厚さが持ち味。食感は茶碗蒸しをかなりソフトにしたようなふわふわ感!


牛奶椰子雪莲炖桃胶(桃の樹液と雪蓮入りココナッツミルクの温かいデザート)。茶色いぷよぷよしたものが桃の木の樹液。無味無臭で、弾力のある滑らかな食感です。

水牛のミルクはどこにある?

さて、ここまで来ると、実際に水牛を見てみたいと思うもの。そこで運転手のラウさんに「順徳で水牛を見たいのですが」と尋ねたところ、「水牛を飼っているところなんて見たことがない」というじゃありませんか。できれば水牛の姿を遠巻きにでも見たかったのですが、タクシー仲間に尋ねてもらっても「知らない」とのこと。

かつては水牛といえば広東省。『中国食物事典』によれば、1986年に100万頭以上の水牛を飼育している省および自治区の水牛と黄牛(中国全土に広く分布している牛)の頭数において、広東省と広西チワン族自治区だけは、水牛の方が多く飼われていたというデータがあります。(※広東省は水牛:黄牛=323:212、広西チワン族自治区が304:291 / 単位は万頭)

しかしそれから約30年経った今、調べてみるとその状況は激変していました。2014年06月29日付『中国畜牧兽医报』によると、2000年には2万頭いた乳水牛が、2013年には6000頭に減り、毎年10%ずつ減少。都市開発によって水牛を飼う土地はなくなり、政府からの補助金も打ち切られようとし、双皮奶の原料危機が目前に迫っている…というのです。

写真はイメージです。

とはいえ、市民が水牛のミルクを購入することも、今はまだ十分に可能。順徳在住の日本人で、順徳の情報サイト『順徳生活』を運営している赤座卓也さんに尋ねてみると「牛乳といえば一般的には牛の乳になりますが、水牛乳も買えます。ただし高価ですよ。人気があるのは『大良欢记牛乳店』。順徳の人ならだいたい知っていると思います」と話してくれました。

また、「現在この近郊で水牛を飼育しているのは、広州市の番禺区です」と赤座さん。番禺区は佛山市順徳区と水道を隔てた向かい側にあり、薑汁撞奶の発祥の地ともいわれる場所。今回は訪れることができなかったのですが、対岸に渡ってみたら、水牛の姿を見ることができたかもしれません。

伝統の味よ、いつまでも

こうしてちょっとした好奇心から始まった、広東式しょうがミルクプリンの旅。今回、ちゃんと「水牛のミルクで作った」と言われる薑汁撞奶や双皮奶を食べられたのは、貴重な経験となりました。

しかし、数年後に訪れていたらどうだったのでしょうか。今では香港やマカオでも人気のこのスイーツ、本場でなくなってしまうのはあまりに悲しいこと。次に訪れたとき、またここで伝統の味を楽しめるなら嬉しいですね。

いくつかの売店で見かけた水牛乳の塩水漬け。僅かに酸の香りがあり、口にすると、強い塩気とともに、濃縮した乳の味がします。煲粥(土鍋粥)に入れて2~3分煮たり、ごはんに乗せて5~6分蒸らしてから食すのがおすすめです。

薑汁撞奶と双皮奶の違いとは?

薑汁撞奶と双皮奶は、ともに広東料理の代表的なミルクスイーツ。薑汁撞奶は、おろしたてのしょうが汁に温かなミルクを注ぎ、蓋をして蒸らして仕上げるもの。双皮奶は沸騰させた牛乳を冷まして膜を作り、膜の内側にある牛乳を取り出して卵を混入、もう一度膜の入った器に戻し、蒸籠で蒸して仕上げる、という違いがあります。

 


●取材地

民信双皮奶

双皮奶、薑汁撞奶など、広東式のミルクスイーツが楽しめる老舗。佛山市内に5店舗を構えますが、「順徳新世界飯店」の近くにあるこちらが行きやすくおすすめです。
广东省佛山市顺德区东乐路乐景阁(清晖园对面)
TEL:0757-22215444

大良欢记牛乳店

順徳情報サイト『順徳生活』赤座さんおすすめの水牛乳販売店。
广东省佛山市顺德区金榜上街
TEL:0757-22234965

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①本式の広東式生姜ミルクプリンを求めて in JAPAN
②香宮篠原シェフ直伝!失敗しないしょうがミルクプリンのつくり方

 


取材協力
赤座卓也(『順徳生活』運営)

参考資料
『中国名菜譜 南方編』(柴田書店/1976年発行)
『中国食物事典』(柴田書店/1991年発行)
『新中国料理大全 三 広東料理』(小学館/1997年発行)
『中国畜牧兽医报』2014年06月29日付
『神秘的地球』(广东驰名甜品“双皮奶”正面临绝地危机 奶水牛存栏数急剧下降)
『中時電子報』(广东水牛锐减 双皮奶恐成绝响」

Text & Photo 佐藤貴子