誰でも最初は新人。毎日辞めたい日々が続いても、今はずっと続ける覚悟があるプロに。脱皮のきっかけは…?

毎日辞めたい!ミスばかりの1~2年目。

「毎日のそば打ち、魚の水洗いからさばくところまで。池之端(古月 池之端本店)では、1年目からなんでもやらせてくださいました。しかしプロの仕事に全くついて行けず…。

技術はなく、ミスばかりで『今日は無事に終わったー!』という日が一日もないまま、1年が過ぎていきました。入社して間もなく、月に一度の全メニュー変更時に、デザートメニュー考案も任されるようになりましたが、全然OKをもらえなくて」

山中シェフの方針で、2年目は板場に立ったものの、その年は新人が入社しなかったため、板と1年目の仕事の両方をこなす日々。大事な宴会で簡単に入手できない食材の発注ミスなど、失敗が続きます。

「毎日辞めようと思っていたのですが、あまりにも忙しくて、その日の仕事が終わるたびに『明日こそ辞めますと言いに行こう。でも、せっかく厨房にいれてもらえたのに…』の繰り返し。結局、先送りしていました」

前田藍さん

4年目に訪れた転機。
上海研修にて女性シェフと出会う

しかし、もがきながらも迎えた4年目、中国料理の神様は、地道にキャリアを積み重ねた藍さんを見放しませんでした。

「李伯栄さんが総料理長を務める、上海豫園の老舗『上海老飯店』に、1ヶ月間研修に行かせてもらうことになったんです。目的は、酥餅(酥饼:スウビン)というパイ生地の技術を学ぶことでした。すごかったですね。向こうは技術力も高いですし、作っている量が日本とは違います。この研修が調理師としての転機になりました」

酥餅
酥餅(酥饼:スウビン)

そしてラッキーなことに滞在はホームステイ。鍋専門の女性シェフの家で暮らすことになります。

「彼女は細腕で、私と同じくらい身長があって、男の人みたいな身のこなしでかっこいいんです。そう、まるで宝塚の男役のよう。仕事にプライドを持っていて『私が料理を教えてあげる』と、いろいろな名菜を作って見せてくれました。

例えば、エビを強火で炒めた油爆蝦(油爆虾:ヨウバオシァ)や、アヒルのおなかに豚や鶏、たけのこや椎茸を詰めて蒸した八宝鴨(八宝鸭:バーバオヤー)。同店の名物で、金華ハム、鶏肉、金糸卵をドーム状に盛り付け、スープをかけた扣三絲(扣三丝:コウサンスー)など、すべて休憩時間にやっていただきました」

1ヶ月という限定された期間、乾いたスポンジがゴクゴクと水を吸うがごとく、藍さんはどんどん技を吸収していきます。

上海老飯店
上海老飯店

「この研修は、山中シェフの酥餅への思い入れの強さもありますが、『女性が料理人をやっていく時に箔がつくように』と送り出してくれたんです。感謝してもしきれません」

こうして大いにモチベーションがアップした上海研修から4カ月後、「古月 新宿」がオープン。藍さんはオープニングスタッフとして池之端から移動します。これが、本格的なサービスへの道の始まり。またそこは、人生の伴侶と出会うステージでもあったのです。

食養生ノート


TEXT 浅井直子
PHOTO 丸田歩