これを読めば中国各地の食文化がわかり、中国の地理に強くなる!『中国全省食巡り』は、中国の食の魅力を毎月伝える連載です。
◆「食べるべき3選」の選択基準はコチラ(1回目の連載)でご確認ください。
ライター:酒徒(しゅと)何でもよく飲み、よく食べる。学生時代に初めて旅行した中国北京で中華料理の多彩さと美味しさに魅入られてから、早二十数年。仕事の傍ら、中国各地を食べ歩いては現地ならではの料理について調べたり書いたりしている。中国生活は合計9年目に突入し、北京・広州を経て、現在は上海に在住。好きなものは、美味しい食べものと知らない食べものと酒。中国全土の食べ歩きや中華料理レシピのブログ『吃尽天下@上海』を更新中。Twitter:@shutozennin

食は広州に在り」すぎる

連載第3回となる今回は、広州市を採り上げる。広東省の省都であり、つまりは世界に名だたる広東料理の本拠地である。「食在広州(食は広州に在り)」のキャッチフレーズは、日本でもよく知られていることと思う。その看板に偽りはなく、この街の食は「多彩さ」にあふれている。

「四本足は机以外、二本足は両親以外、飛ぶものは飛行機以外、海のものは潜水艦以外なんでも食べる」などという俗語があるように、料理に用いる食材の豊富さは、他地域の追随を許さない。

元々、この土地には南方の温順な風土がもたらす豊かな山海の幸がある。それに加えて、昔から海外交易の拠点として栄えてきた商都であることが、料理に時間と金を惜しみなく費やす文化を生み、新たな食材や調理法を採り入れることをいとわない積極性と柔軟性をはぐくんだ。中華料理の中で、広東料理ほど新たな創作料理が続々と生み出される料理体系もない。

だが、僕としては、その中でも時の試練に耐えて生き残っている伝統料理にこそ、スポットを当てたい。広州という街は、中国有数の大都市でありながら、良い意味での古めかしさが今も残っている。オシャレな最先端の創作料理よりは、古くから愛される伝統料理が似合う街だと思うのだ。

生薬を扱う店が集まる広州市清平路。十数年前までは、ありとあらゆる動物を扱う食材市場としてもにぎわっていた。

かつて広州に三年半ほど住んだ僕は、そう考えてこの一カ月間、どの料理を採り上げるか悩んでみたのだが、正直に結論を言おう。無理。3つだけ選ぶなんて、絶対無理。だって「多彩さ」がウリの料理なんだもの。「僕が食べたいもの」という身勝手な基準ですら、様々な料理が同列に並んでしまって、全く絞り切れなかった。

ということで、連載3回目にして早速のルール違反にはなるが、今回は広州に行ったら是非とも体験したい「食のテーマ」を3つ選んでみた。言い換えると、僕が広州生活を思い出して「あれは幸せだったなあ」と思ったもの3選である。思わず筆が走って長くなってしまったため、広州編は3回に分けてお送りしたい。

※編集部注:ルビは普通話(普通话)です。

広東のスープじゃなければスープじゃない!? 老火靚湯(ラオフォリャンタン/老火靓汤/とろ火煮込みスープ)

一杯のスープの中に小宇宙がある。それが、老火靚湯。

広州生活を始めてまず驚かされたのは、広州人の湯(スープ)に対するこだわりだ。周りの広州人に「オススメの広東料理は?」と尋ねると、かなりの高確率で「湯(タン)!」と即答されたのである。

彼らに言わせると、「一日一回は必ずスープを飲む。飲まないと落ち着かない」「何杯飲んでも飽きない。毎食スープと野菜とご飯さえあれば十分」「広東料理でスープを頼まないなんて、話にならない」・・・と、何だかスゴイ意気込みなのだ。

その意気込みが、飲む順序にも表れているのがおもしろい。中国の他地域では、スープは食事の最後の方に供されることが多いが、広州では食事の最初にスープを飲むのが決まり。

「最初にスープを飲んで、腹を落ち着けるのさ。そうすれば、食べ過ぎることもない。それに、空腹時はスープの栄養を一番良く吸収できるからな」というのが、その理由だ。

そんな広州人、他地域のスープにはえらく手厳しい。「北京や上海にスープと呼べるものは存在しないね」「広州じゃ、最低2時間は煮込まなきゃスープじゃないから」「そう、だから他地域のスープは『水』と一緒だな」。こんな調子で皆が皆、「広東のスープでなければスープにあらず」的な原理主義者ばかりなのである。

では、彼らがそれほどまでに誇りを持つのは、一体どんなスープなのだろうか。それは老火靚湯(ラオフォリャンタン)と呼ばれ、湯(バオタン)燉湯(ドゥンタン)の二つに大別される。

煲湯(バオタン)は、水と具を入れた土鍋に直接火を当てて加熱するスープ。燉湯(ドゥンタン)は、茶碗蒸しのように水と具を入れた容器を、更に大きな鍋の中で蒸して加熱するスープ

後者の方が食材に旨味が保たれ、スープがクリアな味になるとされるが、調理時間も長くかかる。日常的に親しまれているのは、煲湯の方だ。

煲湯(バオタン)は大きな背高の片手付き土鍋で煮込む。蓋には小さな穴が一つあり、蒸気が抜けるようになっている。
燉湯(ドゥンタン)は、一人用の小さな容器で供されることが多い。これを更に大きな鍋の中に入れて蒸し上げる。

シンプルな調理法で最大限に食材の風味を引き出す

調理方法は実にシンプルだ。煲湯(バオタン)を例に取ると、水と具を専用の土鍋に入れて蓋をして強火にかけ、沸騰したら極弱火にして煮込むだけ。味付けも基本的に塩だけで、できあがりの直前に入れてかき混ぜるだけ。このシンプルさが、食材の旨味を十分に引き出し、膨らませるのである。

広東料理ならではの「多彩さ」は、具に表れる。ほとんどのスープは、ダシのベースとなる肉類に何種類もの乾物を組み合わせることで構成される。更に、蓮根、ニンジン、クレソン、トウモロコシ、各種瓜類といった野菜を加えたりもする。

ベースの肉類は、豚、鶏、牛、あひる、鴨、鳩、うずら、烏骨鶏(ウコッケイ)あたりが定番。他にも羊、鹿、魚介類、爬虫類、両生類…と、おおよそ皆さんが思いつく動物全てが材料になり得ると思ってもらっていい。もちろん哺乳類に関しては、足やしっぽやモツや脳みそなど、様々な部位を用いる。

とある燉湯(ドゥンタン)専門店の品書き。なかなか刺激的な品揃えだが、敢えて翻訳はしない(笑)。
燉龍虎鳳。小文字でこっそり書いておくが、ヘビとネコと鶏のスープだ。

乾物は、さらに多彩だ。様々なキノコや魚介類の乾物。白菜干(干したパクチョイ)や淮山(干した長芋)といった干し野菜。大豆やピーナツ、緑豆ハト麦といった豆類・穀類。その他、紅棗、蜜棗、枸杞、百合、陳皮、玉竹、茯苓、黄芪、天麻、芡実、党参、桂圓、無花果(…以下、無限に続く)などなど、個別の翻訳や解説を放棄せざるを得ないほど、多種多様な乾物が用いられる。

鯊魚骨花菇枸杞湯(サメ軟骨と花どんことクコのスープ)の材料。ひとつのスープにも、様々な乾物が使われる。

中医学の養生法に通じる日々のスープ=老火例湯

こんな調子なので、具の組み合わせパターンは星の数ほどにもなるが、それに一定のルールを与えているのが、中医学の理論だ。

広州人は折々の季節や家族の健康状態を考慮して、適した効能が得られる具の組み合わせを選ぶ。そもそも老火靚湯(ラオフォリャンタン)に使われる乾物の多くが、漢方薬としても用いられるものだ。言わば、毎日薬膳スープを飲んでいるようなもので、広州人の生活には医食同源の思想が自然と根を張っている。

それこそ、中医学病院が経営しているスープ専門店もあった。器は欠けていても味は本格的な燉湯(ドゥンタン)。
党参鹿角膠燉水鴨。党参(トウジン)と鹿角膠(ロッカクキョウ)と水鴨(マガモ)のスープ。滋陽壮陰(滋養強壮)の効果あり。

では、広州で老火靚湯(ラオフォリャンタン)を楽しむにはどうすればいいだろう。それは広東料理店に行って「老火例湯(本日のスープ)」を頼むのが一番簡単だ。

旬の食材を活かし、その季節の気候に適したスープが日替わりで用意されているので、初めての人でも、その日その時頼むべきスープにありつける。あるいは、街角には老火靚湯の専門店もあるので、ローカル店好きの人は探してみよう。

この日の老火例湯は、蛤貝冬瓜老鴨。ムール貝の乾物と冬瓜とアヒルのスープで、白濁したスープは濃にして厚!
原只椰子竹絲鶏は、ココナッツを器にした燉湯。スープは仄かに甘く、香りがいい。竹絲鶏は烏骨鶏の別名だ。
冬瓜を器にした冬瓜も、燉湯の一種。見かけ倒しではなく、澄んだスープとそれを吸った柔らかな冬瓜がとてもおいしい。

おもしろいことに煲湯(バオタン)の場合、店によっては器に具を入れずにスープだけを供することがある。長時間煮込むことで具の旨味は全てスープに抽出されているので、スープだけを味わえばよいという理屈だ。

その場合、具は捨てられるわけではなく、別途平皿に盛られて供される。これは「ちゃんと品書き通りの具を使っていますよ」という店から客へのアピールでもあるが、添えられた醤油ダレをつけて食べてもいい。

スープはスープだけで出され、具は別盛りで醤油ダレが添えられる。高級店の煲湯はこのスタイルが多い。

しかし、いざ食べてみれば、店側の理屈を舌で理解できるはずだ。つまりは、旨味が出切っていて、あまりおいしくない(笑)。

具は湯料と呼ばれる。これは、鶏の足と豚すね肉とピーナッツと何種類かの穀物。

思うに、老火靚湯には、広州という街が長い時をかけて積み上げてきた歴史と文化の精髄が溶け込んでいる。口当たりはあっさりなのに、深々とした味わいがじんわりと身体の隅々まで染み渡っていくかのような感覚は、このスープならではのものだ。広州人が傲慢なほどの自信を持っていることにも納得。この街を訪れたら、必ず味わっておくべき美味である。

»シリーズ続編:中国全省食巡り3|広州で食べるべき料理3選 ②焼味


text & photo 酒徒