広東料理マニアックス

①順徳料理とは? | ②農家レストランは小動物園 | ③自給自足村のおもてなし

「胃袋のなかの動物園」―――。このフレーズ、『鉄の胃袋中国漫遊』(石毛直道 著)の、広東省の章の小見出しですが、これほど広東省の農家レストランに似合う言葉はないのではないでしょうか。

「広東人が食べないのは、脚のあるものはテーブルだけ、翼のあるものは飛行機だけ。四ツ足で食べないのはテーブルとイスだけ、二本足で食べないのは両親だけ」。

仏山市滞在2日目は、そんなジョークがなんとなく身体で理解できる、素敵な場所へ足を運んでみました!

まるで小動物園!広東の農家レストラン

いざ向かったのは、仏山市順徳区の中心地から、約90km北上したところにある三水区。ここは温泉があることでも知られており、「三水温泉度假村」などの大型施設をはじめ、自然派リゾート地として親しまれている場所でもあります。


広東省仏山市三水区芦苞大道

その界隈にある「金旺达长寿村农庄」は、周囲を田畑に囲まれた農家レストラン。店名を繁体字で書くと「金旺達長寿村農庄」。中国らしく、いつまでも豊かで長生き…といったニュアンスが感じられる、福々しい店名ですね。


金旺达长寿村农庄

篠原シェフは昨年もここを訪れており、到着するや何建兵厨房总長(総料理長)がお出迎え。最初に案内されたのは、レストランではなく裏の畑…、というのはさすが農家レストラン。そこにはガチョウやアヒル、そして小さいながらもよく手入れされた田畑が広がっていました。


水辺のガチョウ。


水辺のアヒル。


青菜あれこれ。

そして表に回ると、ケージの中には様々な鳥類、ウサギ、水律(ヘビ)、蛙など様々な生き物が。そう、日本の農家レストランでは野菜主体のところが多いですが、ここは広東省。鳩をはじめとする鳥類、ナマズや鯉などの淡水魚類、ヘビ、蛙などの両生類と、多種多様な食材を取り揃えているのです。


鳥カゴにはいろんな鳥が!


鳩の卵。


大きなウサギ。


ナマズ、鯉などがゆらゆらしています。

 


食材は基本的に量り売り。

また、乾燥保存されている野菜には、滷水(香辛料と塩、砂糖等を煮込んだ調味液)や、合わせダレの香りづけによく使われる沙姜(沙羗とも表記)があるのも広東省らしいところ。


何総料理長が沙姜の香りを解説。


調理場は、食材の生産地から徒歩30歩!究極の地産池消です。

 

農家菜で“鮮”を堪能!

こうして動植物を物色した後は、いよいよ食べる番です。私たちが選んだ食材は、ちょっと珍しい野鳥にナマズ、そして地元ならではの小魚炒めなど。その味わいは“鮮”という単語がぴったりで、身体で広東を感じられるものでした。

そう“鮮”とは、中国の料理本や食味の解説などで、旨みを言い表すときによく使われる言葉。同店の料理は食材そのものに太い旨みがあり、そこに味や香りの決め手となるものを何かひとつ、ビシッと効かせているのが特徴的。では、どんなお料理があったかというと…、

沙羗白切鸡(ゆで鶏 沙姜だれ添え)

先程ご紹介した沙姜(同店では「沙羗」と表記)のタレで食べるゆで鶏。葱と沙姜の香りが際立つフレッシュなソースが、鶏と実によく合います。

酸荞头蒸鲶鱼(ナマズと甘酢らっきょう漬けの蒸しもの)

酸荞头は甘酢らっきょうのこと。日本で食べられているそれとなんら変わらない味と大きさで、ナマズをさっぱりと蒸した一品。ナマズの皮の内側にはコラーゲン質がふるふると揺れており、身はぶりりんと弾力があります。

荷叶蒸飞龙(エゾライチョウのハスの葉蒸し)

私たちを最もわくわくさせてくれた野味。何総料理長のおすすめで、キジ目ライチョウ科に属する飞龙ことエゾライチョウを、蓮の葉で包んで蒸してもらいました。baidu(中国版wikipedia)によると、中国の他地域では花尾榛鸡または榛鸡と呼ばれているようです。
ちなみに飞龙(繁体字では飛龍:フェイロン)は、日本では北海道全域、中国では黒竜江省や吉林省などに分布する野鳥。ここは広東省ですが、なぜかこの日はいたわけですね。白っぽい身と濃厚な旨みで、ジビエ好きにも珍重される鳥です。

生炒白菜心(サイシンの炒め)

豚の油とにんにく、少量の醤油を入れて炒めた菜心(同店では「白菜心」と表記)。広東省では通年栽培されている定番の野菜です。カリカリに炒めた豚の油が入っているのが広東料理らしいところ。

烧肉(皮付き豚ばら肉のクリスピー焼き)

日本でも、焼き窯のある広東料理店で食べられる料理。ごらんください、この美しい脂身を。そして惜しみなく盛られた量を…!塩はやや強めに効かせており、卓上の砂糖をちょいちょいつけていただく趣向です。

腊味蒸北江鱼干(腸詰と北江産干し魚の蒸しもの)

腊味はここでは腸詰と干し豚肉の両方を指します。北江は中国南部を流れる大河・珠江の支流のひとつ。地場の小魚を軽く干し、甘味、塩気、旨みを併せ持つ腊味とともに炒めています。乾物の魚に動物性の旨みを合わせるという点で、非常に広東的な一皿ですね。

こうして食材見物の興奮から食後の安穏まで一気に体験させてくれるのは、さすが広東省の農家レストラン。また、シンプルで力強い料理を、開放的な空間で、どこからから感じる風ととも味わっていると、都会で楽しむよりもより深くその土地を味わえるような気持ちになってくるから不思議です。

自由市場で珍しい食材を見物するのも楽しいですが、実際に食材を見て、選んで、調理してもらって食べられるほうが、断然食文化への理解が深まるもの。市場を見るだけでは飽き足らなくなった方は、ぜひ次回訪れてみてはいかがでしょう。きっと“鮮”な体験が待っていますよ。

さて、最終回は広東版里帰り企画。順徳から車を走らせること2時間超、そこは沙糖柑(みかんの品種)のふるさととして知られる、自給自足の小村。なんと、篠原シェフが順徳を旅する際、毎回車をお願いしているドライバーのおじさんのふるさとに行ってきました。そこでいただいたおもてなし料理とは? お楽しみに!

広東料理マニアックス

①順徳料理とは? | ②農家レストランは小動物園 | ③自給自足村のおもてなし

参考資料:
『鉄の胃袋中国漫遊』(石毛直道 著 / 平凡社 / 1996年)
『中国食物事典』(田中靜一 編著 / 柴田書店 / 1991年)

※中国語表記は現地の記載に準じています。


TEXT & PHOTO 佐藤貴子