荻野シェフに学ぶ、唐辛子×四川の可能性

① 唐辛子のテイスティング方法   | ② 荻野シェフ特製!唐辛子チャート
③ 唐辛子の特徴を生かした四川料理 | ④ 荻野シェフのこだわり&お気に入り本

唐辛子の個性、どう生かす?

シリーズ3回目は、唐辛子の特徴を生かした四川料理をご紹介。四川の定番調理法や麺料理に、「巴蜀」ではどのように唐辛子を使っているのでしょうか。荻野シェフに教わりました。


料理について
今回作っていただいた料理は、本特集の企画でテイスティングした唐辛子を使用しているため、『四川料理 巴蜀』で通常提供しているものとは若干異なります。
また、同店で「水煮肉片」はアラカルトでの提供可、「担担面」と「蹄花荞麦」はコースのみの提供となります。

 


 

朝天×子弾头の併せ使いで、鼻を虜にする香りに

水煮肉片

まず1品目は「水煮肉片(shuǐ zhǔ ròu piàn:シュイ ヂュ ロウ ピィェン)」、「豚肉の薄切り 辛味煮込み」です。

こちらの料理は、豚肉ではなく「水煮牛肉(shuǐ zhǔ niú ròu:シュイ ヂュ ニィゥ ロウ)」として食べたことがある方も多いかもしれません。麻辣(マーラー)が薫り立ち、赤々と輝く油の中から、肉と野菜を取り出して食べる…、その豚肉バージョンです。

水煮肉片

今回豚肉を使用した理由は、「向こう(四川省)では豚肉で作っているのをよく見かけますし、うちの店でも豚肉で出しているので」と荻野シェフ。「今は肉を油通しをするのが主流ですが、ここでは生のまま鍋で煮込んで汁にとろみをつけます。肉の食感は、硬くして伝統的な印象にするか、柔らかく今風にするか、お好みで仕上げてください」。

使用した唐辛子は、朝天と、小粒でビリリと辛い子弾头。香り、辛さ、色合いのバランスがいい朝天をベースに使い、子弾头は後味を補う役割です。ポイントは、加熱した唐辛子と花椒を細かく刻み、刀口双椒を作ること。口にした時は甘くふくよか、そして後から辛味と痺れが湧き上がる、複層的な味わいの一品です。

作り方

① 朝天、子弾头、漢源花椒(漢源=産地名)で麻辣油を作る。

②それぞれ取り出して包丁で刻み、刀口双椒を作る。

③ セロリを油通ししておく。

④ 麻辣油で、ねぎ、しょうが、にんにくを炒める。

⑤ 豆板醤(郫县[ピーシェン]豆板醤陳年5年+李錦記の豆板醤をブレンド)を加えて炒める。

⑥ スープ、塩、砂糖、味精(台湾産)を入れて調味する。

⑦ 片栗粉をまぶした生の豚肉(薄切り)、油通ししたセロリ、葉にんにくを入れ、火が通ったら皿に盛り付ける。

⑧ ②の刀口双椒、みじん切りのにんにくを乗せ、220~230℃に熱したなたね油をその上からジュッとかける。

⑨ 香菜を盛り付けて仕上げる。

Point

刀口双椒とは唐辛子と花椒を乾煎り、または油で加熱した後、包丁で刻んで粉状にしたものです(唐辛子(中国語で辣椒)+花椒=双椒)。あらかじめ香りが引き出された唐辛子は、仕上げで高温の油を回しかけることで、さらに香ばしさと辛みを増します。

 

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香りは極上、辛さ控えめの「纵椒」の魅力を味わう

担担面(担々麺)

2品目は、四川省成都市発祥とされる小吃「担担面(dān dān miàn:ダンダンミィェン)」。日本では、中国料理店の数ほど担々麺がある…といっても過言ではないほど、様々なアレンジで楽しまれている麺料理ですね。

担担面

ここで荻野シェフが提案するのは、見た目、味、盛り付けともに成都スタイル。小さな碗の底に麻辣風味の調味だれ、その上に白いストレート麺、さらに脆绍(脆紹)(cuì shào:ツイシャオ ※紹は食へんの場合もあります)というカリカリの肉ミンチが乗っており、食べる直前にかき混ぜ、それらが混然一体となった味と香りを楽しむ料理です。


脆紹(cuì shào:ツイシャオ)。日本でよく見る肉味噌とは異なり、脆(ツイ=カリッとした食感)な肉そぼろです。

「成都の担担面は、あまり辛い料理ではないため、ここではナッツやじゃがいもを揚げたような香りがする肉厚の唐辛子・纵椒(じゅうしょう)を使いました。纵椒は香りが出るまで加熱し、磨り潰して、なたね油に一晩浸してなじませて、辣油として使います」。

作り方

① 纵椒を香りがでるまで油で加熱する。

② ①を磨り潰す。(量が多いときはミキサーを使用)

③ ②になたね油を入れ、一晩寝かせて辣油を作る。

④ 冷麦をゆでる。

⑤ 碗に③の辣油、醤油、味精(台湾産)、砂糖、黒酢、ごま油、芽菜、みじん切りにしたねぎ、魚と鶏でとったスープを入れ、タレを作る。

⑥ 麺を盛り付け、脆紹(ツイシャオ)、小ねぎを乗せて仕上げる。

 

Point

「脆紹(ツイシャオ)は、見た目は異なりますが、油かすのようなイメージです。『巴蜀』では豚バラ肉で作っています。気を付けるのは、肉と脂のバランスですね。油を入れて、肉を揚げるようにするといいでしょう。
また、タレには成都の老舗『成都担担面』が魚のスープを使っていることから、それに倣って魚と鶏のスープを使っています。今回、魚はキアラの骨でとりました」。

 

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肉厚の二荊条を磨り潰し、糍粑辣椒を作る

蹄花荞麦(蹄花蕎麦)

3品目は、成都の西側、崇州(そうしゅう)の名物「蹄花荞麦(tí huā qiáo mài:ティ ファ チィァォ マイ)」「豚足入り韃靼(だったん)そば」です。

蹄花蕎麦

ここでは二荊条糍粑辣椒(cí bā là jiāo:ツーバー ラージャオ)を作ります。これは、糍粑(=餅)のような粘りを出した唐辛子ペーストで、元々は貴州省や雲南省のミャオ族の料理に用いられてきたもの。二荊条は肉厚の品種で、ゆでると甘味と酸味が出てきますので、ここではその風味を生かします。

タレはこれに香辛料と調味料を加えたものを使用。実にフルーティーな風味で、塩味の蹄花(=豚足)と、コクのある蕎麦によく合います。

糍粑辣椒

麺は苦蕎挂面(=韃靼[だったん]そば)を使用。「成都の市場がある青石橋に『王婆蕎面』という韃靼そばの有名店があり、印象に残っています。挂面の挂は“引っ掛ける”という意味ですので、本来は掛け干しして作られる麺ではないでしょうか。しっかり蒸された、焼きそばの蒸し麺のような風味があります」。

苦荞挂面(乾麺)

『王婆蕎面』の麺の生地(画像提供:荻野亮平)

 

糍粑辣椒の作り方

「糍粑辣椒は火鍋や、甜面醤味の貴州の宮保鶏丁に入れるものです。約200gの乾燥二荊条で作れるのは、400g以上の糍粑辣椒。唐辛子を潰す時は、熱いうちにやらないと、独特の粘りが出ませんので注意しましょう」。

① 二荊条をゆでる。

乾燥させた二荊条。


ゆでると肉厚さがわかる。

② 熱いうちにすり潰す。(量が多いときはミキサーを使用)

③ ②に水を入れ、なじませてから酒を加える。

上記に香辛料(青山椒、漢源花椒、八角、小茴香、香叶、白蔻、灵草、丁香、荜拨、香茅草、山柰、紫草、桂皮、陳皮、甘松、排草)、黒酢を加え、味をなじませておく。にんにく、しょうが等を加えて調味したものをタレに使う。

 

作り方

① 豚足をはゆでて、塩味をつけ、骨を抜いてカットしておく。

② 麺をゆでる。(ゆで汁はかなり黄色くなる)

③ 糍粑辣椒をベースにした調味だれを韃靼そばに和える。

④ 一口小にカットした豚足を麺に乗せ、辣油をかけ、小ねぎを散らして仕上げる。

Point

「巴蜀では“一つの料理に一つの辣油”と考えていますが、この糍粑辣椒を調味したタレは、万州烤魚にも使用しています。さらに別の料理に応用するならば、“油がタレ”というような料理に合うのではないかと思います。
また、黒酢は『王婆蕎面』でも使用していた、韃靼そば入りの『千禾窖醋』を使用しました」。

 

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風味が変わる!辣油づくりの温度帯

料理3選、いかがでしたでしょうか? 乾燥唐辛子の使い方にも、いろいろなバリエーションがありましたね。また、品種によって、ゆでて磨り潰したり、油に香りを抽出した後に刻んでトッピングしたりと、さまざまに特徴を生かしていたと思います。

また、荻野シェフの「一つの料理に一つの辣油」という考えですが、店では基本的に3つの温度帯で辣油を作っているそう。

一つ目は110℃で加熱するもので、主に香りを抽出した油。低温で加熱すると色の出がよく、炒めても油の色が変わりにくいので、炒めものなどに。
二つ目は160℃で加熱。これは揚げてからミルなどで潰した唐辛子に、再び揚げ油を入れて香りを移したもの。パンチのある風味が特徴で、主に和えものなどに。
そして三つ目は、辛味をしっかり抽出する230℃の高温で加熱。主に風味付けにかける辣油として使われます。

それぞれ試食させていただいたところ、やはり風味には明らかに違いが。Vol.1「唐辛子のテイスティング方法」の考えを辣油に応用するとこうなるのか…、と納得しました。各辣油の材料は企業秘密となりますが、油の温度を変えて辣油を作ることで、香りと辛みをコントロールする考え方、きっと読者のみなさんにも役に立つのではないでしょうか。

それにしても、とことん唐辛子を使いこなす荻野シェフ。四川料理を極めるために、これまでどんな勉強をされてきたのでしょうか? 最終回は、この企画を快く引き受けてくださった荻野シェフに、店のスタンスと四川料理の「バイブル」を聞きました。

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TEXT 佐藤貴子
PHOTO 小杉勉、佐藤貴子、荻野亮平(王婆蕎面)