当コーナーは「中華好きを増やす」というミッションのもとに集まった、同士たちのトークセッション。中華を愛し、中華に一家言あるメンバーが、円卓と料理を囲んで、熱く語り尽くします。

※このシリーズは、3月8日に新橋亭新館にて行われた座談会「第1回 中華好き人口を増やす会」の模様をお届けします。


2012/7/24up

満漢全席対談

 

くさいがうまいあの部分

田中 さきほどの猿に加えて、私が調理したものでもうひとつ、記憶に残っているのが象の鼻ですね。

髙橋 鼻ですか。

南條 それはまたまた…。

田中 これがね、すごい臭いんですよ。

南條 そうでしょうね。

田中 戻した時にね、ここでお湯に浸けると、向こうの建物まで臭いがするほどくさい。ふかひれの臭いなんか比じゃない。“くさや”よりすごい。

南條 元々干してあるんですか、やっぱり。

田中 はい、一度乾燥させるんです。

髙橋 それを戻して。

田中 生では仕入れできないじゃない?だから全部乾燥させていて、40cmくらいになってるんですね。

―― そんなに小さく。

田中 輪切りにして、四等分してあるんです。

髙橋 骨は入ってないんですね。

田中 軟骨だから伸びちゃう。これはめちゃめちゃおいしかったですね。

南條 ほんとですか。

田中 全部ゼラチン質ですからね。大変だったのは、ゼラチンを熱して溶かしちゃいけないから、結んで煮るんです。いま、2本だけあるんだよ。

髙橋 あるんですか!

田中 でも、2本しか持ってない。10本くらいないと宴会に出せないよ。でも、今は買えないと思う。

髙橋 あと8本あれば…。

田中 そういえば、中国は熊獲っちゃいけないから、今、熊の手の料理ってないんですよね。でも、日本では生で手に入る。だから日本から持って帰る人もいるよね。

髙橋 日本の方がありますね。

―― 猟友会が獲ったものですか。

髙橋 そうそう。


ハクビシン

ARKive photo - Masked palm civetハクビシン

田中 あと、私が一番気になっているのはハクビシン。

南條 僕もあれ、食べたいんですよ(笑)。あのね、東北に白石って町がありますでしょう。そこのあるお寺の和尚さんが、私の飲み友達だったんです。もう亡くなったけれども。そのお寺の本堂の屋根裏にハクビシンの親子が住みついて、仏様の上に小便が洩(も)ってくるんだそうです。で、駆除したそうなんですが、そのくらいそこらじゅうにいるってことですよ。

田中 日本に今ものすごいいるんですよね。

南條 そうそう、東北あたりにはいっぱいいる。

―― ハクビシンって、獲っちゃいけないんですか。

南條 どうなんだろう。

田中 中国では飼育してたよね?

南條 でもエサが大変。

田中 そう、果物持ってくのよ、ジャコウネコ科だから。

南條 中国では果子狸(グゥォズーリー)って書きますからね。

田中 しかし、輸入禁止になったんです。

南條 SARS問題でね。


ラクダ

南條 あとね、洛陽に水席料理(※注1)ってありますでしょう?そこに、「洛陽真不同」って有名なレストランあるじゃないですか。そこで一昨年、知人が大宴会をやりましてね、300万ばかりかけて、水席の大宴会やったんです。


大きな地図で見る

南條 その時に、ラクダのコブと脚が出たんだけど、乾物じゃなくて、生のものを使ったんですよ。しかも、そのラクダのために、料理長が青海省の西寧でしたっけ…、そこまで買いに行ったの。そこでラクダを見て、どのラクダがいいか――、要するにうまいラクダがあるらしくて(笑)。

南條竹則氏南條竹則氏

―― 見極めに。

南條 で、たしかに、そのラクダがうまかったんですね。そういうことはやっぱり、東のコックには無理なことで、西のコックならではです。マグロだって、目利きが築地へ行って選んでくればうまい。それと同じことだなと。

―― 料理のうまさは仕入れの腕が半分、調理の腕が半分というか。

田中 ラクダって、殺してすぐ食べても駄目なんですよね、置かないと。やっぱり肉って熟成プロセスがあるんですよ。先生がご存知かどうかわからないけど、一回ゆでてから、表面を軽く揚げるんです。それからすぐ肉をさばいていくんですよ。特にラクダの場合は、けっこう臭いが強いんです。で、それをそのまま置いておくと臭いが中に浸み込んじゃうんで、一日おいた次の日は、ちょっと焼くんです。そうしないと、肉が食べられない。

南條 臭いの処理が悪いと、動物園の小屋の前に立ってるような気持ちになりますね。

―― とても食欲どころではないですね。

南條竹則氏新橋亭 田中料理長

田中 だから、僕たちが一番大事にするのは、そういった基礎ですよ。ここが基礎がきっちりしてると、その素材が生きてくる。でも、今は下処理を業者さんがほとんど全部やってくれるじゃないですか。でも、我々は必ずそれをやらすんです。やっぱり、素材がどういう加工をされてきてるか読めないと、料理にならないから。料理工程にも、どのタイミングで何を入れて、っていう基礎があって、それは下ごしらえから繋がっているからね。満漢全席をやる時は、それ以前の下調べがけっこう大変ではあったね。よく12回も続いたよ。

南條 ねえ、よくやりましたね。


センザンコウ

田中 10回で一巡したんですけどね。そしたら、誰かがこれで終わりじゃつまんないから、中国大陸を4つにわけてやろうってことになったんです。

南條 でも、いろんなメニューがありますでしょう。どういうものでおやりになってるんですか。

田中 『揚州画舫録』という昔の書物に載っているものと、自分たちが昔習った料理をベースにしています。南條先生の『満漢全席』という本では、穿山甲(チュァンシャンジャ)の料理を参考にさせていただいたり。

南條 僕は、いろんな本から抜粋したりしているから。

田中 でも、実際に食べたものが載ってるじゃないですか。

南條 小説なので多少フィクションもまじっていますがね。

田中 読むと、先生が食べた金豹(ジンバオ)がどんな味とか、全然自分が知らない料理があるわけです。そこで、こんな味でこうだったっていうのが書いてあると、そこからチョイスすることもできるという。そして、満漢全席が面白いのは、必ず講釈や故事あるところですね。いわれがあるんです。だから満漢全席をやってると、勉強させられるんですよ。文献を読むと能書きも出てくるし、別の料理にもつながっていく。料理のレパートリーは増えますよね。頭がちんぷんかんぷんになりながらも、こうやってなんとか勉強してます。

南條 それ、すばらしいですよ。

―― これからも続けていただかないと。

南條 僕、ハクビシンが食べられるなら食べたいです。ひとつ、おいしいものを。

新橋亭の満漢全席賞味会
南條竹則先生の著作『満漢全席』


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Text 佐藤貴子(ことばデザイン)
人物撮影 林正