四川料理最強の冷菜!夫妻肺片(牛モツの激烈麻辣和え)

わが愛しの夫妻肺片!

成都篇の最後は、夫妻肺片(フーチーフェイピエン)にご登場頂くことにした。日本での知名度はそれほど高くないが、成都の名物小吃のひとつであり、中国ではこの料理を出さない四川料理店なんて恐らくないというくらいのド定番料理だ。

なぜこれを選んだのかと言えば、理由はひとつ。僕が大好きだからである。二十数年前の初成都で惚れ込んで以来、四川料理店に行くたびにほぼ毎回この料理を頼んでいるような気がする。あくまで僕の基準だけど、「四川料理最強の冷菜」だと認定したい。

ひと言で言うなら、牛モツの麻辣和えだ。店によって用いる牛モツは異なるが、ミノ(第一胃)、ハチノス(第二胃)、ハツ(心臓)、タン(舌)あたりが主力で、頭の皮の肉やスネ肉も組み合わせる。これらの材料を花椒、肉桂、八角、茴香など様々な香辛料と共に柔らかく煮込み、冷ましたあとで薄く切って、麻辣なタレと和えるのだ。

タレは、材料の煮汁に唐辛子の赤味・辛味を移した紅油(ホンヨウ)、醤油、塩、花椒粉などを合わせたものだ。味の要となる煮汁は滷水(ルーシュイ)と呼ばれていて、老舗の専門店では数十年前の煮汁に材料を継ぎ足しながら使い続けてきた老滷水(ラオルーシュイ)を売りにしているところもある。

夫妻肺片発祥の店、「夫妻肺片」の夫妻肺片。

真っ赤な一皿が目の前に供されると、いつもゴクリと喉が鳴る。その先に待っている旨さを知っているからだ。すぐに箸を伸ばしたくなる衝動を抑え、皿の底からごそっと和える。こうすると、底にたまったタレが全体に馴染んで、辛さも痺れも一段上のものになるのだ。

さあ、準備完了。複数のモツを同時にズワッと箸でつまみ、ガバリとほお張る。鼻から抜ける紅油の香りに食欲を刺激されてグワシ!と歯を噛み合わせれば、あとはもう陶然とするのみだ。味も食感も異なる様々なモツの旨味が、口一杯に広がる。それに少し遅れて追いかけてくるのが、麻辣な刺激だ。だが、単なる刺激だけでなく、豊かなコクも伴走してくるので、決して単調な味わいにはならない。

脇役たちの働きも、特筆ものだ。何を入れるかの決まりはないが、よく見かけるのは白胡麻、ピーナッツ、香菜。更に、西芹(中国セロリ)、萵筍(茎レタス)、筍あたりも定番だ。いずれも自身の香りか食感のいずれか(或いは、その両方)をアクセントとして、全体に軽快なリズムを生むことに貢献している。

こちらの夫妻肺片はモツの下に萵筍と筍がたっぷり潜んでいた。

こういった脇役とモツを同時にほお張ったときの賑やかさといったら!麻辣の刺激を主旋律として、クラシック音楽の巨匠・マーラーの名曲にも負けぬ多彩な音色が口の中で弾けるというわけだ(くだらないシャレ言ってすいません)。

あまりの旨さに、食べれば食べるほど腹が減ってくる気がするから不思議である。冷菜が食欲を高める為のものだとするなら、これほどその任に適した冷菜はない。いや、待てよ、冷えたビールとの相性があまりにも良く、宴の序盤から飲み過ぎてしまうことを考えると、本当はあまり適していないのかもしれないが、とにかくまあ旨いのだ。

こちらの夫妻肺片は、汁気少なめ。でも、しっかり麻辣。

ところで、夫妻肺片という不思議な名前は、この料理の成り立ちに関係している。1930年代、とある夫婦が煮込んだ牛モツを麻辣味に仕立てた小吃を売り出したところ、大いに人気を博した。当時、牛モツは食べずに廃棄されてしまうような扱いで、それを薄切り(片)にした料理であることから「夫妻廃片」と名が付いた。その後、イメージの悪い「廃」の字を同音の「肺」に改めて、「夫妻肺片」になったのだという。

この説の、中国人が牛モツを食べずに廃棄していたという点に僕は昔から引っかかりを覚えるのだが、そこは流すとしよう。どこかの夫妻の肺が入った料理ではないので安心して食べてくださいってことを、ここでは言いたいのである。成都に行ったら、冷えたビールと夫妻肺片!このコンビは是非ともお試しいただきたい。

白胡麻たっぷりのおしゃれ系夫妻肺片。店ごとに様々なスタイルがある。

そして、もしこの記事で成都旅行に興味を持った方がいるならば、四川料理専門サイト「おいしい四川」もご覧になることをお勧めする。とても3選には収まり切れない四川料理の世界を垣間見たら、矢も盾もたまらなくなってくること請け合いだ。

次回予告:浙江省寧波市で食べるべき料理3選(2019年10月21日(月)更新予定)