肉とミントと蘸水(つけだれ)の極上ハーモニー!花江狗肉鍋(薬膳犬肉鍋)

貴州ならではの絶品薬膳鍋!

貴陽篇のラストにして、「中国全省食巡り」のフィナーレを飾るのは、花江狗肉鍋(ホアジャンゴウロウグォ)。貴州名物の犬肉鍋である。本場の中華料理に強い興味を持っているに違いない80C(ハオチー)読者の皆様ならば、ここでドン引きしたり激高したりする人はいないと信じての選択である。

別に最終回だからとヤケクソになって犬肉鍋を選んだわけではない。この鍋が飛び切り美味しくて、僕自身が貴陽に行くたびに食べていたからこそ選んだのだ。細かいことを言えば、この料理も貴陽市のお隣の安順市関嶺県花江鎮の名物なのだが、そこは目をつむって欲しい。

中国各地で犬肉鍋を食べた経験から言うと、貴州の犬肉鍋は「中国で最も繊細で最も上品な犬肉料理」だ。犬肉未経験の方がその魅力を知るには、うってつけの料理だと思う。

何故そう思うかと言えば、他のどの地域の犬肉料理よりも、犬肉本来の味を楽しめるからだ。とある犬肉鍋専門店の口上を借りると、「犬肉は別名『香肉』とも呼ばれ、生来持って生まれた素晴らしい香りがございます。この香りを味わうのに最も適した食べ方は、『涮』であります」ということになる。

涮(シュアン)とは、しゃぶしゃぶのこと。但し、犬肉鍋の場合、生肉を直接しゃぶしゃぶするのではない。事前に様々な香辛料とともに下茹でし、冷まして薄切りにした三枚肉を、スープで軽く煮て食べるのである。そのスープは、犬肉を下茹でした湯をベースとしたシンプルなものだ。これが実に香り高く、爽やかで、それでいてコクがあり、限りなく滋味深い。

下茹でに用いる「様々な香辛料」の中身を紐解けば、その種類の多さに驚く。砂仁(シュクシャ)、草果(カルダモン)、山奈(バンウコン)、茴香(ウイキョウ)、香葉(月桂樹の葉)、陳皮(蜜柑の皮)、肉蔻(ナツメグ)などなど。香辛料というよりは、漢方薬として名前を聞くものもたくさん入っている。そう、貴州の犬肉鍋は、言わば薬膳鍋なのである。

写真からも気品がただよってこないだろうか。スープだけでも絶品!

皮・脂・肉の三層に綺麗に分かれた犬の三枚肉は、我を忘れるほど旨い。極めて柔らかく、臭味など皆無で、羊肉にも似た力強い旨味がある(犬肉を「地羊」と呼ぶ地域もある)。脂はすっかりコラーゲンに変わってあっさりしているので、いくらでも食べられる。

なんでこんなに美味しい肉を食べもせずに毛嫌いする人が多いのだろう。自分は人生の早い段階で偏見から脱してこの美味を知ることができて良かったと、心から思っている。

こんなに美しい肉は美味しいに決まっている。食べれば分かる。

息を吸うとくらくらするほどの馥郁たるスープの香りの中でも、犬肉の存在感は圧倒的だ。高貴(香気)な妃たちにかしずかれ、更に輝きを増す玉座の王。多種多様な香辛料は、犬肉の香りを消すためではなく、引き立てるためにあるのだろう。韓国や中国北方の辛味が際立つ犬肉鍋や中国南方の八角を強く効かせた犬肉鍋だってとても美味しいのだが、この澄んだ境地は貴州の犬肉鍋ならではのものだ。

初めての犬肉鍋は、是非とも貴州で!絶対後悔しませんぜ。

そして、鍋が旨ければそこにどんな野菜を放り込んでもご馳走に化けるのは、酸湯魚と同じ理屈だ。だが、花江狗肉鍋の場合、何があっても選ぶべきは薄荷(ミント)である。ミントは貴州省で「狗肉香」とも呼ばれ、犬肉鍋には欠かせぬものとされているのだ。

犬肉のベストバディは、なんと薄荷(ミント)!

これまでの一生で食べた量を上回るくらい大量のミントをどさっと鍋に放り入れ、さっと煮て食べる。これがもう激旨!爽やかな香りがスープの香りとともに鼻を抜け、その爽快感で更に箸が進む。ミントと犬肉の相性がいいなんて、誰が想像するだろう。なんと世界は広いことか。

ミントを入れると、鍋が一気に華やかになる。わしゃわしゃ食べる。

貴州料理に欠かせぬつけ蘸水(つけだれ)は、もちろんこの鍋でも大活躍する。酸湯魚とは調合が違って、辣椒面、花椒、葱、生姜、大蒜、腐乳などを合わせた小皿が供される。言わずもがなだが、腐乳は発酵食品。発酵のキーワードは貴州料理の至るところに顔を出す。また、店によっては、蘸水にも刻んだミントを入れる。そのたれを犬肉につけてパクリとやってごらんなさい・・・嗚呼!ミント=「狗肉香」の呼び名が如何に的を射たものか、舌で理解できるはずだ。

花江狗肉鍋の蘸水例によって、これに少量のスープを注いで溶き、つけだれにする。
犬肉にちょんとつけて食べると、たまらなく旨い。

これほどまでに美味しい花江狗肉鍋であるが、悲しいことにこの十年ほどの間に食べられる店が激減していて、僕が好きだったいくつかの店も閉業したと聞いた。犬肉食は非人道的だと主張する動物愛護主義者の声が、中国の国際化やグローバル化の波に乗って、貴州省ですら一定の力を持ち始めたからのようだ。

自らの感情的かつ独善的な価値観を他人に押し付けることに何の疑問も持たぬ人々の声によって、その地域で長く親しまれてきた料理が消えていってしまうことに、僕は深い憂いと憤りを感じている。食べたい人は食べる。食べたくない人は食べない。その程度の違いも認められない人々が幅を利かせる世界が、今より良い方向に向かうことなどあるのだろうか。

ここで、先ほどの犬肉鍋専門店の口上を再び借りたい。

「花江狗肉鍋は、三国の昔より食べ続けられてきた歴史ある料理でございます。犬肉鍋はたかがひとつの料理ではございますが、また、ひとつの文化でもあるのです」

たかがひとつの料理ではあるが、ひとつの文化。本連載を締めくくるにあたり、これほど適した言葉もない。何故なら、犬肉鍋のみならず、これまでの連載で紹介してきた全ての料理に同じことが言えると思うからだ。

二十数年前に初めて訪れて以来、僕にとって、中国の料理を食べることは中国の文化を知ることでもあった。美味しい料理に出会うたびに、現地の文化に興味が湧いた。そして、いざ調べてみれば、どの料理も現地の風土、歴史、文化があってこそ生まれたものなのだと知ることになった。

本連載によってその蓄積をまとめる機会を得られたことは、緊張もしたけれど、楽しかった。連載中、記事を読んで現地に飛びましたという声も数多く頂き、筆者冥利というものもしみじみと味わわせて頂いた。約二年半、拙い文に付き合ってくださった読者の皆様と素人に好き勝手書かせてくれた80C(ハオチー)編集部には、深く御礼申し上げます。

謝謝!再見!

中国全省食巡り、珠玉の全15編はこちらから!