広東省21市、旨いもの巡りの旅へ

ワーホリの1年間は短いです。また、1つの職場にいられるのが3カ月というのも非常に短いです。できたら、1か所で四季を通じて学びたい。それが本心でした。

そこで、もうしばらくこちらでやれればと思い、「家全七福」でビザ取得の協力をお願いしたんです。これはトレーニングビザというもので、取れたとしても最長で1年、更新はできません。

このビザが降りるのが、申請してから早くて2か月、遅くて4か月。そこでここにイチかバチかで希望を託し、ワーホリの1年間が終わった後、約2か月間、広東省を巡って来ることにしました。

よく、地名がついた料理や、〇〇の名物料理、と言われるものがありますよね。僕はそういうものに前から興味があって、実際にその味を確かめに行こうと思ったんです。

行ってきたのは広東省21市(地級市)全部。さらに「2014年の美食の故郷10鎮(鎮=集落や村)」というのも記事で見て、そこも行ってみようと。香港にいる間、雑誌や現地のブログなどで、コツコツ探していたんですよ。

新会の陳皮村でヴィンテージ陳皮に触れる

おもしろかったのは、江門市新会区にある「新会陳皮村」です。ここは陳皮を作って700年の歴史がある場所で、50年物、35年物というように、年代別にいろんな陳皮が展示され、買うこともできます。

古ければ古いほど価値が高いわけでもなく、価格には保存状態や、収穫時の熟度、収穫した鎮などが関係しているそうで、ヴィンテージものは、まるでプーアル茶かワインのような扱いですね。

陳皮村
「新会陳皮村」の看板(写真左)と建物(写真右)。陳皮は各種の柑橘類の皮を乾燥させたもので、東洋医学では和胃燥湿、理気化痰の効能が。料理では煮物やスープなどの調味料としても使われます。

 

 

こちらは1963年に作られた古井鎮産の陳皮。 新会には12の鎮があり、それぞれに陳皮を作っています。

また、「古井燒鵝」というガチョウのローストで有名な古井鎮にも行ってみました。ここはガチョウのローストの専門店が連なる「燒鵝通り」があって、陳皮の名産地でもあるため、陳皮の香りをつけたガチョウを出していました。

古井燒鵝
古井燒鵝

名産地に名物が残っているとは限らない!地名を冠した名物料理たち

食材巡りでもうひとつ印象に残っているのは豆豉(トウチ:発酵大豆調味料。日本の浜納豆に似ている)です。中国には豆豉の名産地と言われる場所があり、広東省には陽江市(ヨンゴン シ)、雲浮市羅定(ワンファウ シ ローデン)の2つがあります。場所は、陽江はマカオよりさらに西側、羅定は陽江の北側になりますね。

特に羅定は「羅定豆豉雞」(羅定式鶏の豆豉炒め煮)という名物料理があるので、そこらじゅうで豆豉を売っているようなイメージがあったのですが、実際に行ってみたら全然見当たらない(笑)。あちこち探して、やっとホテルのレストランで見つけることができました。

羅定豆豉雞
羅定豆豉雞

一方、陽江に行ってみると、行く先々で陽江豆豉の旗が立っていて、街を挙げてPRしている様子。どちらも知名度は同じくらいだと思うんですが、名産品に対して、こだわりをもってやっているかどうかはかなり差があるようです。

陽江豆豉
陽江では、スーパーの一角で地場産の陽江豆豉コーナーを展開。店の外にノボリが立っているところも。

雷州で犬のレバーを味わう

また、海南島の北側、湛江市(ザムゴン シ)雷州(ロイジャウ)では、白切狗(パッチーガウ)、つまり「ゆで犬」が名物といわれる場所。行ってみると、内臓類もすべて余すことなく調理されていてびっくりしました。

犬肉
ゆでて下処理した犬肉。(一部モザイクをかけております)

食べ方はシンプルに、にんにくを効かせたピリ辛の醤油だれを水で伸ばし、鍋で沸かし、片栗粉で少しとろみをつけた醤を付けて食べるというもの。僕は最初肉を頼んだのですが、どうしてもレバーも食べたくなってお願いしてみたら、おまけして肉の上に乗せてくれました。食べてみると濃厚な味で、豚などに比べるとパサついてはいましたが、美味しかったです。

犬レバー
手前側、上に乗っているのが「白切狗肝」こと、犬のレバー。

こうして広東省をあちこち巡ってみて、時には腹を壊したりしたわけですが、いろんな郷土料理を食べられたのはいい経験になりましたし、料理人として、日本で憧れ続けた料理にたくさん出会えたことは本当に嬉しかったですね。日本人の感覚として、これはいいなというものもあれば、ちょっと残念なものもありましたが、おいしい、まずいということよりも、その土地の料理を、その土地に行って食べてみるというのはすごく重要な意味があると思います。もう、それは理屈じゃないです。

鶏の卸見物から、卸先の店の厨房へ

この旅行の間に、短い期間ではあるんですが、広州市番禺で研修もさせてもらいました。僕が鶏肉に興味があると話していたら、広州で鶏肉卸業者の社長さんを紹介していただけて、市場での鶏の仕入れから、処理をして店に卸すまでを見学させてもらったんです。

鶏の市場
広州市番禺にて、早朝の市場の風景

鶏の買い付けは朝3時頃。買い付け人は種類別に分かれている鶏の檻に入り、直接鶏を触ってみて、いいと思うものを選びます。選ぶポイントは足首と足の指。それは、広東省では「走地雞(ザウデイガイ)」といって、しっかり地面を走り回った元気な鶏がおいしい、という考えがあるからです。日本でいうと地鶏みたいなもので、よく運動した足の丈夫な鶏がいい、ということですよね。それに、鶏を掴むと肉の付き方や体格もわかりますから。

こうしてチェックしていいと思ったら、生きたまま仕入れて、すぐに処理に入ります。最初にやることは、首元に切り目を入れること。血を使う場合はバケツにあけ、いらない場合は寸胴のようなものを被せます。すると、鶏が4秒間くらいでしょうか、バタバタッと暴れるんですよ。そしてその後、ピタっと静かになる。静かになったら、70度くらいのお湯に入れて、毛をむしりやすくします。温めすぎると皮が赤くなり、足りないと毛がむしりにくい。この状態を見極めたら、毛をむしって、中抜きをして納品となります。

その後、店に配達するわけですが、せっかくなので、その業者さんが卸している「魚鴿全胜」という店で、翌日から働かせてもらうことにしました。ここは番禺区の中でも厨房機器などを製造している工場地帯にある大衆的な広東料理店。メニューは豚のガツの唐揚げ(椒塩猪肚)や、沙姜(サーギョン):広東省で広く使われているショウガの一種)の料理がたくさんありました。沙姜は、豚足、豚モツ、鶏など、いろんな料理に使っていましたね。

沙姜
沙姜(サーギョン)。順徳料理の連載でもご紹介しています。

また、店では鶏も飼っていて、しゃぶしゃぶの注文が入ると、その鶏を絞めて提供します。お客さんから注文が入ってから絞めるので、新鮮そのものです。

魚鴿全胜
「魚鴿全胜」の鶏しゃぶしゃぶに使う肉は、絞めたて&下ろしたての鶏です。

こんな感じで広東省の食を巡ってきたわけですが、振り返ってみると、仏山市順徳の料理が一番おいしかったように思います。順徳は自治体が「美食のふるさと」として、名産品を大切にし、料理やシェフを盛り上げていますし、料理人が誇りをもって働いているように見えたんです。

でも、田舎の方にいけばいくほどそんなことはなくて、料理人は食文化を広める担い手ではなく、言葉はできなくても身一つで働ける職業…と捉えられている印象を受けました。同じ広東省でも、そこは差がありますね。

順徳の市場にて。
順徳の市場にて。

道は人それぞれ。やり遂げた実感が糧になる

こうして香港を出てから2か月後、ついに「家全七福」から連絡が来ました。残念ながら、トレーニングビザは、取れなかったんです。
でも、その時は「よし、日本に帰ろう」と、スッキリした気持ちになっていました。それは「香港で働き続けたい」という気持ちと同じくらい、「ここで学んで体験した料理を、日本に戻ってひとつひとつ試して形にしたい」という気持ちが強かったからです。

僕は、広東料理をやるならいつかは現地で学びたいと思っていて、決めてからはずっとそのことを考えながらやってきました。でも、外国の料理をやっているから外国に行くのが正しいとか、正しくないということはなく、人それぞれだと思います。ただ、僕分自身は現地に行ったことで、自分の中での広東料理のベースを確立することができましたし、「ひとつやり遂げた」と思えた実感は、糧になると思っています。

これからは、香港や広東省で体験した料理を、なるべく現地に近い形で紹介していくのが夢。自分自身のフィルターを通して、日本の食材で広東料理を再現していくことが、広東料理の進化に繋がると信じています。


After Interview

高い壁があっても、その場その場で臨機応変に対応し、願ったことを叶えていく「突破力」のある佐伯さん。どんな経験をしても気負うことなく、次へ向かう姿勢は潔い。そんな佐伯さんの料理を、日本で食べられる日が来るのを楽しみに思えるインタビューでした。

先人が開拓した道があるうちに、次にその上を歩く人がいれば、その道はより太く、長く、続いていきます。体験談を読んで、自分も香港で料理人修行をしてみたい…。そう感じた方がいたら、ぜひその道に続いていただければ何よりです。

香港ワーホリ料理人

①【導入&名店編】香港ワーホリ料理修行への道
② 【仔豚丸焼き&ホテル編】名門「鳳城酒店」で仔豚を焼く
③【広東美食巡り&突撃研修編】広東省21市旨いもの巡りの旅

 


取材・文:佐藤貴子
写真:佐伯悠太郎、佐藤貴子
広東語読み監修:佐伯悠太郎