ビールは“アサシ”、紹興酒は甕出し、秘蔵のワインは数百本!そのDNAは次の代にも受け継がれ…。水新菜館シリーズ最終章!

大衆中華でマリアージュ!
どんぴしゃワインに紹興酒♪

素材や技術、調理法などは、お客さまを迎える飲食店にとって確かに生命線でしょう。しかし当然ながら、メニューは料理だけで成り立っているわけではありません。

「コミュニケーションやお酒や料理などの相性や知識。つまるところ、サービスには『皿の上』以外のすべてが求められると言ってもいい。だから店のことを誰よりも知っていなければなりません。もっと言えばそれだけで料理やお酒を提案する幅も広がるんです」

壁メニュー

店を知り、己を知るほどに、提案できる組み合わせが増えていくのは言わずもがな。

「正直に言うと、うちのフカヒレや裏メニューのソフトシェルシュリンプの炒めなどは、高級中華料理店で出されても、さほど物珍しさはないかもしれません。でも柳橋二丁目交差点にある『水新菜館』という大衆中華料理店で出されたら、『えっ』となる。いかに喜びが伴うギャップや驚きを演出できるか。それもまたサービスのうちだと思うんです」

水新菜館
ソフトシェフシュリンプの炒め」は裏メニュー。脱皮したてのエビに衣をつけてカラリと揚げ、薬味と一緒にサッと煽った一皿。(6尾1460円)

ビールはアサヒ、紹興酒は甕出し。秘蔵のワインは数百本!

「水新菜館」の夜のお客さまは、昼のお客さまが知らない楽しみを知っていると言います。それは裏メニューのような”レア物”だけでなく、食事とお酒のペアリングを楽しむことができるから。

「例えばうちのカメ入り紹興酒は火入れをしていない“生”の紹興酒。とりわけ、上澄みが最高においしいんです。だからうちでは、あらかじめカメから上澄みをそっとすくい、カラフェに移して保存しておきます。日本酒と同様、紹興酒も火入れの有無で味が変わってしまう。火入れした紹興酒は、“生”にはあった芳醇な香りがなくなってしまうんです」

欧米、特にヨーロッパのレストラン文化が大好きなマスター、ことあるごとにフランスやイタリアにも出かけてきました。実は幼い頃から欧米を連れて回った息子さんは現在、老舗の超一流フレンチでソムリエをつとめているのだとか。

「そうなんですよ。最近じゃ生意気にワインのことで口答えするようになったり、困ってるんです(笑)。うちが『寺田くんのお父さんの店』って言われることもありますし。あいつが『水新菜館の息子』のはずなんですけどねえ」

そうこぼすマスターの後ろには、息子さんのインタビュー記事の切り抜きが張られています。店の2階や酒屋などあちこちに数百本のワインの在庫を隠し持ち、息子さんにも英才教育を施された痕跡が、そこかしこから伺うことができます。

「ワインは好きなのもあって気づけば増えていますね。たまに息子の職場にも土産として持っていくこともあります。自店でいい値段をつけているワインを飲む機会もそうそうないでしょうし。

もちろんうちでも仰っていただければ、お好みに合わせてワインもお出しします。そもそも中華料理とワインは相性が非常にいい。例えば回鍋肉のように味噌を使った油モノはワインに合わないわけがありません。特に上海のような沿岸部の中華料理は海外の文化を取り入れているから、ワインも合うんです」

その論法で行くと『水新菜館』のような”日式中華”のメニューにも……。

「もちろん合います!うちの料理は泡、白、赤。どれを出してもまず間違いがない。今日出すメニューだとトロリとした『あんかけ焼そば』や一面に胡椒のかかった『蒸し鶏のネギ風味』などは見た目、味が強いと思われるかもしれませんが、召し上がっていただくと「思ったよりもやさしい」という声をいただくことがほとんどです。おっ。ところでそのカメラはLEICAですか? いいですねえ」

水新菜館葱油鶏
葱油鶏(1260円)。蒸し鶏にこれでもか!と振りかけられた黒胡椒は見た目以上に相性抜群。

そう、共通の会話の種を見つけた瞬間、マスターは無数の会話の引き出しを開きます。それは興味のアンテナの周波数帯域のレンジが人並みはずれて広いということ。そして、ホメながら一歩踏み込むことで、相手とのコミュニケーションをより円滑に回していくのです。

寺田規行さんに会える店

水新菜館
東京都台東区浅草橋2-11(地図
TEL 03-3861-0577
ランチ 11:30-15:00
ディナー 17:30-20:45
定休日:日曜日

 


TEXT 松浦達也
PHOTO 廣田比呂子