100年前の名菜を今の東京で出すということ
決して楽な道のりではない。また、昔の名菜を出すにも、そのまま出して、今の東京で受け入れられるかどうかという難しさは否めない。
「正直なところ、江湖菜(ジャンフーツァイ:重慶市を中心に生まれた、近年流行りの豪快な四川料理)をやっていたほうが商売としては好調かもしれないんです。しかし、江湖菜には市販や業務用の調味料がすでにあって、簡単な調理工程で、誰でもできるという側面もあります。
でもそれでは、自分の店を休んでまで修行に行こうとは思えません。そもそも、師匠は今の店(麻布十番 飄香本店)のメニューを見ても激怒していましたからね。『口水鶏(よだれ鶏)なんか入れるんじゃない。だいたいネーミングからしてふざけてる』って。
日本なら、大きく「よだれ鶏」と掲げたほうがヒットするのは間違いない。また僕自身、日本人が注目する四川料理を捉えていく必要もあります。それが弟子入りした結果、守らなければいけないものもできたのです」

「料理は今に受け入れられないと意味がありません。素材と時代が100年経っているのに、ピッタリ同じではやれないし、やらない。どこかを進化はさせないと、単に本場っていってもどうしようもないのかなと」。
外国の料理を日本で生き残らせていくために必要なことは、現地以上に山ほどあるのだ。
老四川 飄香の新たなチャレンジ
こうした経験を踏まえ、井桁シェフは、老四川 飄香 麻布十番本店と老四川 飄香小院で、それぞれ料理とサービスの方向性を変えていく決断をした。
具体的には、これまで育ててきた麻布十番本店は、コース主体で「現代に蘇る老四川」をテーマにした宴席料理を提供。器には漆と景徳鎮の器を用い、より深く、感性で中国を感じられる店づくりをしていく。
また、修行を経て新たに誕生した老四川 飄香小院は、四川伝統料理に特化し、一般にはまだなじみのない伝統料理の敷居を下げるため、アラカルトメインで楽しめるようにするという。
「今、やろうとしていることは、時代とは逆行しているかもしれません。でも、いいものはいい。昔の海参(ナマコ)、魚肚(ユイドウ)とか、戻しもの(乾物を戻した料理)など、中国料理にしかないものは、やり続けていきたいんです」。

老四川 飄香小院
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ ウェストウォーク 5F |
取材・文:佐藤貴子
画像提供:井桁良樹(成都)
撮影:佐藤貴子(日本・重慶・軒軒小院(成都))