‟羊”のアソコに‟羊”のケーキ!? 藏書羊肉(藏书羊肉/蘇州名物「羊肉」料理)

具がたっぷり入った「羊肉」鍋。この正体が面白いのだ。

中国では、羊肉をよく食べる。ただ、中国で羊肉をよく食べる地域というと、北京、新疆、内蒙古あたりの名が挙がるのが普通で、蘇州や上海でも「羊肉」をよく食べることはあまり知られていない。

「羊肉」と「」付きで書いたのは、このあたりで食べる「羊肉」は、山羊肉(ヤギ肉)のことだからだ。面白いことに、蘇州や上海では羊肉と山羊肉を区別せず、どちらも羊肉と呼ぶのである。それじゃ困るじゃないかと思うけど、そうなのだから仕方がない。

川や湖が多く平地ばかりの蘇州だが、市の西部には山羊が棲めそうな丘陵が広がっている。ここにある藏書鎮という村の名前にちなんで、蘇州の山羊料理は「藏書羊肉(ツァンシュヤンロウ)と呼ばれている。蘇州の街中には「藏書羊肉」の看板を掲げた専門店があちこちにあって、秋から冬にかけて最もにぎわうそうだ。

藏書羊肉とは一つの料理の名前ではなく、様々な山羊料理の総称である。部位ごとに切り分けて大きな木桶で何時間も煮込んだ山羊を、いくつかの料理に仕立てるのだ。

まず食べるべきは、様々な部位の冷菜である。店頭には部位ごとに大皿に盛ったものがずらりと並べられていて、客は好きな部位を選んで注文する。○○と△△を50元分盛り合わせてくれ、といった注文も可能だ。

白切羊肉(普通の羊肉)、羊頭肉(頭の肉)、羊舌頭(タン)、羊腸(腸)、羊心(心臓)、羊脚(足)あたりは定番で、店によっては羊鞭(陰茎)、羊眼(目)、羊胎盤(胎盤)、小胎羊(胎児)などもあるので、毎度目移りして困る。

店頭にずらりと並べられた山羊の部位。宣伝効果抜群。
魅惑的な品書き。あなたなら何を頼みますか?

これらを醤油、花椒塩、甜面醤、葱、香菜あたりに合わせて食べる。山羊にはクセがあるというのが日本での定説だが、肉のみならずモツまでも、驚くほどクセがない。あっさりした塩味にほのかに香辛料が香り、見た目とは裏腹の上品な仕上がりだ。

白切羊肉、羊鞭、羊舌頭の三種。どれもしっとりとして美味しい。
こちらは羊心、羊腸、羊肚の三種。食感と旨味の違いを楽しもう。

面白かったのは、羊糕(ヤンガオ:羊のケーキ)。要は、山羊肉の煮こごりだ。煮込んでホロホロになった山羊肉を細かくほぐし、煮汁と共に箱形の容器に入れて冷ますと、ゼラチン質が固まる。巨大な直方体を切り分ける様子は、確かにケーキのよう。しかし、味は見事に酒の肴であった(笑)。

羊糕(羊のケーキ)。舌の上でゼラチン質がとろける。
切り分ける前。ケーキっぽいでしょう?

温かい料理は、湯(スープ)、麺、鍋の3つの選択肢がある。一人なら麺、複数なら鍋をお勧めしたい。味は、白焼(塩ベース)紅焼(醤油ベース)の2択。どちらもうまいが、初めてなら白焼がいいだろう。

ということで、白焼羊肉羊雑鍋(バイシャオヤンロウヤンザーグゥォ)。山羊を何時間も煮込んだスープに肉と様々なモツがどっさり入り、白菜・油豆腐(油揚げ)・春雨・葱といった具が脇を固める。見るだけで身体が温まってきそうな鍋だ。

白焼羊肉羊雑鍋。鍋からあふれんばかりの盛り方が食欲をそそる。

果てしなく豊かなスープの旨味が、塩だけの味付けでギュンと伸びている。優しい味わいに、思わず目尻が下がる。ホロホロの肉とむっちりプリプリしたモツは、いずれも甲乙つけられぬご馳走だ。更に、脇役に思えた白菜・油豆腐・春雨にスープの旨味が染みると、主役をしのぐ輝きを放ち始める。こうなれば何を食べても美味しくて、あとは一心不乱に箸を動かすのみだ。

肉もモツも野菜もたっぷり!
こちらは紅焼羊肉鍋仔(ホンシャオヤンロウグゥォズ)。具は白焼とほぼ同じだが、ほのかに甘めの醤油味が特徴。どちらも美味しい。

鍋の具があらかたなくなったあと、鍋に麺を足せないか頼んでみたことがある。ところが、店主は首を振った。「それじゃ旨くない」。麺は麺だけで調製しないとダメだというのだ。では、おっしゃる通りにしてみよう。

しばらくして供された白切羊肉麺は、山羊ダシスープに極細ストレート麺が沈み、トロトロに煮込まれた山羊肉と刻み葱がのっていた。余計なものを一切足さないシンプルさがいい。麺は麺だけで、という店主の言い分に素直にうなづきたくなるあつらえだ。

白切羊肉麺。鍋の後でも余裕で食べ切れてしまう。

熱々のスープをすすり、麺をほおばる。山羊の脂で身体が芯から温まってくる。これを食べたのは寒さが最も厳しい二月のことだったが、店を出るときには身も心もポカポカになった。

古都・蘇州での山羊尽くし、皆さんもお試しあれ!

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