ひと口に中華といってもいろんな地域の料理がありますが、日本のホテルや飯店で長らく主軸となり、プリプリの金糸を持つふかひれ、干しアワビ、燕の巣など、文句なしのご馳走が揃った料理といえば、広東料理ではないでしょうか。

そんな広東料理も、さらに各地方に目を向けてみると、また趣が異なってきて楽しいもの。中でも広州市の南方、珠江デルタ地帯の仏山市順徳(じゅんとく)は名菜揃いで有名な場所。古くは「鳳城」と呼ばれ(※山の名前に由来)、「食在広州 厨出鳳城」、すなわち「食は広州にあり 料理人は鳳城から出ずる」の名フレーズとともに、美食の故郷として輝きを放っています。

そんな順徳に「広東料理のルーツを探りたい」と、毎年訪れては料理への見聞を広めているのが 「海鮮名菜 香宮(シャングウ)」の篠原裕幸シェフ

そこで80C(ハオチー)では、人気店のシェフも魅了される順徳を探るべく、シェフの“食旅”に同行。現地で体験した順徳料理、広東ならではの農家レストラン、そしてさらに順徳の奥深く、田舎で味わう家庭料理を3回シリーズでレポートいたします!


今回の旅のプランは2泊3日。早朝フライトの羽田発香港エクスプレスに乗れば、10時には香港に到着。今回は紅磡(ホンハム)駅から鉄道で広州東駅へ向かい、車で南下するというルートです。

広東料理マニアックス
①順徳料理とは? | ②農家レストランは小動物園 | ③自給自足村のおもてなし

順徳伝統の自然農法「桑基魚塘」に想いを馳せ、桑の葉とヘビをを食す

まず到着早々、篠原シェフにご案内いただいたのは、順徳大良大吉村にある「百丈園」。ここは順徳が培ってきた食文化に想いを馳せるのに最適のレストランといえるでしょう。

同店のメニュー冒頭にある文言によると、創業以来「緑色(安全安心)、环保(環境保護)、生态(生態(の保持))」をモットーとし、野菜や家禽、川魚などは自店で育てているとのこと。また、「桑叶(桑の葉)」を使ったお茶や料理は店の一推し。桑とは、絹糸を作る蚕が主食にしている、あの葉っぱことです。

というのも、順徳は約600年前より「桑基魚塘(そうきぎょとう)」という自然循環農法が根付いていた地域。この農法は、川のほとりに池を作り、その堤に桑の木を植えて蚕を飼い、桑の落ち葉、蚕のフン、死骸などを池の魚のエサとして、養蚕と養殖を両立させるという画期的なもの。

池には中国四大家魚とされる草魚(ソウギョ:広東省では鯇魚(ワンユイ))、大頭魚(コクレン)、白鰱(ハクレン)、青魚(アオウオ)がそれぞれの水域で生息しており、食物連鎖によって餌代がほとんどかからないエコシステムを構築しています。

そして年に一度、池の底に溜まったものをさらい、桑の木の肥料とすることで、樹木はさらにいきいきと成長。順徳は養蚕・生糸産業で栄えた街でもありますが、産業の発展は「桑基魚塘(そうきぎょとう)」によって支えられていたのです。

桑叶(桑の葉)

しかし、現在は化学繊維の普及によって養蚕業が衰退。30年ほど前からこの農法も急速に姿を消していますが、伝統を守る動きがあるのもまた事実。「百丈園」もまた、順徳の伝統的な食のありようを大切にし、「桑叶(桑の葉)」を使った料理を取り揃えているのです。

代表的な料理のひとつは、川魚のすり身に桑の葉を混ぜ、団子上に丸めたものを蒸した「蒸桑叶魚珠(川魚と桑の葉の蒸し団子)」。桑の葉はどこか青臭いシソのような風味が特徴で、川魚のほのかな泥臭さを消してくれるようです。

蒸桑叶魚珠(川魚と桑の葉の蒸し団子)

また、広東省らしい野味が水律(水蛇の仲間。広東省以外では「滑鼠蛇」の呼称)です。

蛇は広東省を中心とする中国南部で年中食べられていますが、水律は順徳のレストランや市場などでよく見かける食材。脂っこさのないウナギと白身魚を掛け合わせたような味わいで、淡白な中にもコクのあり、食べやすいです。ただし安くはないので、この界隈の人にとっては精のつくご馳走といえるでしょう。

この日は2.9斤(1740g)の生きた水ヘビを選び、「水律二味」、すなわち「水ヘビを2つの味で」で調理してもらいました。

身は、にんにくなどの香味野菜を効かせ、スパイシーな中に甘味のあるたれで調味した「椒盐水律(ナンジャの塩コショウ風味揚げ)」。皮は新鮮な野菜と一緒に、塩味でさっと炒めた「時蔬炒水律皮(ナンジャの皮と野菜の炒めもの)」で登場です。

椒盐水律(水蛇の揚げもの)
時蔬炒水律皮(水ヘビの皮と野菜の炒めもの)

この皮が、見た目さえ気ならなければ本当に美味。ちゅるんとしていて、噛みごたえもあり、飽きのこない味です。鮮度もよいからか、生臭みも一切なく、身体への吸収も心なしかよい感じ…。

ちなみにこの蛇、中国では水蛇の仲間に分類されますが、実際は山地や丘陵に生息する陸生です。日本では「ナンジャ」と呼ばれ、皮は革小物に加工されることも(…肉はどこへいってしまうのか?)。また、韓国では水蛇が化粧品などに使われていますが、食べたほうが断然効きそうですね。

順徳に行ったらこれを食べよう!順徳名菜ダイジェスト

続いて訪れたのは、定番の順徳料理と飲茶が楽しめる「龍的酒楼」。朝の飲茶から夜の宴会、休日は結婚式まで入る大規模大繁盛店です。ここでは知っておくと順徳をより深く味わえる、篠原シェフおすすめの料理をご紹介しましょう。

大良野鷄巻(豚背脂のきじ肉似せ 大良風巻き上揚げ)

「大良」を冠した料理は、順徳区大良鎮発祥の料理の意。カリッとした食感とともに、玫瑰露酒(ハマナスの酒)のバラのような香り、砂糖の甘味、豚背脂がジュワッと溶け出すハーモニーが素晴らしく、口中には肉の旨みのみ残る…という技巧的な料理。豚背脂、赤身、腊肉または火腿、卵が主原料。

胜瓜竹笙浸魚腐(ヘチマと衣笠茸のスープ入り魚のすり身揚げ団子)

魚腐は順徳発祥の魚のすり身揚げ団子。。“豆腐の魚版”=“魚腐”と考えると、イメージしやすいですね。魚で作ったがんもどきのようで、ふわふわ、かつ、若干粗めの食感が特徴です。

鳳城炒鮮奶(順徳式 牛乳の炒め)

牛や水牛の飼育が盛んな、順徳ならではのミルク料理。牛乳に卵白、鶏レバー等を加え、たっぷりの油で炒めてふわふわに仕上げます。こちらの店は比較的ねちょっとした食感。知名度・人気ともに高い順徳名菜です。

家郷拆魚羹(順徳風魚のとろみスープ)

羹(あつもの)は、もったりととろみのついたスープのこと。細くカットした川魚がたっぷり入り、いかにもコラーゲンが豊富そうな質感です。順徳界隈では、このような煮込みスープはしっかり濃厚に仕上げます。一方、燉湯(ドゥンタン:蒸しスープ)は香港と異なり、至極あっさりとした印象です。

清代発祥の米粉蒸しパン「倫教糕」発祥の地

さらに順徳発祥の甘味として覚えておきたいのが倫教糕(ルゥンジャオガオ)。今や広東省各地で食べられているこの小吃は、順徳区倫教鎮が発祥。清朝時代の1855年、この地区に住んでいた梁礼成さんが発明し、路地裏の小さな店「歓姐倫教糕」で、現在に至るまで受け継がれている米粉の蒸しパンです。

原料は米粉、砂糖、水、そして糕種と呼ばれる発酵種のみ。表面は真っ白く艶やかで、女性の美肌に例えられることもあるほど滑らか。あえて言えば、日本の「かるかん」に似ていますね。

とはいえ、口に含めばさっぱりとして口当たりよく、発酵種独特のほのかな酸味が鼻に抜ける風味は倫教糕ならでは。実は見た目以上に熟練の技がいるそうで、篠原シェフも何度かトライしたものの「このようにはいかないんです」とのこと。

素朴ながら飽きのこない味わいはまさに伝統菓子。どこにでもありそうな路地裏に、今もこの味を求めて集う人が絶えず訪れていました。

さて、次回はさらに一歩踏み込んで、中国各地で人気の農家菜(農家レストラン)をご紹介。日本も中国も都会人のレジャーとして定着しつつある農家楽は、どんな雰囲気で、どんな料理を楽しめる場所なのでしょうか。

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①順徳料理とは? | ②農家レストランは小動物園 | ③自給自足村のおもてなし

参考資料:
映画『桑基魚塘 クワとサカナのものがたり』(一般社団法人中日文化研究所 / 2014年)
『中国人都愛吃的 金牌粤菜』(知味堂 主編著 / 成都时代出版社 / 2014年)
『順徳美食一本通2014』(第九届中国岭南美食文化节組委員 / 2014年)
『順徳美食一本通2013』(第八届中国岭南美食文化节組委員 / 2013年)
『中国名菜譜 南方編』(中山時子 訳 / 柴田書店 / 1976年)
『中国食物事典』(田中靜一 編著 / 柴田書店 / 1991年)


TEXT & PHOTO 佐藤貴子