トマトと卵の炒めもの(西紅柿炒鶏蛋|西红柿炒鸡蛋)は、定番の中国家庭料理だ。広大な中国は、地方によって主食も違えば収穫される作物も異なり、好まれる味付けもさまざま。多様性こそ中国料理の魅力だが、この料理に関しては、中国人ならだれでも知っている国民的家庭料理といえる。
味つけは人それぞれだが、見た目でわかる最も大きな違いは「つゆだく」か「つゆなし」か。前回ご紹介した「沙漠之月」は「つゆだく」タイプで、後半に麺を入れて楽しむ食べ方をご紹介した。
そして今回ご紹介する「つゆなし(といっても少量の汁気はある)」は、ごはんのおかずにぴったりの定番タイプである。この一品と青菜炒め、ごはん、スープがあれば、たちまち中国の定食ができあがる。
調味料は控えめ。最小限の素材でうまみを引き出すプロの技とは?
作り方を教わったのは、「山西亭」のオーナーシェフ、李俊松さんだ。李さんといえば、都内の中華好きにはよく知られる麺の達人。店では李さんの郷里、山西省の麺料理ばかり頼んでしまうが、白菜の黒酢炒めをはじめ、シンプルな炒め煮なども、とてもおいしい。
そんな李さんがつくるトマトと卵の炒めものは、材料はシンプルで、調味料は最小限。そのかわり、卵とトマト、それぞれの素材の持ち味を、調理によって最大限に引き出している。これぞ“プロが作る家庭料理”、レシピでそのおいしさを紐解こう。
[トマトと卵の炒めもの]材料(1皿分:2~3人前目安)
トマト 1個(150~170g。中サイズ1個、または大サイズ半分)
卵(Lサイズ)4個(殻付きで280g)
油 大さじ3杯強(約50g)+α(薬味を炒めるときに必要に応じて足す)
黄酒(紹興酒) 小さじ1/2 ※黄酒(フゥァンジゥ)についてはこちらの記事もどうぞ!
▼薬味
にんにく 1片を粗みじん切り(6g)
白ねぎ 斜め切り(9g)
▼調味料など
塩 2g(小さじ1/2)
砂糖 5g(塩の約2倍)
白胡椒 少々
水 80~100cc(トマトに含まれる水分によって調整)
水溶き片栗粉 大さじ1弱(片栗粉:水=1:1)
作り方
<ポイント>卵の生臭みを消すために、生姜は使わず、黄酒(紹興酒)を加える。卵は香りが立ち上るまでたっぷりの油で加熱する。トマトは具を兼ねた調味料とするため、水加えて軽く煮て、片栗粉を少々加え、加熱した卵に絡めるように炒める。 |
①にんにく、白ねぎをみじん切りにする。
香りづけの薬味には、にんにくと白ねぎを使う。中華料理は何かとしょうがを使うが、この料理に関して、李さんはしょうがを使わない。なぜなら「しょうがを使うと“蟹の味”になってしまう」という。
「蟹⁉」と思うかもしれないが、卵と生姜の組み合わせは、たしかに蟹を思わせる要素がある。例を挙げると、西太后のために作られた宮廷料理、賽螃蟹(サイパンシェ)は、鶏卵に生姜を効かせ、蟹のような味わいを出した料理として知られる。
また、秋冬の風物詩、上海蟹を使った料理で、蟹味噌の生臭みを消すためにしょうがを合わせるあの感じ…といえば伝わるだろうか。そう思うと、ここで生姜を使わない選択が腑に落ちる。薬味のチョイスからして学びがある。
②トマトを小さ目の乱切りにする。
トマトはまず半分に切り、長辺4cmが程度になるよう、回しながら切る。「ひと口で食べられる大きさに。大きすぎると卵と一緒に口に入らないでしょう?」というのがその心だ。
この切り方は、中国語で滚刀块(グンダオクァイ|gǔndāokuàiという。「茄子やジャガイモを切るときと一緒」、すなわち日本の乱切りに該当するが、ここではトマトの角度を変えながら、小さめのくし形に揃えるようなイメージで切るといい。
③卵をボウルに割り入れ、黄酒(紹興酒)を加えて、白身を切るように溶きほぐす。
黄酒(紹興酒)を加えるのは「卵の生臭みを消すため」と李さん。これも非常に中国料理らしい考えだ。卵を溶くときは泡立てず、菜箸などで白身を切るように溶きほぐす。
④中華鍋に油をたっぷり入れて熱する。
油は日和らずたっぷりと入れる。中華鍋を使うときは、鍋を熱する前に油を入れるのではなく、まず鍋を熱々に熱し、少量の油を入れて全体になじませてから調理用の油を入れよう。そうしないと食材が鍋にくっついてしまい、扱いにくくなる。フッ素樹脂加工のウォックパンを使う場合は、鍋が冷たい状態で油を入れても問題ない。
⑤熱した油の中に卵液を注ぎ、ふわーっと膨らませる。
たっぷりの油の中央に卵液を注ぎ、強火にして、卵が縁の方からふわーっと膨らんでくるまで少し待つ。少ない油だとこの状態にはなりにくいので、油は多めが鉄則。油で包み込んで卵を加熱するイメージだ。
⑥大き目の塊がいくつかできるように卵をまとめる。
鍋肌に沿った部分から卵が膨らんできたら、お玉をゆっくり大きく回して卵全体に火を通そう。そのままオムレツのように焼くのではなく、卵がいくつかの大きな塊になるように、油で卵を切るようにしながら炒めるといい。
⑦卵から香りが立つまで火を入れる。
卵がふわふわにまとまったら、香りがでるまで火を入れる。なぜなら、火を入れた卵の香りに中国料理らしさが宿るからだ。ふわとろ~♡の生煮えで終わらせてはいけない。その先にいこう。
また、香りだけではない。「生だと(卵が)溶ける」と李さんはいう。卵の表面を固めておかないと、トマトと炒め合わせたときにぐちゃぐちゃになってしまう。
香りがでて、卵がいくつかの塊にふんわりとまとまった状態になったら、ザーレンやボウルにいったん取り分けておく。
⑧薬味を炒めて香りを出してから、トマトを炒める。
同じ中華鍋で、大さじ1杯程度の油で(鍋の中に油が残っていればそれを使い、なければ足す)、刻んだにんにくと白ねぎを焦がさないよう、香りが出るまで炒める。その後、強火でトマトの表面を焼くように炒め、香ばしさを与える。
⑨少量の水を加え、調味料をを入れて煮立たせる。
トマトを煎り焼いた中華鍋に、水、塩、砂糖、白胡椒を加えて軽く煮る。この水は、トマトと卵の“つなぎ”となるものだ。
また、煎り焼いたトマトを煮ることで、甘やかな香りが立ち、食欲を刺激する。これぞ少量の材料で食材の持ち味を引き出すプロの技。トマトペーストや醤油などを加えてうまみを足さず、自然な味に調えるのが李さん流だ。
水の量はトマトに含まれる水分によって加減するが、80~100ccを目安としよう。
⑩水溶き片栗粉を少量加え、卵を鍋に戻してざっくりと炒め合わせる。
水とトマトを軽く煮立たせたら、水溶き片栗粉を加える。この片栗粉は、とろみをつける目的ではなく、全体を軽くまとめるために入れる。そのため、トゥーマッチはいけない。少量でよい。
水溶き片栗粉を加えたら、炒めた卵を鍋に戻し、ざっくりと炒め合わせる。香りがでるまでしっかり焼いた卵を、軽めのトマトソースでコーティングするようなイメージだ。
⑪強火で煽ってトマトと卵をひとつにまとめる。
仕上げは、中華鍋を大きく煽ってトマトと卵をひとつにまとめる。フッ素樹脂加工のウォックパンでつくる際は、ヘラなどで大きく返しながらひとつにまとめるといいだろう。
卵の小塊にトマトが絡み、少し汁が残った状態で火からおろし、皿に盛り付ける。香り高いトマトと卵の炒めもののできあがりだ。
香りが決め手!加熱がトマトと卵ののポテンシャルを引き出す
熟したトマトの甘みと酸味をまとった香ばしい卵は、過剰な味がなにもなく、淡味でありながら猛烈に箸を進ませる。
とろとろの卵と生っぽいトマトではこうはいかない。適切な加熱によって、素材の香りを十分に引き出したからこそ、シンプルなのに物足りなさのない味わいに着地する。ポイントは、火入れと油。これぞ中国料理の肝である。
ちなみに、今回で紹介したトマトと卵の炒めものは「山西亭」の店の味である。実は取材する前「店の作り方と家の作り方、どっちがいい?」と聞かれた。
その違いは、店で作るものは卵が多く、トマトが少なめ。「中国では北は砂糖を入れないことが多いけど、南は入れることが多い。日本は南」なので、少しだけ砂糖を加えている。
一方、家でつくるものはトマトたっぷり。家人の好みに合わせて、トマトの皮を湯剥きしてから入れており、日によって花椒を加えたり、山西省特産の黒酢をたらすこともあるのだとか。家の作り方にも惹かれたが、「山西亭」でこのレシピの答え合わせができるよう、今回は店の作り方を紹介させていただいた。
手軽にできて万人に好まれるため、中国全土に広まり、作り継がれているトマトと卵の炒めもの。しかし、どんなに簡単な料理でも、おいしく作るにはコツがある。
特に今回取材して感じたのは、しっかり火を入れてこそ立ち上る、中国料理の香り高さだ。80C(ハオチー)読者のみなさんには、ぜひこのレシピを参考に、最高においしい中国家庭料理を楽しんでいただきたい。
[取材協力]山西亭(さんせいてい)
東京都新宿区大久保2-6-10 新宿第二アルプスマンション B1F(MAP)
TEL 03-3202-7808
営業時間 11:00〜15:00 17:30-23:30
日曜定休 他不定休あり
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TEXT:サトタカ(佐藤貴子)
PHOTO:キッチンミノル