中国料理で最もよく使われる食材はなにか。それは恐らく、葱と生姜だ。炒め物、煮物、蒸し物、肉の下ゆでなど、多くの料理において、葱と生姜は縁の下の力持ちである。

ゆで湯に入れて肉や魚の臭みをマスキングしたり、炒めて食欲をそそる香りをつけたり、葱と生姜はいつも主役の引き立て役だ。しかし、この2つが主役に躍り出る料理がある。それは、葱油手撕鶏(チキンの葱生姜まみれ:ツォンヨウショウスージー:cōngyóu shǒusījī:葱油手撕鸡)だ。

作り方は実にシンプル。みじん切りの葱、すりおろした生姜に塩と砂糖少々を加え、煙がでるほど熱したピーナッツ油をヂヂヂーッと注いで香りを立てた葱姜油(ツォンジャンヨウ)をつくり、手で裂いた鶏肉を和えるというただそれだけなのだが、恐ろしくおいしい。

葱姜油(ツォンジャンヨウ)。葱、生姜、ピーナッツ油でつくる。白葱でもOKだ。

そもそも葱油手撕鶏(鶏の葱生姜まみれ)のベースになっているは、白切鶏(バイチェジー|báiqiējī)、すなわち「ゆで鶏」だ。

広東省広州市の白切鶏。奥に見える小皿の中に、風味の決め手となる葱姜油が入っている。

白切鶏は中国各地で作られているが、とくに広東料理ではこの葱姜油で食べるのが定番。丸鶏でつくり、骨ごと断ち切って盛り付ける豪快さがたまらないが、これは骨切り包丁がないと実現しない。そこでおすすめしたいのが、広東式白切鶏の香りとおいしさを手軽に味わえる葱油手撕鶏、というわけだ。

葱と生姜でここまでおいしくなる!葱油手撕鶏(チキンの葱生姜まみれ)のレシピ

この料理は、鶏をゆで、その間に葱姜油を作り、最後に鶏を食べやすくバラすか切り分け、葱姜油で和えて仕上げる。ポイントは、生の生姜で葱姜油をつくることと、鶏は弱火&余熱で火を通すこと。所要時間は約20分。それではいってみよう。

▼ゆで鶏の材料(約2人前)

鶏もも肉 1枚(300gが目安。骨付きもも肉がおすすめ)
水 500cc
塩 8g(鶏肉+水(800g)の重量の1%。小さじに軽く山盛り1杯が目安)
白葱の青い部分 1本(白い部分なら5cmくらい)
生姜 2片(皮付きのままでよい)

▼葱姜油の材料(300gの鶏肉2枚分)

小葱 2本(白葱の場合は7~8cm)
生姜 大さじ1(すり下ろし)
ピーナッツ油 70cc(大さじ4杯強。なければ太白ごま油など)
塩  2g強(葱+生姜+油の重量の1.5~2%)
砂糖 ひとつまみ
白胡椒 ひとつまみ

①ぷるんと滑らかなゆで鶏を作る方法

まずはぷるんと滑らかなゆで鶏を作ろう。おすすめの部位は順番に、骨つき鶏もも肉、鶏もも肉、鶏むね肉だ。骨つき鶏もも肉は加熱しても身が縮みにくく、手でほぐしやすい。

下が骨付き鶏もも肉、上が骨なしの鶏もも肉。骨がついている方が、加熱したときに身が縮みにくい。

また、むね肉を使う場合は、若どり(ブロイラー)、銘柄鶏、地鶏によって軟らかさや香りに差が出やすいが、扱いやすく食味がよいのは銘柄鶏だろう。鶏について語ると長くなるので、詳しくは日本食鳥協会のサイトをご覧いただきたい。

1:小鍋に水、葱、生姜、塩を入れ、沸騰させる。

若どり(ブロイラー)は鶏独特のにおいが気になることがあるが、水に葱と生姜を入れると、その香りでにおいがマスキングできる。葱はあれば青い部分、なければ白い部分でもOKだ。好みで香菜の根を入れるとさらに香りが立つ。

2:沸騰したら鶏肉を入れ、弱火で小さな泡がでる程度の火加減にする。

広東省では鶏をゆでる際、理想的な湯の状態を「蝦眼水」と表現することがある。これは、読んで字の通り「エビの目玉のような水泡が出る程度に沸いている状態」を意味する。

温度ではなく、見てわかる判断基準があるのはまさに生活の知恵。強火にしてグラグラ煮立てると肉が硬くなるので、決して強火にしないようにしよう。

3:「蝦眼水」で4分間ゆで、蓋をして火を止め、15分間放置する。

鶏肉の上下を一度返してまんべんなく火が通るようにし(湯の量がそれほど多くないため、裏返す必要がある)、蓋をして余熱で火を通す。この放置プロセスが鶏肉をしっとりと仕上げるコツだ。

②香り高い葱姜油(葱と生姜のソース)の作り方

続いては、料理の香りと味の決め手となる葱姜油を作ろう。葱姜油は、鶏はもちろん、サッと湯引きしたイカにまぶしたり、ごはんにのせたり、インスタントラーメンにトッピングするなど使い道はいろいろある。冷蔵庫で5日くらいは持つので、気持ち多めに作っておくとしばらく楽しめる。

4:葱をみじん切り、生姜をすりおろし、小碗に入れて混ぜ合わせ、塩、砂糖、胡椒を加える。

小葱バージョン。鶏肉と和えたときに緑が映える。

ここでこだわってほしいのは、生姜は生をすりおろして使うことだ。なぜなら、チューブ生姜では決して立たない香りと食感が得られる。おろし器がない場合は、細かく刻んでもいいので、必ず生を使おう。

葱は白葱でも小葱でも両方合わせてもよいが、今回は鶏にまぶすため、緑が鮮やかな小葱をおすすめしたい。

白葱バージョン。広東省の白切鶏(ゆで鶏)のタレとして使う場合、こちらが多い。

5:ピーナッツ油を煙が出るまで熱する。

油は広東省に倣い、できることならピーナッツ油を使いたい。落花生ならではのナッティな香りが、葱生姜の芳香をさらに引き立てる。ピーナッツ油がない場合は、太白ごま油など別の油でも問題ない。ここでは煙が立つまでしっかりと加熱するのがポイントだ。

6:熱した油を、4の葱と生姜にまんべんなくかける。

熱々に熱した油を葱と生姜に直撃させ、瞬間的に油で煮るようにする。

ヂヂッ~と音がして、葱と生姜が油で煮沸されたら大正解。たちまち葱と生姜とピーナッツ油が織り成す香ばしい芳香が立ちのぼる。ここで少々油が多いように感じるかもしれないが、鶏を和えるための即席香り油をつくると考えると、少ないよりは多い方が使いやすい。

葱姜油。写真は小葱を使ったもの。白葱でもOKだ。

③皮ぷるん、肉つるん!食感のよさを引き出すコツ

鶏肉に火が通り、葱姜油が準備できたら、いよいよ仕上げに入る。

7:余熱で火を通した鶏肉を湯から取り出し、氷水に浸けて皮を引き締める。

ゆでた鶏を氷水または冷水にドボンと浸けると、皮がキュッと引き締まり、皮と身の間のコラーゲン質がゼリー状に固まる。このとき生じる適度な歯ごたえと、ぷるんとしたコラーゲン質こそ、多くの中国人に好まれる食感だ。

日本の鶏は総じてこのコラーゲン層が薄く、そこまでぷるぷるした食感は得られないのが残念だが、冷やすことで肉汁の流出を防ぎ、うまみを鶏の中に閉じ込める効果もある。

8:骨を外し、鶏肉を繊維に沿って手で裂く。または、鶏肉を食べやすくスライスする。

骨つきもも肉を使った場合は、骨から肉を外し、繊維に沿ってざっくり手で裂いていく。鶏肉は、特に力を入れなくても気持ちよく外れる。皮は食べやすい大きさに切り分ける。

繊維に沿って荒くほぐした骨つき鶏もも肉。

骨なしのもも肉を使った場合は、包丁で食べやすく切るといい。例えば、7~8mmの薄切りにすると、海南鶏飯(チキンライス)にも使いやすい。

骨なし腿肉をスライスしたもの。1切れで皮と肉の両方が口に運べる。

9:葱姜油で鶏肉を和える。

裂いた鶏肉をボウルに入れ、葱姜油を大さじ2杯ほど入れてよく混ぜ合わせる。このときニトリル手袋をはめて手で和えるとやりやすい。香り高い油が肉全体に回り、葱生姜をまとって艶々と輝き始めたらできあがりだ!

葱×生姜のポテンシャルを実感!葱油手撕鶏(鶏の葱生姜まみれ)

葱油手撕鶏(鶏の葱生姜まみれ)

ドライな生姜の辛みと、高温の油で熱された葱の香ばしさをまとったぷりぷりの鶏もも肉は、お酒を選ばない上、ちょっとした前菜にこれ以上ないほどぴったりだ。

冒頭でもお伝えしたとおり、香り立つ油で鶏肉がコーティングされるため、時間が経ってもしっとりとして味や食感が変わりにくいので、ホームパーティーの一品にも向いている。

参考までに、鶏むね肉を使う場合は、繊維を断ちきるようにスライスするより、手でほぐしたほうがつるんと心地よい食感に仕上がる。前出の方法で火を通すと、低温調理のようなプリプリ感ではなく、より自然な滑らかさが得られる。

和えずに葱姜油をのせたバージョン。

また、骨なしのもも肉を使う場合は、葱姜油を鶏に絡めず、ソースのようにかけたり、つけだれのように使ってもいい。鶏のゆで湯(つまり鶏スープ)でジャスミンライスを炊き、ゆで鶏を添えれば、海南鶏飯(チキンライス)もできる。このごはんがまた異様においしい。

葱姜油をかけた海南鶏飯(チキンライス)

鶏のゆで汁は、大根や人参を加えれば立派なスープにもなるので一石二鳥。鶏肉300gと葱&生姜でつくれる至福の味、ヘビロテになること必至ですよ。


TEXT&PHOTO&RECIPE サトタカ(佐藤貴子)