中華の料理人といえばほとんどが男性。しかし実は、いるんです。中国料理の道を志す女子、名づけて「中華女子」が…!
▼作り手と食べ手のコミュニケーションが、料理をもっとおいしくする
一方、服部さんの料理の師となった花田さんは「35歳までには独立したい」と考え、自分の右腕になる料理人を探していました。
「人がいないから、とりあえず誰でもいいから来てほしい、というケースもありますが、僕にその選択肢はありませんでした。ありあわせのパズルをはめるようなスタッフィングはありえない。一緒に開業するパートナーとは“おいしい”と感じる味覚が合っていなければならないし、開業する店のコンセプトも共有する必要があります。それを考えたとき、“服部しかいないな”と(花田さん)」
2人の出会いから7年。こうして服部さんは、花田さんの独立開業のパートナーとして2009年の10月、師匠とともに「老虎菜(ラオフーツァイ)」の厨房に「料理人」として立つことになるのです。
「老虎菜(ラオフーツァイ)」の開業日、届けられた鯛を手に。
2009年10月、神戸の摂津本山に開業した「老虎菜(ラオフーツァイ)」は、厨房に面したカウンターと、厨房から見渡せるフロアを合わせた計17席の店。
中国料理の熱と香りを、作り手と食べ手が一緒に体感できる広さにしたのは「香りで思い出をつくり、また後でその香りに触れたとき、楽しかった体験を思い出してほしいから(服部さん)」。
また、「老虎菜(ラオフーツァイ)」の料理をよりおいしく感じさせるのが、料理人の2人が、食べ手と直接コミュニケーションを取りながら、料理が楽しめる店を作り上げていること。
その理由を尋ねると「以前いた店に、アランシャペルでチーフソムリエを務めた経験もある西川正一さんがいらしたんですが、『開業したら、お前が料理を持っていくべきだよ。お客さまの気持ちがわかる料理人になれ』と言われていたんです」と花田さん。
「サービスをホールスタッフに任せ切りにすれば、店の顔はそのスタッフになってしまいますし、オーナーであり、料理を作った自分が隠れていてもしょうがない。実際やってみるとその通りで、お客さまの反応もダイレクトにわかりますし、刺激になります」。
グランドメニューもありますが、よく出るのは季節のメニューが記された黒板から。
また、「うちはお客さまに頼まれたらNOとはいわない。やってみて、いまいちだったとしても、その“いまいち”なところもお客さまが僕たちに伝えやすい店でありたい」と花田さんが言えば、「お客さまとそういうやりとりができる人間関係を築いていくことこそ大切だと思っています。」と服部さんも口を添えます。
なんと、よくいらっしゃるお客さまの中には、毎月ファックスで料理のテーマを指定してくる方もいらっしゃるのだとか。2人の話しぶりから伝わってくるのは、料理とコミュニケーションを楽しもうとする姿勢と、チームワークのよさです。
「どんなに豪華な料理が出ても、デザートがショボいとなんだか尻つぼみ。うちは末広がりに行きたいし、最後まで『おぉぉ~』って言ってもらいたい(服部さん)」という想いから、メニューには常時、工夫を凝らした10~13種類のデザートが並びます。
▼中華女子人口を増やす会、発足?
それにしても、こうした男女チームでの開業というのはまだまだ珍しいもの。また、中国料理で女性料理人という珍しさから話を聞いてみたいと思ったわけですが、服部さん自身も「もちろん珍しがられますし、時々くやしい想いをすることもあります。料理人の集まりに花田と一緒に参加した時、なんでサービスの子が来てるの?と言われたことも」あり、その数の少なさに不安を感じることもあるそう。
「以前、大阪の辻調(辻調理師専門学校)に講師として呼んでいただいたことがあったんですが、講義の後に、中国料理を専攻する若い女の子たちに質問攻めになったんです。
『中華に進みたいけど、親や兄弟の反対にあっていて、イタリアンやフレンチに変更しようか迷ってるんです』とか、『女性でも採用してくれるところがありますか?』とか、『結婚できますか?』とか…。最後は大悩み相談会になっていました(笑)。」
「そもそも今、中華のイメージがおしゃれとは無縁じゃないですか。油ギトギトとか、力仕事っていう感じですし。それに、ここのところはニュースで中国の残念な情報が流れてきたりしますよね。それもあって、年々調理師学校では、中国料理を専攻する生徒が減っているそうなんです。やっぱり、人気があるのはパティシエですよね」
でも、実際のところ、イメージと現場は違うのは事実。
「やってみれば、パティシエの方が一部の筋肉を酷使しますし、小さい店に就職すれば、効率化のための機械もないので本当に体力が要ります。でも、中華はコンロに中華五徳があるので、それに沿わせるように鍋を振れば実はそれほど重くないんです。それにうちの店では「掃除が基本」っていつも言われていますから、掃除は徹底しています。でも、世の中のイメージは違うんですよね…」。
老虎菜の厨房に面したオープンカウンターは、中国料理の臨場感を体感できる特等席。
そんな服部さんの願いは、師匠である花田さんと「早く同じレベルまで到達したいし、いつかは超えたい」という個人的な目標を叶えるとともに、「自分が目標とするところにまっすぐ進める、そんな環境が中国料理業界でも作れたら」ということ。
「確かに今はまだ、女性は珍しい存在です。でも、もっと今より自然に、女性も中華の道を選べるし、受け入れてもらえるようになったらいいなって。そのためには、18歳くらいの女の子が見たくなる、中国料理のドラマがあったらいいと思うんですよ。
パティシエとかイタリアンのシェフの設定はあっても、中華って見たことがないでしょう?大人向けじゃなく、若い子向けのドラマがあったら絶対いい!私1人が活動しても限界がありますから…。どうですか?」
意見が明確な服部さんは、質問の意図を汲む力に長けた女性。その背景には、厨房に立つようになった今もなお、楽しんで続けている「接客」で培われた力が大きいのではないかと思いました。
柔軟な発想力と強い想いを抱き、師匠に恵まれ、10年間中国料理を追及してきた服部さん。80C(ハオチー)編集部でも、ぜひ今後とも応援させていただきます。
TEXT 佐藤貴子(ことばデザイン)
PHOTO 料理・オープン時の写真:老虎菜提供 人物:佐藤貴子(ことばデザイン)