横浜の生麦(なまむぎ)と聞いてピンとくる方はいらっしゃるでしょうか。恐らくは、歴史の教科書で見たことがあるか、キリンのビール工場見学か。その生麦駅の近くに、一見ちょっとしたカフェに見えて、本気の香港料理が楽しめる「Maggie’s Kitchen(マギーズキッチン)」があります。

欧文の看板。
店舗外観。

香港生まれのマダムが作る、手作りの母の味。

オーナーのマギーさんは、香港生まれのマダム。以前はアメリカに住んでいたそうで、生麦に店を開いたのは「2019年の6月ごろ」だそう。香港人の口にあう中華料理の店が日本になく、横浜中華街で唯一のお気に入りも閉店。自分で店を出した理由もそんなところにあるようです。

オーナーのマギーさん。

ここで楽しめるのは、香港の軽食や家庭料理。例えばランチで出てくるのはこんな料理。干炒牛河と例湯、金木犀のゼリーという組み合わせです。

干炒牛河。

干炒牛河は幅広のライスヌードル・河粉(ホーファン)を炒めたもので、広東省や香港で見られる料理。時代は清朝末期から民国初期、広州の沙河鎮(現在は天河という広州市の中心地)の「義和居」で生まれたと言われています。

現地では飲茶が楽しめる店をはじめ、家庭料理としても親しまれていますが、これが横浜中華街で食べられる店となると「楽園」か「菜香新館」、ときたま「南粤美食」といったところ。しかし、日本人はめったに注文しない料理とあって、注文してもたっぷり待たされる上、絶滅危惧種に近い存在かもしれません。

口にすると、しっかりした色合いとは裏腹に、薄味の中国南方テイスト。特筆しておきたいのは、皿に残る油がほとんどなかったことです。あっさりした炒めもので箸が進むということは、塩味に頼らず、うまみのボリュームが大きいからでしょう。その理由は、次にご紹介するスープにありそうです。

黄金色の油が輝く、フレッシュな鶏のスープに金木犀の香るゼリー。

中華好きであれば、一目見て「あっ」と思うであろう、黄色い鶏の脂が表面に輝く美しい鶏のスープ。

骨付きの鶏肉がゴロッと入って、しっかりと鶏の風味が浸み出ています。ひと口すすって「これはいったい?」と尋ねたところ、「朝8時に店に来て、3時間かけて仕込んでいる」というではないですか。これぞ香港人の魂ともいうべき母の味。スープを飲むと、これは気合いの入った本気のオーナーシェフ店だぞ…!と思わされます。

さらに、添えられた金木犀のゼリーも目を見張るものでした。現地の飲茶のメニューでも時折見かける一品ですが、一見して色が濃いではありませんか。

よく見ると、ごはんに載せるシソの実のように、惜しみなく金木犀の花が入っています。口に運ぶと、甘さは控えめで金木犀の香りが口いっぱいに。大満足のランチです。

ストリートフードの王様!咖喱魚蛋(カレーフィッシュボール)。

そんなこだわりの味を出すマギーさんですが、香港の味を知らない日本人が多いからか、食べてほしいと思っていた料理にあまり注文が入らず、開店当時のおすすめメニューで引っ込めてしまったものが多々あるとか。例えば牛ハチノス。牛モツの煮込みは香港や広東省でおやつやおつまみによく見かけますが、日本ではあまり見られません。

そんな中、メニューの中で静かな存在感を放っていたのがこちら。

香港カレーフィッシュボール。メニューの下の方に宝物はこっそりと。

「カレーフィッシュボールって知ってる?これも日本で作るのが大変で、時間かかったけどようやくできるようになったの。メニューの写真に載っている大根は、味がぶれるから入れたり入れなかったり。今日は屋台スタイルで串にしてみたわ」

口にすれば、そんな東洋・西洋・インドが混ざる香港のマルチエスニックを体現するかのような味わい。日本人や大陸の人がつくると、ちょっとさじ加減が違ってしまう、骨太なのに角の丸い雰囲気。それを日本の材料でさらりと再現されていて、食べながらちょっとした香港旅行になってきます。

手作りパンに手作り月餅。喫茶メニューを持ち帰って“家で香港”も!

さらには店内でパンを焼いているというのも驚きのひとつ。不定期ではありますが「3時くらいにパンを焼いているの」とマギーさんがオーブンから取り出したのは、ベーコンエピとウインナーを巻いたパン。これも日本でよく見るものとはちょっぴり表情が違って、どことなく軟らかそうなビジュアルです。

3時頃に焼き上がる手作りパン。提供は不定期なのでご留意ください。

「日本で香港の味を出すのは、調味料も混ぜて混ぜて大変。材料費高いけど、マーガリンは美味しくないからバターを使っているの」

また、冷蔵ケースには手作りのお菓子が入っており、お持ち帰りもOK。香港といえば頭に浮かぶマンゴープリンもちゃんとあります。レジ横には手作りの月餅も。

この日はチョコレートプリン、イチゴプリン、マンゴープリンのラインナップ。
甘さ控えめが嬉しい。

「よく混ぜて飲んでくださいね」と出されたコーヒーは、練乳が下に沈んだ香港スタイル。そうそう、この肩の力が抜けた味がほかの場所と違う、香港の風味なんだよなと思いながらいただきました。

スプーンで下の方をすくうと、練乳が。

雰囲気を味わう香港カフェではなく、味に相当なこだわりがある「Maggie’s Kitchen(マギーズキッチン)」。中華の醍醐味というべき大人数の会食に、大手を振って行きにくいこのご時世。二人くらいで香港旅行気分を味わえる、秘密の場所を見つけてしまいました。


Maggie’s Kitchen(マギーズキッチン)

住所:神奈川県横浜市鶴見区岸谷1-22-16(MAP)※京浜急行 生麦駅徒歩3分
TEL:045-710-0328
12:00~19:30(料理19:00L.O. ドリンク19:15L.O.)
日祝定休
ウェブサイト
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text & photo:ぴーたん
ライフワークのアジア樹林文化の研究の一環として、台湾・中国・ベトナム・マレーシアを回って飲食文化も研究。10数年前の勤務先で、江西省井岡山に片道切符で送り込まれたことを機に、中国料理の魅力に目覚め、会社を辞めて北京に自費留学。帰国後もオーセンティックな中国料理を求めて、横浜をはじめ、アジア各国の華僑と美味しいものについて情報交換をしている。