今や、中国のどの地方の料理でも食べられそうな勢いの東京だが、ありそうでない郷土料理店もある。そのひとつが、中国西南地方の貴州料理(黔菜)店だった。

だった…と過去形なのは、2019年3月に、東京・新小岩にひっそり店がオープンしていたから。待望の貴州料理店、その名もずばり「貴州火鍋」だ。

激辛料理の黒板とカラオケの幟、麻辣火鍋の看板が目に留まる、新小岩「貴州火鍋」の外観。「火」の字は赤色なので、写りにくくなってます。

店の紹介の前に、現時点ではかなりマイナーな貴州料理の特徴に触れておきたい。その魅力はずばり、多種多様な発酵料理と、さまざまに加工された唐辛子の風味と香りだ。

貴州省では、唐辛子、にんにく、米のとぎ汁、トマト、わらび、小魚、青菜、鴨や豚、田んぼで泳ぐ鯉など、ありとあらゆる食材が発酵の材料となる。そこにさまざまに加工された唐辛子の辛さと香りが加わると、たちまち貴州の味わいが現れる。

現地の料理を口にして感じるのは、日本の糠漬けや梅干し同様、家庭の台所でじっくりと育まれた独自の食文化。個人的な話で恐縮だが、貴州料理の底知れぬ魅力にハマり、この1年で3回も貴州に行ってしまった。

さて、では貴州の火鍋ってどんなもの?というと、これまたバリエーションが多い。例えば、米のとぎ汁を甕で発酵させた白酸(バイスゥァン)や、トマトを漬けて発酵させた紅酸(ホンスゥァン)などの乳酸発酵スープは、少数民族が住む貴州東南部の名物だ。

ところ変わって北西部では、限りなく干し納豆に近い豆豉(トウチ)を使った豆豉火鍋が郷土食だし、唐辛子の栽培がさかんな北部では、隣接する重慶とはまた違った麻辣火鍋も食べられる。

そんな貴州の火鍋(火鍋=中国の鍋料理全般)を店名にしているのだから、これは火鍋LOVERとしても期待が高まるというものだ。

え、これ四川料理…?いえ、貴州料理です!

メニュー。麻婆豆腐やピータンを除き、実はこれらもれっきとした貴州家庭料理(貴州家常菜)。内容はその時々で変わるそう。

実は、店のメニューを見て「え、これ四川料理じゃないの?」と思ってしまったのだが、いろいろ話を聞いてみると、店長と料理長は義理の姉妹で、ともに貴州省北部の遵義(遵义:じゅんぎ)出身。遵義は重慶の南にあり、食文化は四川とも近いため、貴州東南部の発酵料理とは全く違うメニュー構成になっていることがわかった。

左は料理人の江さんで、一級厨師の有資格者。右は店長の林さんで、日本在住20年超。日本語は全く問題ない。江さんはお兄さんの奥様だそうだ。

そして遵義といえば唐辛子。中国最大の唐辛子市場もあり、遵義唐辛子(遵义辣椒)は、唐辛子の中でも特に激辛として知られている

店長の林さんに、唐辛子について尋ねると、「前に花渓(貴陽市郊外)の唐辛子で作ったら、味がない。やっぱり唐辛子は遵義産じゃないとおいしくないね!」と断言。さすがは唐辛子のふるさとから来た人である。(ちなみに辛さが苦手な方には、遵義産ではない唐辛子を使うそうだ)。

省都・貴陽の市場では、唐辛子は産地別に売られている。

知られざる貴州料理の一端をご紹介!

では、遵義の貴州料理とはどんなものなのか? 俄然気になったので「あなたの故郷の料理を味わいたい」とお願いして、貴州出身の友人とともに訪れてみた。まず、前菜がこちら。

炝莴笋(チシャトウの唐辛子風味和え)

熗萵筍(炝莴笋/唐辛子香るチシャの和えもの)」は、唐辛子の上からジュッとかけて立つ油の香りが食欲をそそる冷菜。熗(炝/qiàng)とは、切った食材を加熱して、温かいうちに花椒油などの風味のある調味料と和える調理法だ。

中国料理では熗黄瓜(炝黄瓜/キュウリ和え)が定番だが、今回は、貴州省や四川省でもよく使われる香りのよいチシャトウ(茎レタス)を、板春雨のように薄切りに。日本では初夏が旬とあって、取り寄せていただいた。

大頭菜回鍋肉(大头菜回锅肉/コールラビの漬物を使った回鍋肉)

続いて、炒めものには、大頭菜回鍋肉(大头菜回锅肉/コールラビの漬物を使った回鍋肉)。大頭菜は蕪を大きくしたような野菜で、店長の林さんのお母さんが漬けた、まさに家庭の味。

回鍋肉は現地らしく、ゆでた皮付きのバラ肉をスライスしてから炒めており、むっちりとした食感の豚肉に対し、細切りの大頭菜がコリコリと小気味よい。漬物はいい具合に塩気が抜けて食べやすく、しっかり加熱された遵義唐辛子の香りをかげば、果てしなく酒を呼び、また米を呼ぶ。

泡椒炒鶏珍(泡椒炒鸡珍/漬物と鶏砂肝の炒め)。貴陽出身の友人が「これはかなり本場の味!」と太鼓判!

そしてこの炒め物が、ザ・貴州の味。遵義の泡辣椒(パオラージャオ:唐辛子の漬物)、糟辣椒(ザオラージャオ:唐辛子を刻み、生姜、にんにく、白酒と一緒に塩で漬けた発酵調味料)、大根の皮を自家で漬けた泡菜(パオツァイ:漬物)とともに炒めた、鶏の砂肝料理だ。

口にすれば、唐辛子の辛味、発酵の香り、滑らかな食感、大根の皮の歯ごたえなどが口の中で躍動感たっぷりに広がり、後味はスカッと爽やか。食後にはしっかり胃が熱くなり、さらにまたまた米を呼ぶ…!

貴州の中部~北部の家庭料理は、辛さがあり、キレがあり、いい意味でどこか作り方にゆるさがある。炒めものにはそれぞれ少量の花椒も加わっていたが、これもまた遵義のお土地柄だ。

料理長の江さん。お父様は遵義で3本の指に入る料理人だそうで、江さん自身も一級厨師の資格を有しているという。

貴州西北部名物、豆豉(トウチ)火鍋を日本で再現!

さて、待望の火鍋は豆豉火鍋。ちなみに、貴州で豆豉(トウチ)と呼ばれるものは、日本でもよく見かける、黒く、濃い味わいの豆豉とは全く別物

また、豆豉といっても、大きく分けて干豆豉、豆豉吧、水豆豉、湿豆豉といろいろある。前から順に、風味豊かな干し納豆、棒状になったコクのある納豆、水気があって粘りのない納豆、粘りのある納豆という感じ。つまり、どれも香りと味はほぼ、納豆だ。

現地の豆豉火鍋は干豆豉を使うところが多いが、この店で使っているのは、意外にも日本の小粒納豆。理由は、加熱した時に強烈に匂い、後の営業に支障が出るからだとか。ちょっと拍子抜けしたが、これはこれで日本で再現するひとつの道だろう。

こちらが鍋底(鍋の素になるもの)。日本の納豆は中国でも人気が高いそうで、かえっていい食材というイメージなのかもしれない。

納豆がカリッと香ばしそうな赤色をしているのは、たっぷりの油と糍粑辣椒(ツーバーラージャオ)で炒めているため。奥に見えるのは豚バラ肉で、これらすべてが鍋の具となり、味となる。

豆豉鍋の全貌。別途野菜がついて「2人前2500円くらい」(林さん)

そして貴州の鍋といえば、蘸水(ジャンシュイ)こと‟つけだれ”が欠かせない。鍋そのものにも味があるのだが、このつけだれによって、さらに新たな味と香りを加えるという文化が貴州にはあるのだ。

これがつけだれ、蘸水(ジャンシュイ)だ。最初はごま油、にんにく、醤油という韓国テイストなつけだれが出てきたのだが「貴州の味でお願い!」と頼んででてきたのがこちら。

つけだれの配合は鍋の種類によって変化するが、煳辣椒(フーラージャオ:炒った唐辛子)はマスト。そこに葱、にんにく、生姜、塩などが入るのが定番だ。豆豉火鍋はそれほど辛くないので、激辛にしたい人はここで調整するという手もある。

鍋の中には、唐辛子の調味料と油で香り高く炒められた納豆が沈んでいる。

鍋は、煮れば煮るほどこの納豆から味が出て、鍋汁の味わいが深まっていくのが魅力。〆はもちろん白米で決まりだ。穴あきレンゲで鍋に沈んだ納豆を救い出し、ごはんの上にのせて食べよう。すると、ねばりはないけれども確かに納豆味という、これまでにない納豆ごはんを味わうような体験ができる。

〆は白米に載せて食べよう。見た目は完全に納豆ごはんだ。

ちなみにこの豆豉火鍋は事前予約制。金額を尋ねると「2人前で2,500円くらい」とのこと。ちなみに今回4人で行ってお通し1品、前菜1品、炒め物2品、火鍋1品に追加の豚肉(かなり少量です)を1皿頼み、ドリンクを2杯ずつ飲んで1人約3,000円のお会計だったのでご参考までに。

また、通常メニューにある麻辣火鍋(1,980円/2人前)は四川料理かと思いきや、「牛脂を使わない、よりさっぱりと軽やかな味わい」で、「池袋にある火鍋をいろいろ食べ歩いてみたけど、おいしいと思うところがなかったので、自分で作ったの」と店長の林さん談。これもまた遵義という御土地柄だからこそ、食べられている料理であろう。店では一番人気があるらしい。

四川料理と名前は一緒でも、作り方が全く異なる貴州名物、辣子鶏(ラーヅージー/鶏肉の貴州唐辛子煮込み)も、火鍋仕立てにすることができる。こちらも事前予約でぜひ試されたい。

実は火鍋メニューは2種類しかなかった。追加の肉は、一皿あたりの量はそれほどないので期待せずに。

中国では、辛さに対する耐性を表現するのに「四川人不怕辣, 湖南人辣不怕, 貴州人怕不辣」という言葉がある。貴州のところを直訳すると「貴州人は辛くないのが怖い」ということになるが、まさにそんな一端を体感できるのがここ「貴州火鍋」。実際、貴州省に行ってみると、辛い料理ばかりではない印象だが、遵義に関していえば、ズバリこれが当てはまる気がする。

今回は容赦なしの現地クオリティでオーダーしたため、翌日まで胃がカッカと熱かったが、食前に飲むヨーグルトを飲み、諸々整えてから、ぜひチャレンジしてほしい。

店のオリジナルTシャツ。マル貴マークがイカしてます。
貴州火鍋(きしゅうひなべ)
住所:東京都葛飾区新小岩1-55-1 多田ビル1F(MAP
アクセス:JR総武線 新小岩駅南口から徒歩6分(アーケード商店街「ルミエール」を直進して左)
電話:03-3656-6250
営業時間:17:00~23:30(遅めの時間はカラオケあり)
定休日:日曜日席数:28席(うち、掘りごたつ席3卓×4席=12席あり)※豆豉火鍋、辣子鶏火鍋は要予約。その他、ここに掲載されている料理は問い合わせの上、予約するのが安心です。
※店内にはカラオケ設備があり、遅めの時間に飲んだ後歌いたくていらっしゃるお客様も。食事のお客様と混在すると若干カオスですので、そこは寛大なお気持ちでお願いします。

 

TEXT & PHOTO サトタカ(佐藤貴子)