日本では、焼肉店のシメや盛岡名物のイメージも強い冷麺だが、実は中国料理でも冷麺のファンは少なくない。それは「中国十大面条(中国十大麺)」にも数えられる延吉冷麺(延吉冷面:イェンジーランミェン:yánjílěngmiàn)である。

キリッと冷えた甘酸っぱい牛スープをゴクリと飲み、細くコシのある麺を啜れば、蒸し暑い夏でも脳天までスッキリ。冷麺醤(냉면장:ネンミョンジャン)などと呼ばれる唐辛子と香味野菜のペーストをスープに溶かせば、コクと辛さがみるみる広がり、さらなる奥行きが感じられるのも味わい深い。きっと、韓国料理店で水冷麺(물냉면:ムルネンミョン)を食べ慣れた人からすると「こんな冷麺もあったのか!」と思うはずだ。

そんな延吉冷麺の故郷は中国東北地方にある。省の南方をロシアおよび北朝鮮と接する吉林省(きつりんしょう)だ。

なかでも延辺朝鮮族自治州(연변조선족자치주)はそのメッカ。南方約522.5kmが北朝鮮と接しており、豆満江(図們江:とまんこう)を挟んで北が中国、南が北朝鮮という位置関係にある。

こうした位置関係から、朝鮮族は両国に分布しており、同自治州は人口約204万人のうち、73万人が朝鮮族となっている。民族のつながりに加えて、地理的距離が近ければ気候風土も近く、特産品や食文化にも共通点が見られるのは自然なこと。長い歴史を経て、中国文化と朝鮮文化が融合し、延吉冷麺という独自の料理が生まれたのは想像に難くない。

千里香グループの総本店!『千里香 上野店』の延吉冷麺へかけるこだわり

都内では上野・御徒町エリアや、池袋、大久保などの延吉料理店で食べられる延吉冷麺だが、いろいろ食べ歩いた中で、冷麺にかけるこだわりを感じたのが『千里香 上野店』だ。

『千里香 上野店』外観。上野中通り商店街に面する。地下の店舗へ至る階段には中国語、ハングル、日本語が記されている。

同店の社長を務めるのは金秋月(김추월:キム·チュウォル)さん。20年前、六本木に『千里香』一号店を開き、大久保、上野、池袋と店を開いてきたパワフルな女性である。延吉市出身の朝鮮族ゆえ、中国語もハングルも堪能。厨房のスタッフによって言葉を使い分け、今も白衣を着ててきぱきと現場を仕切る。

現在、六本木は閉店、大久保店は友人に譲渡し、池袋店は妹さんに経営を任せるなかで、金さんがいる『千里香 上野店』は、千里香グループのルーツを感じさせる場所だ。創業したのは「主に同郷の人たちにむけて、郷里の味を懐かしんでもらいたい」という想い。現在は日本人も多く訪れるが、その気持ちは変わらない。

そんな同店の延吉冷麺は“現圧”、すなわち生地をその場でところてんのように押し出して麺をつくられる。さらにその風味と食感を引き立てるのは、自家製の牛スープと冷麺醤。一杯の延吉冷麺がどんな風につくられているのか、今回は特別に厨房を見学させてもらった。

牛すね肉と生薬でつくるスープのもと”は、延吉冷麺の屋台骨。

「冷麺のスープは牛肉でつくるんです。牛骨は入れませんよ、味が変わっちゃいますからね。うちで使っているのは牛すね肉をたっぷり。そこに大根、ネギ、玉ねぎ、にんじん、にんにく、さらに漢方薬となる生薬を11~12種類加えます。生薬はネットに入れて、煮るときに必ず入れます。じっくりと煮て、これを“スープのもと”にするのです」

そう金さんが話すスープは、店で最も手間暇かけてつくられる料理の素材であり、味の屋台骨となる存在だ。

『千里香上野店』の牛の“スープのもと”。浮いているのはニンニクが入った袋。

そのまま使うのではなく、味のベースにするという点で、これはフランス料理のフォン・ド・ボー(仔羊の出汁)に近い。延吉冷麺の味わいといえば、クリアな甘酸っぱさが特徴で、味付けは“スープのもと”に、水と、酸度の強い酢、砂糖などを加えるのだが、最終的にスープが甘酢に負けていないのは、しっかりとした牛すね肉の出汁があってこそだろう。

こうしてつくられた冷麺スープは、スープ専用のジャーに移してスタンバイする。実はこのジャー、内側はマイナス2.7℃に保たれており、スープを半氷結のシャリシャリとした状態にキープするというすぐれもの。常時回転しているので、中までカチンコチンに凍ることがない。

8月半ばの設定温度はマイナス2.7度。
冷麺スープ専用のジャー。蓋を開けて中を覗くと…

注文が入ったら、このジャーの中から桶でスープをすくって器に注ぐのだが、出した瞬間の冷麺スープの冷たさと言ったら…!

真冬の1月の曇天の日、根室の納沙布岬に立ち、歯舞群島を見ながら浴びる海風のイメージといったら伝わるだろうか。飲んだ瞬間、寒くなる。知覚過敏の人にとっては致死的な冷たさだ。氷を入れている店はあるが、ここではスープそのものがみぞれ状なので、最後まで薄まることがないのもいい。

回りが氷結した冷麺スープがぐるぐる回っていた。参考までに、納沙布岬の1月の平均気温はマイナス3度。(気象庁サイト参照)

“120度の熱湯で一気呵成に麺を練る!

続いては麺だ。冷麺というと、大きく分けて“黒っぽい麺”と“白っぽい麺”があるが、どう違うのだろう。金さんに尋ねると、生地に含まれる材料の配合によるもので「延吉冷麺は黒っぽい麺を使うのが基本です」とのこと。黒っぽい色は蕎麦粉由来だそうだ。

また、冷麺の生地には独特のゴムのようなコシがあるが、この食感は、生地に含まれるでんぷんと、そこに加える水分の温度が関係している

「麺の材料は、でんぷん、小麦粉、蕎麦粉です。でんぷんはいろいろありますが、うちの店ではさつまいもでんぷんを使いますね。そこにグラグラ沸いて120度に熱したお湯を加え、専用のこね機に入れたら生地ができあがります。お湯が120度だから、麺に独特のコシがでます」。

思わず「沸騰は100度じゃないんですか?」と聞き返してしまったが、金さんは「120度」とキッパリ。コポコポ沸いたおとなしい沸騰ではなく、ゴボゴボ120%沸騰した状態でよろしく!という意味だと理解した。

練り機で練った冷麺は、1つ600gの麺団(団子上になった生地)に整えられる。昔からあったような風情だが、その日できたての生地がこちら。

製麺に釘付け!冷麺の「現圧」とは?

そしてさらに、麺のコシを際立出せるのが「現圧」というプロセスである。

これは読んで字の通り、その場で圧をかけて押し出しているという意味。日本そば屋の「打ち立て切りたて」に通じる言葉で、生麺と乾麺の食感の違いは大きい。生麺のほうがしなやかで、噛むとむちっとしたコシがあり、ぴゅるぴゅるとした舌ざわりのよさを感じるのだ。

鍋の上にあるのが現圧を可能にする製麺機。その下に鍋、さらにその下の桶には氷水が張ってある。この布陣で、製麺から一気呵成に仕上げとなる。

この押し出し作業が見ていて楽しい。生地こね機でできた1つ600gの麺団(団子状になった生地)を入れると、にゅううううっと細麺がでてくる。その間、約4秒20ミリ秒。すべて出し切ったら刃物でばっさりカットして、グラグラと沸騰した熱湯の中にボトンと落下。製麺からゆでるまでが装置化されていて爆速だ。

茶色い筒状に整えられた生地を機械に入れると、ものの3秒でにゅうううっと押し出される。写真は2人前600gの麺。
出切ったところで金さんが刃物でシャキーン!鮮やかなカットとともに、グラグラ煮立った湯にどぼん。
ゆでている間に、透明感がでてくる。ゆで湯が茶色いのは麺の成分が湯に出てくるため。

ゆで時間は約1分半。熱湯の中で、マットな質感の生麺が次第に透明感を増していく。タイマーできっちり計り、時間とともに素早く麺をすくい上げたら、水道を全開にして麺を洗う。

仕上げはキンキンに冷えた氷水にザルごと麺をドボンと浸し、麺を冷やし、引き締める。そこから改めて冷水ですすぎ、しっかりと水切り。ここまで目にもとまらぬ速さである。

ゆで鍋の右に位置する水道で一気に麺を洗い、冷やす。この後、さらに氷水へ。
氷水から上げた麺。透明感がある。

続けて見たい方はこちらの動画をどうぞ。

キャベツのキムチが延吉式。冷麺醤でさらなる味変を!

氷水で締めた麺は、やや透明感を帯びた深い茶色へと変化する。これをくるくるっと麺をまとめて器の中央に盛ったら、いよいよ具の盛り付けだ。

金属のボウル型の器に盛り付けられた麺。

この具にも、延吉冷麺ならではの特色がある。それは、キャベツのキムチを使うことだ。冷麺というと白菜や大根のキムチがのっているイメージがあるかと思うが、多くの延辺料理店ではキャベツのキムチを使っている。

まず麺の上にのせるのはキャベツのキムチ。写真はテイクアウト用の容器に盛り付けている最中。

さらに、味変の要となるのが冷麺醤(냉면장:ネンミョンジャン)だ。配合は「韓国産の赤唐辛子に、葱、にんにく、塩、あとほんの少しだけ青唐辛子も入れます。青唐辛子を入れると香りがよくなるから」と金さん。

これは、韓国・朝鮮料理でいうところの薬念(약념:ヤンニョム)とほぼ同じもの。ただし、冷麺専用に調味したもので、他の料理には使わないのだそうだ。

調理台の上に置かれた調味料のラインナップにも朝鮮族の文化を感じることができる。右手前が冷麺醤(냉면장:ネンミョンジャン)。
冷麺醤。食欲をそそる刺激的な赤色。

続いて薄切りのリンゴ、ゆで卵、牛すね煮込みのスライス、千切りきゅうり、煎った白ごまをふりかけたら具は揃った。提供直前に、シャリシャリに凍った冷麺スープを注いで、いざテーブルへ!

冷麺醤を挟むようにしてリンゴを盛り付け、ゆで卵をオン。日によっては缶詰のチェリーが乗ることもあります。
きゅうりはその場で千切り。牛肉はスープを煮るときに使った牛スネ肉を再調味し、薄切りにしてトッピング。

どん冷えと熱々がたまらない!延辺串焼きを追加して楽しさ無限大!

どうですか、このできたての麺のツヤと、すすれば厳寒の納沙布岬へ連れていかれるキンキンに冷えたスープ!

実際に出されるスープはもっと量が多いのだが、麺もよく見えるよう、撮影用に少な目に注いである。

思わずうっとりと眺めていたら、「早く食べなさい。すぐ食べたほうがおいしいから!」と金さんにせかされ、急いで麺を手繰った。唇をぴゅるぴゅると走り抜ける麺の食感はつくりたての生麺ならでは。コンニャクほどは軟らかくないけれど、春雨とも異なるムッチリ感は唯一無二。これは多くの店がほかから麺を買う中、わざわざ自家製を続けるのも納得できる。

スープに氷を浮かべているのではない。そもそもが半分凍っているのだ。だから薄まらない。

半分みぞれ状になった牛スープを口に運べば、シャープな甘酸っぱさとともにみるみる身体に涼しくなる。山盛りの具がスープになだれ込めば、冷麺醤がスープに溶け、唐辛子のコクと辛みがじわり。食べながら刻一刻と変化する温度と風味に向き合うのも、延吉冷麺の楽しさだ。

冷麺醤がスープに混ざり合った後。

ちなみに極北の冷たさから、口の中に熱を取り戻す最高のパートナーが延辺串(延辺地方の串焼き)である。

吉林省の延辺料理といえば、特製のスパイスをまぶして焼き上げる串焼きは外せない。幸いにして『千里香 上野店』には卓上に自動串焼き機があるテーブルが多数用意されている。ここはぜひ、目の前で串を焼きながら冷麺をすすり、串をほおばる楽園感も体験していただきたい。

串焼きをやるときは店員さんに最初に伝えよう。最低10本からオーダーできる。
串を頼むと出されるスパイス三種類盛り。オリジナルの串料(串のスパイス)、クミン、唐辛子。

また、涼菜(リャンツァイ:熱くない料理)は箸休めや野菜の補給にぴったり。冷麺、串焼き、野菜の涼菜の3点があれば、延辺無限ループを延々と楽しめる。

冷菜の種類も豊富。

それにしても、私はこの店ほど冷たい延吉冷麺のスープを日本国内で飲んだことがない。残暑に喘いでいる方は、ぜひこの一杯で、乗り切っていただければ幸いだ。

千里香 上野店

東京都台東区上野4-2-6 上野西田ビル B1(MAP
※最寄駅:JR御徒町駅
TEL 03-5807-1761
営業時間 11:00-23:00
席数:120席
年中無休


参考文献
百度「中国十大面条
中華人民共和国国家民族事務委員会「吉林延边朝鲜族自治州

※延吉冷麺は延辺冷麺と表記されることもあります。


TEXT&PHOTO サトタカ(佐藤貴子)