銀座から永田町へ。1960年から受け継がれる手づくり焼売を大解剖!

中国料理「星ヶ岡」で9代目の料理長を務める山橋孝之さんは、焼売の歴史をこう振り返る。

「星ヶ岡」の山橋孝之料理長。

「この焼売は、東急ホテルズの1号店として開業した銀座東急ホテル『中国料理 孔雀庁』にルーツがあります。ここは中華のブッフェを日本で最初に始めたレストランといわれており、メニューを考案する際、当時在籍していた中国人の点心師が『他の店では食べられないものを』と、レシピをつくり上げました」。

これが想像以上に好評を博した。しかし2001年、惜しまれつつも銀座東急ホテルは閉館する。そこで焼売のレシピを継承したのが、当時のキャピトル東急ホテルだ。そんな伝統の製法は、今の『星ヶ岡』にも受け継がれている。

徐々に大きくなっていた?ベテラン職人が握る焼売の秘密。

現在、焼売は1日に50~60個が出る人気のサイドメニューだ。基本的に、その日に出す焼売はその日のうちに握っており、大きさは1個約70gある。「富士山型の焼売の秘密-1」でもご紹介した通り、崎陽軒のシウマイは1個約14g、スーパーなどでジャンボ焼売として売られているものは1個32~42g。つまり、かなりの特大サイズといっていい。

それが、昔からこのサイズだったかというと、そうではないらしい。山橋料理長はこう回想する。

「これがいつの間にか大きくなっていたのです。実は2023年の3月まで、49年間にわたってこの焼売を作り続けた料理人がいました。鈴木さんという方で、73歳で惜しまれつつも退職された大ベテランです。その鈴木さんが徐々に大きくしていたという話もありまして。昔は今より20gくらい小さかったようなのです」

繊細かつ立体的!専門の麺棒で延ばす、フリルがついた焼売皮。

そんな焼売づくりの工程で、特筆すべきは生地を練るところから手づくりの皮だ。配合は、強力粉1kgに対して熱湯750cc。口にすると軟らかだが、歯切れのよい皮は、水でなく湯で練ることから生まれる。

麺団(生地の塊)ができたら、棒状に伸ばして1個あたりの分量にちぎっていくのは、餃子の皮の作り方と変わらない。しかし、延ばし方は劇的に異なる。

生地が出来上がったら棒状に伸ばし、約30gの塊に手でちぎる。

皮を延ばす麺棒は、中央が膨らんだ点心専用のものを使用。なぜこの形かというと、皮の中央と端とで、圧力のかけ方を変えることができるからだ。ちなみに麺棒は1本1本微妙に違うかたちなので、焼売担当の料理人は、それぞれの“マイ麺棒”を持っている。

焼売用の麺棒。ちなみにAmazonで「業務用 麺棒 大 細口」で検索すると同様のものが見つかる。

この皮が、見慣れた焼売の皮とは、形、厚み、質感のすべてが違う。一般的な皮は、四角形で均一な厚みだが、この焼売の皮は、端は薄く、面積が広く、底にあたる中央部のみ厚みがある。仕上がりは、端にひらひらとしたフリルがついた円形だ。

スーパーに並んでいる焼売の皮とは似ても似つかぬビジュアル。

成形には大量の打ち粉が欠かせない。打ち粉とは、生地を延ばすとき、生地が台にくっつかないように使う粉のこと。小量の粉を用いるのが普通だが、この皮は粉に埋もれるようにして延ばす

生地はほぼ粉の中。

粉の中で延ばさないと、端が薄いので台にくっついてしまうんですよ」。そう教えてくれたのは、焼売を担当して3年になる高橋直人さん。「下に粉がたっぷりないと、皮がスムーズに回転しないんです」。焼売担当2年目の宮岡孝明さんも言葉を添える。

焼売づくりを担当している高橋直人さん(写真手前)と宮岡孝明さん(奥)。

延ばし方はこうだ。まず、打ち粉の中に生地を入れ、生地の端に麺棒の凸部を当てる。次いで、右手で麺棒を押し、左手で麺棒を引く。

麺棒の凸部で生地の端を押しつぶす。それにしても、餃子などでつくる打ち粉の量の比ではない。

この体勢で、場所を安定させたまま、麺棒を生地の上で前後させると、生地は広がりながら反時計まわりに回転する。

右手で麺棒を押し、左手で麺棒を引く。

その際、生地の端を麺棒でキュッと押さえながら押すと、生地に撚りが生じ、薄くヒラヒラとした状態になる。これが生地のフリルだ。

生まれたてのフリルは、まるで白マイタケのようだ。

こうして皮を2~3回転させていくと、端のすべてにしっかりとフリルのついた皮ができあがる。

皮ができあがったら打ち粉を落とす。

「さらにいうと、この場所は厨房の中でも、風の当たらない場所なんです。風が当たると、生地も餡も乾燥してしまい、状態が変わってしまいますから」(高橋さん)。

なんと、焼売づくりに最適なポジションが確保されていたとは。さらに餡づくりにも、おいしい肉汁を生じさせるためのこだわりが詰まっていた。

できた皮にはラップなどをかけ、乾燥させないようにする。

豚の脂と水分を乳化させ、軟らかな餡と旨みのある肉汁をつくる。

餡は豚バラ肉の細挽きがベースである。仕込む肉は一度に10kg。山橋料理長はこう話す。

ポイントは、肉の脂と水分を乳化させることです。こうすることで、口にしたとき、しっとりと軟らかな餡から、旨みのある肉汁が出てくるのです」。

練り上がった肉餡。豚バラ肉の細挽きを使う。

乳化とは、本来は混ざらない油分と水分が混ざり合った状態になることをいう。焼売の場合、豚バラ肉細挽きに、小量の水と塩を加えてしっかり練り上げると、全体が白っぽく、脂肪と肉の水分とが細かく混ざり合い、ふわりとした餡ができる。

「星ヶ岡」ではこの原理を用いて、つなぎは使わず、主役である肉の風味を生かした餡をつくっている。「材料は、豚バラ肉、醤油、紹興酒、砂糖、白胡椒、生姜、白葱です。卵や片栗粉は使いません」(山橋料理長)。材料は思いのほかシンプル。それでいて味わいは濃い。

そんな焼売づくりのハイライトは、餡を包む華麗なプロセスだ。まずは動画でご紹介しよう。

ハロウィンおばけが釣鐘草に!? 華麗なる焼売握りのプロセス。

このプロセスを紐解くとこうなる。まず、餡べらで肉餡をたっぷりすくって皮の中央にのせたら、指と手のひらを使って生地を回転させながら、徐々に口をすぼめていく。

その際、「皮が一か所に固まると、そこだけ粉っぽくなってしまうので、均等にヒダを寄せながら、中に空洞ができないように餡を包んでいきます」と高橋さん。

きれいにヒダの寄った焼売は美しくもあるが、目鼻をつければ、ハロウィンで見る白い幽霊のキャラクターのようだ。

フリルが均等に寄った状態。美しい。

次いで、フリル部をすぼめながら上部を平らに整えていく。さっきまでハロウィンのおばけだった焼売は、ひっくり返すと釣鐘草(ツリガネソウ)の花の如し。生の状態では、富士山よりもシュッとしてくびれのある、細長い形をしている。

完成形はツリガネソウのような形をしている。

聞けば、「富士山型は狙っているわけではないんです。この焼売は皮が軟らかく、餡は油が多いため、常温に置いておくとすぐに重心が下がり、高さが低くなります。蒸すとさらに低くなるので、結果的に富士山のようなかたちになっているのかもしれません」と山橋料理長。

餡がたっぷり詰まった、蒸す前の焼売。これも状態が変わらないよう、握り終わったらすぐさま冷蔵庫に入れる。

成形された焼売は、注文が入ってから、蒸籠に入れて加熱すること13分で蒸し上がる。ご覧の通り、こだわりの焼売だからこそ、蒸したてを最高の状態でいただきたいが、その攻略法とは? 次のページで紹介しよう。

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