上海の南西およそ800kmに位置する江西省の省都・南昌(なんしょう|ナンチャン|nán chāng)。そんな南昌の美味として、真っ先に挙がるのが米粉(米粉の麺|ビーフン)です。

米粉は中国語でミーフェン(mǐfěn)ですが、店舗によっては日本人になじみのあるビーフン(福建省南部や台湾での読み方)と記されています。今回は紹介する店のメニュー表記に準じてビーフンと記載します。
中太で断面が丸い江西省の米粉。

中国最大の淡水湖である鄱陽湖(はようこ)南西岸に面し、市中には贛江(かんこう)が流れ、いくつもの湖が点在する南昌は、水源が豊かで稲作の盛んな地域。

ここで作られる米粉は、他の地域で作られたものと比べると、強くしっかりとしているのが特徴。茹でてからしばらく水に浸しておいても傷みにくく、炒めても割れにくい強靭さ。口にすれば、プリッと弾ける食感がとても心地よいのです。

そして、南昌の朝は、嗦粉(スゥオフェン|suō fěn)から始まるといわれます。

嗦粉とは、米粉の麺を啜り頬張ることをあらわす言葉。大通りから小径まで、街のあちこちで食べられている拌粉(汁なし和えビーフン|バンフェン|bànfěn)は、南昌の老若男女が愛する定番の朝ごはん。夜明けとともに自ずと食べたくなるので、南昌人は目覚まし時計要らず、という例えまであるほど。

騰訊視頻(テンセントビデオ|腾讯视频)で、2019年から放送中の人気コンテンツ「早餐中国(中国の朝ごはん)」第二季第八集でも、南昌拌粉が紹介されており、実においしそうです。

飲んで、食べて、歌って!スナック空間に広がる南昌の世界

そんな南昌を代表する美味、しかも本場南昌人が作る南昌拌粉を食べられる店を、埼玉県朝霞市で見つけました。

「中国南昌家庭料理 酔仙楼」外観。メニューや料理写真、看板があるので、スナックではなく料理屋だとわかります。

中国南昌家庭料理 酔仙楼は、南昌出身の愛華ママが営む店。外観から店内が一切見えませんが、黒い扉を開けると、そこに広がっていたのは日本のスナック空間。壁の棚にはボトルがずらりと並び、お酒とともに、南昌をはじめ中国の家庭料理を楽しめる趣向です。

以前は朝霞市から近い志木市で「中国南昌家庭料理 胡家飯店」を営んでいたそうですが、大病を患い、大手術を受けた愛華ママ。退院後、席数の多いレストランは断念し、再開の場として選んだのは、カウンターとテーブル数卓のこぢんまりしたスナックでした。

「中国南昌家庭料理 酔仙楼」の店内。机も椅子もスナックですね。
「中国南昌家庭料理 酔仙楼」のカウンター。ここだけみるとバーかスナックか。

噂に聞きし地獄辣の世界!南昌拌粉とは?

とはいえ、料理は本格的。愛華ママの息子さんがデザインしてくれたというメニューシートの上部には、南昌の名所である縄金塔(じょうきんとう)や滕王閣(とうおうかく)が描かれており、故郷の味を推していることがうかがえます。

左は縄金塔。高さ約50m、1階の周径約33メートル、7階建ての楼閣。右は滕王閣。岳陽の岳陽楼、武漢の黄鶴楼とともに江南三大名楼のひとつに数えられる楼閣。

待望の南昌拌粉(南昌混ぜビーフン)は、刻み発酵唐辛子(剁椒)、ピーナッツ(花生米)、大根の漬物(腌萝卜)、葱が米粉の上にのった一杯。醤油ベースで、豚ひき肉の入った辛味だれが米粉に絡めてあり、食べる前に全体をしっかり混ぜ合わせてからいただきます。

南昌拌粉(南昌混ぜビーフン)

ひと口頬張ると、香辣&鮮辣(香り高い唐辛子のストレートな辛さ)な風味に、ほんのり咸(塩味)と、甜(甘味)を感じられる豊かな味わい。後味の余韻も長く楽しめます。しかし、これが油断ならない辛さ。

南昌が位置する江西省は、実は恐ろしく辛い料理が潜んでいます。その辣度(辛さの度合い)たるや、辛さ自慢の四川・湖南・貴州に引けを取らぬほど。中国のSNSのひとつであるRED(小红书)や、Twitterなどで拡散されていた「中国各省吃辣程度排行榜(中国各省辛味レベルランキング)」では、湖南省と並ぶ最高レベルの「地獄辣」に君臨。そのため、激辛味の刺激を楽しみながら額に汗して頬張るのが基本態勢…!

ですが、優しい愛華ママは、注文時に辛さの好みを確認し、料理ひとつひとつに辛さの調整を対応してくれます。

この日は「辛いの大好きですよ!」と答えた私。しかし食べ始めてたちまち頬が紅潮し、目を潤ませ汗が吹き出したあたりで、本場の辛さよりちょっと控えめだったことを打ち明けてくれました。つまり、そのくらい強烈な辛さだということです。本場の「地獄辣」レベルにチャレンジしたい場合は、念押ししてお願いしましょう。

すべてをしっかり混ぜ合わせてからいただきます。

また、家庭料理も見逃せません。ごはんのおかずにぴったりなのが、醤爆肉丸子(軟骨入り肉団子の激辛炒め|酱爆肉丸子)。口にすると、唐辛子のストレートな刺激がガツン! にもかかわらず、肉団子は、軟骨のコリッとした食感がアクセントとなり、食べ出すと止まらない!

醤爆肉丸子(軟骨入り肉団子の激辛炒め|酱爆肉丸子)

辛い料理ばかりではないのもうれしいところ。生煎包(焼き小籠包)は、愛華ママの息子さんたち、さらに彼らの家族のみんなが大好きなメニュー。皮の中は肉汁タップタプ! 逃さずゴクリと飲み干して。

故郷南昌の味を伝える難しさと喜びと。

「愛する故郷南昌の家庭の味を、より多くの日本のみんなにも知ってもらえたら嬉しいね!」そんな気持ちで日々店を開けている愛華ママ。

しかし、メニュー名のみで注文されるデリバリーの場合、文化の違いから生まれる誤解もあるようです。例えば、米粉を炒めた南昌焼きビーフン(南昌炒粉)の配達された後のこと。

お客さん「間違えて焼きそばが来たよ!焼きビーフンを頼んだんだけど…」
愛華ママ「間違っていないよ!ちゃんと焼きビーフンをお渡ししましたよ…」

南昌人の愛華ママにとって、焼きビーフンは、中太で断面が丸い米粉の麺で、タレが絡まった黒っぽい料理を意味します。一方、多くの日本人にとって焼きビーフンは、台湾で見るような白く細いビーフンを、肉や野菜と炒めた料理です。

やりとりを数回繰り返したのち、互いの認識する焼きビーフンが全く異なるものだったことが判明。「初めてかもしれないけれど、このビーフンもとっても美味しいからよかったら食べてみませんか?」とおすすめしたものの、結局「思っていたものと違う」とのことで、残念ながら返品に至ったのでした。

店の外に貼ってある持ち帰りメニューには、辛さの目安も表示されています。

それでも前を向き、「見て!少し前にテイクアウト容器のデザインを新しくしたのよ!」と箱を持ってきてくれた愛華ママ。そこには「不一様的味道」の文字が。今まで食べてきた中華料理とちょっと違う、南昌家庭料理と多くの方が、この店を通じて出合えることを願ってやみません。

店の最寄りとなる朝霞駅は、池袋から東武東上線急行で16分。同じ埼玉県でも、先月ご紹介した小川町の「阿孫」は週末のプチ旅行向けですが、朝霞なら気軽に行けるのでは?

朝霞駅と住宅街を結ぶ道沿いということもあり、コロナ禍中は夕飯のおかずにテイクアウトをされる方が多かったのですが、最近は徐々に店内で食事をする人が戻りつつあるようです。営業時間はディナータイムのみ、そして現在のところ週4日の営業ではありますが、ぜひ南昌拌粉&中国トップクラスの刺激的辣味をご堪能あれ!

中国南昌家庭料理 酔仙楼

埼玉県朝霞市本町2-15-6(MAP
TEL 048-466-6788
東武東上線 朝霞駅南口から徒歩4~5分
営業時間 17:00-20:00(火水金土)
定休日 日月木


text & photo :アイチー(愛吃)
中華地方菜研究会〜旅するように中華を食べ歩こう』主宰。中華料理にまつわるコーディネート、アドバイス、監修などを行う。一つの「食」を愛し、味も知識も徹底的に極めた「偏愛フーディスト」がプロデュースする期間限定レストラン『偏愛食堂』中華料理担当として、多彩な中華地方菜の楽しさを伝えている。★アイチー執筆・出演記事はこちら