日本人にとって古くからなじみのある「酢豚」。あの甘酸っぱい独特の味わいは、他のどの料理でも味わえない、いかにも中華料理らしいおいしさですよね。
そんな「酢豚」には中国語でいろんな言い方がありますが、代表的なもののひとつに「糖醋肉(táng cù ròu タンツゥロウ)」、または「糖醋肉塊 táng cù ròu kuài タンツゥロウカイ」という表現があります。
この中に含まれる漢字で、肉は読んで字の如く「肉」。となると……もうおわかりですね。「糖醋」の「糖」は砂糖、「醋」は酢のことで、ふたつ合わせると「甘酢風味」。つまり、酢豚の味付けになるんです。
糖醋(táng cù タンツゥ)とは?

そもそも「糖醋」とは「溜法(liū fǎ リィウファ)」という調理法のひとつで、素材の旨みをできるかぎり留めて加熱し、水溶き片栗粉などでとろみを付けた調味液をたっぷりと絡ませることを特徴としています。
油で揚げてから調味するものが多いのは、まず食材の表面を高温で瞬時に固めて皮膜を作り、その水分や旨みを食材の中に留めた方が「溜法」という調理に適しているから。カリカリの食材に、とろ~っとした餡の組み合わせは、おいしさを保つための最強の組み合わせなんですね。
北京料理では「糖醋鯉魚(鯉の甘酢餡かけ)」、江蘇料理では「糖醋黄魚(石持ちの餡かけ)」が有名であるように、「糖醋」の料理は地域によってさまざまな名物があります。
また、「糖醋茄子(茄子の甘酢餡かけ)」や「糖醋里脊(豚ヒレ肉の甘酢餡かけ)」は、中国では家庭料理とみなされているのは、糖醋が広い地域で使われている調味法ということの証。中国各地で楽しめる調理法なので、覚えておくと便利ですよ。
「糖醋」な料理
最もメジャーな黒酢「鎮江香醋」のマイナーな違い
「糖醋」の調味をするのによく使われる「鎮江香醋(zhèn jiāng xiāng cù ジェン ジァン シャン ツゥ ※業界通称「ちんこうす」)」。この3本、ラベルの見た目はそっくりですが、製造しているメーカーが異なるため、よく見るとマークが違います。
そこで鎮江香醋を輸入している東栄商行(株)に問い合わせてみたところ、「20年ほど前、中国で鎮江香醋を輸出できる会社は国営企業の『金梅牌』(※写真右)だけだったんです。
その結果、黄色いキャップに黄色いラベルが鎮江香醋のイメージとして定着。しかし、現在では鎮江エリアだけでも50~60社の香醋製造メーカーがあり、中国内で検査し、然るべきところから許可が出れば、小さな工場でも自由に輸出できるようになったので、日本でも様々な鎮江香醋が購入できるんですね。
しかし、知名度の高い『金梅牌』のパッケージを真似して作っているところも少なくないので、こういう形に…」とのこと。
ちなみに、どのブランド(マーク)のものが好みかは、料理人によっても異なるそうです。中華街などで黄色いラベルを見かけたら、違う銘柄のものを買い揃え、食べ比べしてみるのもおもしろいですね。 |
[左]北固山
[中]金山牌
[右]金梅牌
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「醋」の比喩表現
中国では「嫉妬」を「吃醋(chī cù チィツゥ)」といいます。「吃」は「食べる」という意味の動詞。つまり、直訳すると「お酢を食べる」ということですよね。 その「吃醋」が「嫉妬」になった背景には諸説あるようですが、有力なのが以下の二説です。
ひとつは、嫉妬心はまるで酢を飲むように、心に酸っぱい気持ちをもたらすから…という説。
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そしてもうひとつは、唐の時代、玄宗皇帝が大臣に側室を下賜しようとしましたが、正妻は猛反対。皇帝が「毒酒を飲むか、側室を受け入れるか選べ」と言うと、正妻は迷わず毒酒を飲み干しましたが、実はこれはお酢で、皇帝も正妻の気持ちに感心しこの話はなかったことにしたという故事に基づく…という説。
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この出来事から、「吃醋(チィツゥ)」と「嫉妬(jí dù ジィドゥ)」の発音が似ていることもあり、「吃醋」=「嫉妬」なのだとか。
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どの説が正しいのかは分かりませんが、いずせにれよ、中国の人にとってお酢が身近な調味料であるからこそ、このような表現が生まれたのでしょう。
参考文献
『中国料理技術大系 烹調法』社団法人日本中国料理調理士会 編(2000年)
『中国料理小辞典』福冨奈津子 著(柴田書店 2011年)
Text 山田早苗
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