もくじ
1 オイスターエキスとは?
2 広島牡蠣の育て方。
3 牡蠣はクレーンで吊り上げる!
4 エキスは一番だしの大釜仕込み
5 官能検査のスペシャリスト
6 オイスターエキスの使い方 ―上海家庭料理 大吉―
7 干し牡蠣=食べる出汁(だし)!
8 干し牡蠣の食べ方 ― 春節のごちそう&家庭でもできる旬菜
クリーミーな風味と栄養価の高さから、「海のミルク」と称される生牡蠣。その生食用よりもさらに長い時間をかけ、大粒に育てた牡蠣で作られる干し牡蠣は、春節(旧暦で祝う中国の正月/旧正月)のごちそうとして主に香港、広東省や上海近郊で愛されてきた歴史があります。
そんな干し牡蠣の中でも、形が大きく、風味がよく、サイズも揃うということで「上質」とされてきたのが、日本の牡蠣のメッカ、広島県江田島市産。しかし、日本国内で干し牡蠣の料理をいただく機会って、ほとんどありませんよね。名前は聞いたことがあっても、その味、香り、食感は、生牡蠣とどう違い、どんな滋味を湛えているのか…? 諸々の文献やレシピを見てみても、いまひとつ、ピンと来ません。
そこで訪ねたのは「古月 新宿」の前田克紀料理長。中国の伝統的な調理法を踏まえ、季節毎に食養生コースを提案している前田シェフなら、きっとこの食材を、正統かつ身体にやさしい旬の味わいとして提案してくれるはず…!
というわけで、80C(ハオチー)からお願いしたテーマは2つ。
①春節(旧暦で祝う中国の正月)のごちそう
②家庭でもできる旬菜
という2つの方向性で、干し牡蠣の魅力がしっかり味わえる料理を御提案いただきました!
①春節のごちそう「生財発市就手」
まずひとつめのテーマ「春節のごちそう」は、生財発市就手(サンチョイ ファッシー ザウサウ)。艶めくとろみに干し牡蠣の旨みが満ちた、干し牡蠣と豚足の煮込み レタス添えです。
生財発市就手(干し牡蠣と豚足の煮込み 炒めたレタス添え)
むむ、なるほど…。その味わいは、生の牡蠣が海のミルクなら、干し牡蠣は海のレバー。塊の隅々まで海産の滋味がみっちりと詰まっており、質感はフォアグラのようにきめ細かく、濃厚なベイクドチーズケーキのようにしっかり。これは、生牡蠣のフルフル感とはまったく異なる存在感です。そして、煮汁をベースにしたソースだけでレタスがこの3倍食べられそうな…!
提案の背景をうかがうと、「干し牡蠣そのものを味わえ、見映えもいいのは、やはり煮込み料理かと思いました。このねっとりモソッとした食感と、いかにもコラーゲンといった豚足のとろっとした食感は相性がいいですしね。そこに、炒めたレタスを添えた料理になります」と前田料理長。
ちなみに料理名の由来は「“生財(サンチョイ)”すなわち“お金を生む”と同じ発音となる“生菜”ことレタスと、しっかりお金を掴むために必要な手足として働いてくれる『猪手(ジューサウ:豚足)』です。やはり中国の春節料理は、料理名そのものが縁起モノですから」とのことで、なるほどおめでたい。
料理名ワンポイント解説
※広東料理なので、読みはいずれも広東語になります。
※「發」は日本の漢字の「発」に該当します。
生財発市就手(干し牡蠣と豚足の煮込み レタス添え)の作り方
続いて、80Cらしく調理の背景に注目してみましょう。まず、広東のごちそうは、魚介の乾物に生肉の旨みを含ませた、奥行きのある味わいが特徴のひとつですが、この料理もその王道。ひと晩浸水させた干し牡蠣と、肉類、長ネギ、生姜、みかんの皮を土鍋に入れ、干し牡蠣の戻し汁を漉したもの+スープでひたひたにして1時間ほど煮込んで下ごしらえします。ここで塩は加えません。干し牡蠣に含まれる塩気だけで十分です。
戻した干し牡蠣は、乾物時の重量の約1.5倍、大きさは約1.3倍ほど。「大きい粒ですので、一昼夜浸水させないと中まで軟らかくなりません。戻ったかどうかは、干し牡蠣を指の腹で押してみて、芯がないようなら大丈夫」。
一方、豚足は塩と五香粉を揉み込み、白滷水(バイルーシュイ)で煮込み、軟らかく。
「とはいえ、軟らかすぎると干し牡蠣の食感とバランスが取れないので、そこそこ弾力を残して仕上げました」と前田シェフ。白滷水(バイルーシュイ)は、塩、砂糖、香辛料をベースにした色の薄い滷水のことで。「古月 新宿」では主に肉類やアナゴなど、食材の色を生かして味を入れる時に使用しているそう。
続いてその2品を、干し牡蠣の戻し汁をベースに調味。一般的にはオイスターソースを加えますが、出汁の持ち味を活かすため、再仕込み醤油、砂糖、日本酒、紹興酒で味を調えます。ここでは旨味の強い素材を使った料理や熱を加える料理でその本領を発揮するという、愛媛県大洲市・梶田商店の「再仕込み醤油 梶田泰嗣」を極々少量使用。香りと艶出しに鶏油も使いました。
とろみをつけて仕上げたら、軽く蒸し焼きにしたレタスの上に盛り付けてできあがり。レタスは半端に火を入れるとみるみる色が悪くなってしまうので、しっかり火を通します。
ちなみに前田シェフが調理に先立ち参考にしたのは、『食経(上下)』(陳夢因著 百花文芸出版社 2009年)や『入厨三十年 第七集』(陳榮著 出版社年次不明)。
いずれの書籍でも干し牡蠣をスープで煮込むのではなく、肉塊とともに煮込む手法だそうで、「今回は鴨手羽元、豚スペアリブ、鶏手羽、牛スジ肉を使いました。豚と鶏だけで煮込むよりも、他の肉類を入れた方が、それぞれの個性が際立たなくなるようです」。
干し牡蠣と一緒に煮込んだ食材。伝統的には陳皮を用いますが、シェフの好みにより、ここでは新鮮なみかんの皮を投入。肉は干し牡蠣の倍の重量を使用しています。
②家庭でもできる旬菜
続いて2つめのテーマ「家庭でもできる旬菜」は、蠔豉炒蕓薹(ホウシー チャウ ワントイ ※広東語読み)、干し牡蠣と菜の花の炒めものです。
「家庭で簡単にできるとなると、スープか炒めものがよいかと思い、色鮮やかに旬を感じられる料理ということで、菜の花を使った炒めものにしました。蕓薹とは若い油菜の茎と葉、すなわち菜の花のこと。これを薬膳の観点でみますと、『活血(かっけつ=血の巡りをよくする)』の働きがある菜の花と、『滋陰養血(じいんようけつ)』の干し牡蠣(牡蠣肉)を組み合わせることで、営養分を身体中に行き渡らせる効果が期待できます」と前田シェフ。
蠔豉炒蕓薹(干し牡蠣と菜の花の炒めもの)
こちらは干し牡蠣の戻し汁+塩という潔い調味ゆえ、素材の鮮烈さが際立っています。ほろ苦い菜の花、生椎茸の弾ちきれんばかりの弾力、そしてレバーのような干し牡蠣に、全体をまとめる牡蠣出汁…。乾物をそれ一品に留めたところで、スッキリとした味わいを生み出しました。
「身のレバーのような濃厚さに比べると、出汁は極めて澄んでいて品の良い味わい。その旨さは特筆すべきものがありますね。以前香港で買ってきた干し牡蠣は、封を開けるなり臭くて、山育ちの私としてはちょっと萎えました…。ですが、これはぜんぜん臭みがない。出汁もハッとするようなおいしさです」
蠔豉炒蕓薹(干し牡蠣と菜の花の炒めもの)の作り方
作り方の手順は、①椎茸を油通し ②戻した干し牡蠣を1/2にカットして煎り焼き ③長ネギ、生姜、金塔椒(ジンタージャオ)という唐辛子とともに菜の花を炒めた後、①と②を加え、干し牡蠣の戻し汁と塩、砂糖で調味した後、片栗粉でまとめるというもの。
金塔椒は「辛くてキレのある唐辛子が使いたい」ということでチョイスされたもの。朝天干辛椒がほのかに甘みを感じる辛さなのに対して、こちらはより清涼感を感じる味わいに仕上がります。
一方、家庭で作るときは油通しはせず、唐辛子も鷹の爪でいいでしょう。鷹の爪は細かくカットすると辛くなってしまいますので、丸のまま、または2分の1程度のカットにしておくのがおすすめです。
また、「干し牡蠣を下ごしらえするのに、お店では一昼夜浸水した後、30分ほど蒸していますが、家庭では浸水後、レンジで加熱するという方法もあります。家で試してみたところ、500Wのレンジで3~4分が妥当ですね。触ってみて、芯がなく、軟らかくなっていればOKです」と前田シェフ。もちろん蒸すのがベターですが、御参考までに。
参考レシピ菜の花…100g / 干し牡蠣…50g(約6個 / 戻した状態で75g) / 椎茸…50g
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干し牡蠣を活かすには?
さて、2方向から干し牡蠣にアプローチしてきたわけですが、調理現場を見て、味わって、シェフとあれこれお話ししして、こんなことが言えるのではないかと思いました。
① 身は濃厚な海のレバー。対して、戻し汁はスッキリと旨みの強い海産味となる
② とろっとしたコラーゲン質の食材と煮ると舌触りがよくなって食べやすい
③ 身が高密度なので、刻んでも崩れにくく、形が残る
また、「やはり出汁が素晴らしいので、スープにしたり、昔から作られてきた発財好市などの煮込み料理は合いますね。ですが、この澄んでいて、品のよい味わい出汁の持ち味を活かすには、もう少し思案のしどころがありそうです。
例えば、煲仔飯(ポウチャイファン=土鍋乗っけ飯)の具にしたり、エビすり身と一緒に網脂で包んでタレをかけて蒸したり、腸詰、中国セロリ、しいたけ、筍、くわいなどと共に、細かいさいの目に切り炒めたり…」と前田シェフ。
確かに料理本を見てみると、干し牡蠣を丸のまま使うものがほとんど。しかし、この濃厚な味わいを活かすには、刻んで焼売の具にするなど、コクと風味を加える食材としての使い方も魅力的です。また、別な視点から見ますと、ゆでて加熱した後に干しているため、時節柄、生牡蠣よりも心配のない食材として季節感を表現できるというメリットもあります。
古くからある食材ですが、意外と用いられていない干し牡蠣。今、確かにいえるのは、中国料理の新しいおいしさが提案できる可能性を秘めているということ。今までとはちがう“ひと味”がここから生まれることを願いつつ、80C食材狩人は次の旅へと向かうのでした。
制作協力:古月 新宿 前田克紀料理長
1977年新潟県生まれ。大学在学中に中国文学を専攻。そこで中国料理に目覚め、辻調理師専門学校に入学する。卒業後、池之端の山中旅館内「古月」で学び、師匠の山中一男氏の薦めもあり、日本でも数少ない高級営養薬膳師の資格を取得。「古月 新宿」勤務を経て、2011年4月に暖簾分けにより独立。奥様と共に同店の調理師として活躍し、中国の伝統的な家庭料理と、季節の食養生コースを中心に、身体にやさしい料理を提供している。
古月 新宿住所:東京都新宿区新宿1-5-5 御苑フラトー2F |
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取材・文 佐藤貴子/ことばデザイン
撮影 丸田 歩、佐藤貴子(干し牡蠣)