6月8日は世界海洋デーだ。海と人とのつながりや、海の重要性について認識を高めることを目的に、国連総会で制定されたこの日、「THE BLUE FEST/ブルーフェス」が開催された。
同イベントは、日本国内のトップシェフ32名が集まり、それぞれサステナブルシーフードを使った料理を振る舞うとともに、トークセッションなどを通じて日本の海産資源の現状と未来を伝えるというもの。
会場となった東京大学駒場キャンパス内「Dining Lab 食堂コマニ」には、昼夜合わせて260名のゲストが集結。参加チケットは販売するやいなや即完売。注目度の高さがうかがえた。


イベントを主催したのは、Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー)だ。同団体は、日本の魚食文化を未来につなぐため、持続可能な水産資源の利用に取り組むシェフ約40名とフードジャーナリストのチームで、2025年で活動9年目を迎える。
中国料理業界からは、「慈華(itsuka)」の田村亮介オーナーシェフ、「茶禅華(sazenka)」の川田智也オーナーシェフが参画しており、この日、田村シェフは気仙沼港で水揚げされたヨシキリザメの肉(ピーチシャーク)を使った麻婆豆腐、川田シェフは富山の白海老と三重の伊勢海老を詰めた手羽先餃子を振る舞い、ゲストを大いに沸かせていた。
また、京都のフレンチ「Restaurant MOTOÏ(レストラン モトイ)」の前田元シェフは、広東料理店で約10年間の修業経験もあることから、今回は焼売を提供。明石浦漁港で水揚げされた低利用魚を活用した「インディーズ魚のシュウマイ」を振る舞った。

なぜサステナブルシーフードなのか?
イベントで用いられたサステナブルシーフードとは、水産資源と関連する技術を未来に残していけるよう、資源管理や環境に配慮し、持続可能な漁業や養殖で獲られた魚介類のこと。
なぜこうした選択が必要なのか? といえば、日本の水産資源はかつてないほど激減しているからだ。今や日本の食用魚介類の自給率は54%(2023年度/概算値)。この数字は、1964年(113%)の半分以下である。
かつては身近だったスルメイカ、サケ、サンマなどは、記録的な不漁が度々ニュースで報道されているので、心配している方もいるだろう。
しかし、実際はそれだけに留まらない。江戸前鮨の花形であるコハダや、刺身や煮物で愛されてきたマダコ、シャコ、アサリ、マアナゴなど、多くの沿岸魚種は危機的な状況にある。

豊かな水産物とそれを活かす技術は長らく日本の誇りだが、資源のないものを獲り尽くして、文化を絶やすほど愚かなことはない。
そこで、海と食の未来を考えるこのイベントでは、Chefs for the Blueに所属するトップシェフによるサステナブルシーフード料理で、魚介料理の新たな可能性を見て、食べて、考え、対話するという試みが行われた。
例えば、「慈華」の田村シェフが使用した気仙沼産ヨシキリザメは、中国料理ではフカヒレの素材としておなじみである。サメは魚種によって資源の少ないものがあるが、北西部太平洋のヨシキリザメは過剰に漁獲されておらず、資源も枯渇していない。

また、ヨシキリザメは長い間、そのすべてを無駄なく使い切る取り組みが続けられている。尾びれ、胸びれ、背びれはフカヒレに。肉は江戸時代よりはんぺんやすり身に。近年は高タンパク低脂肪な白身魚のフィレとしても有用だ。さらに軟骨や中骨は健康食品やドッグフードなどに加工。実はほぼ捨てるところがない。
このヨシキリザメのフィレをひと口大にカットし、カラリと揚げて水分を封じ込め、豆腐とともに麻婆仕立てにしたのがこの日の一品。軟らかでクセのない身質で、麻辣味との相性のよさは言うまでもなかった。


また、「茶禅華」の川田シェフが利用した白海老は、世界で唯一、富山湾でしか漁が行われていない水産物だ。
同地の新湊漁協をベースとする漁業者チーム「富山湾しろえび倶楽部」では、この水産資源を後世に受け継いでいくため、地元の水産研究所の研究結果をベースに漁獲量をコントロール。さらに「プール制」と呼ばれる手法を取り入れ、資源保護を最優先に日々操業を行っている。
その白海老とともに真丈(しんじょう)になったのは、三重の伊勢海老だ。二種の海老を真丈に仕立て、鶏手羽に詰めてカラリと揚げ、スジアオノリの金沙(サクサクとしたパン粉状の調味料)をかけて仕上げたのが、今回のイベントで提供された「白海老と伊勢海老を詰めた脆皮手羽先」。
パリッと香ばしい皮が魅力の鶏手羽の中に、ぷりぷり、じゅわっと海鮮のうまみが溢れる仕立ては、店で食べるものと遜色ないと思わせるクオリティ。
「産地を訪れ、漁場や漁法を見学させていただくと、資源管理に力を注ぐ漁業者様の魚介類を扱いたいとより一層強く感じます」と川田シェフ。三つ星シェフの料理への期待も大きく、昼夜ともに最も行列ができていた。


「Restaurant MOTOÏ(レストラン モトイ)」の前田元シェフが作る焼売も印象に残った。使った魚は全て明石浦漁港のもの。この港はほとんどが活魚で水揚げされる、日本でも希有な場所である。
「浜仲買人である『つる一』の鶴谷真宜さんが、親しみを込めて「インディーズ」と呼ぶ低利用魚を、すべて神経〆にしてくださいました。今回はインディーズの魚を叩き、ハーブを加えて焼売にました」と前田さん。
魚の風味がギュッと詰まったシルバーグレーの餡は、どこか「じゃこ天」に通じる滋味深さ。肉々しい焼売とも白身魚の焼売とも一線を画し、魚の濃いうまみを味わえる一品だった。


ちなみに同店は、2025年7月~8月限定で店名を「MOTOI CHINOIS (モトイ シノワ)」として、中国料理のお店として営業するという。中華好きは大注目だ。
風土に根ざした魚食文化と知恵を、次世代へ。
80C(ハオチー)のInstagram等でも告知させていただいたが、イベントに先駆けて行われた「飲食店による水産物調達の現状に関する実態調査」では、飲食店従事者を中心に、1,301件の回答を得た。(最も多く回答した料理ジャンルは鮨店で26.9%、中国料理店は5.6%)。
調査結果から明らかになったのは、物量・種類・価格などあらゆる面で水産物の調達が困難になっている現状だ。
特にイカ類、ウニ、サンマの仕入れ状況は悪化しており、流通は95%が減少、価格は99%が高くなったと回答。また、99%の回答者が、水産資源に関する生産情報(トレーサビリティ)を求めていたのも特筆すべきことだ。

漁獲量減少の背景には、温暖化による海洋環境の変化のみならず、海の生産量を超えた過剰な漁獲、沿岸・河川流域開発、川から海へと供給される栄養素の減少など、さまざまな要素が複合的に絡み合ったものと思われる。
Chefs for the Blue代表理事の佐々木ひろこさんは「解決に向けた対策のためには、まず海でなにが起きているのかを正確に把握することが先決。しかし、日本の資源調査・評価関連予算は、漁業生産額で下回るアメリカの半分にも及びません。まずは資源の調査や評価、研究に十分な予算があてられたうえで、日本の大切な資産・資源である魚食を守るためにも、一刻も早い水産資源の保全・回復が求められています」と話す。

繰り返しになるが、豊かな水産物とそれを活かす技術は日本の誇りだ。資源のないものを獲り尽くして、文化を絶やすほど愚かなことはない。限りある水産資源とどう向き合うか。それは漁業者や流通に、調理に関わる人だけの問題ではない。
TEXT&PHOTO サトタカ(佐藤貴子)
PHOTO(料理写真・集合写真ほか) 宮本信義
参考資料
・水産庁 漁業生産の状況の変化
・Chefs for the Blue、飲食店の水産物調達の実態調査を発表。1300人の有効回答中、流通は95%が減少、価格は99%が高くなったと回答 。特にイカ類・ウニが入手困難
・世界海洋デーにChefs for the Blueのトップシェフ約30名が集結し、海と食の未来を味わう一日「THE BLUE FEST/ブルーフェス」を開催
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