埼玉県狭山市といえば、日本の三大銘茶に数えられる狭山茶の産地である。しかし、中国料理人に「狭山で有名な…」と問えば、皆まで言わずとも答えは一択。「中国家庭料理 蓮華(れんげ)」である。

最寄り駅は西武新宿線の入曽。オーナーシェフの蓮見年男さんが、縁もゆかりもなかったこの場所に店を開いたのは「誰も自分のことを知らない場所で勝負してみたい」という気持ちがあったからだ。

駅からは徒歩20分。決して目立つ場所にないが、ここに根っこを張って17年。今では同業の中国料理人からの信頼も厚く、東京をはじめ、時間をかけてわざわざこの店を目指して訪れるリピーターがついている。

営業日は軒下に自家製の火腿(中国式ハム)と皺椒(しぼしぼの唐辛子)がぶら下がる。こんな店はそうそうない。

唐辛子、火腿、豆板醤。料理を突き詰め、自家製の道へ

なぜ人は「蓮華」にまた来たくなるのか。そのひとつが、一皿の料理に注がれる“熱量の多さ”に感動を覚えるからだ。熱量とは、情熱だけではない。膨大な知識と仕事量だ。

ざっと挙げれば、自家栽培の野菜、豆板醤をはじめとする自家製調味料、食材兼調味料として年間を通じて活用する漬物火腿(中国ハム)腊肉(ラーロウ|干し肉)など肉類の加工品……。発酵唐辛子や腊肉を作る人はいるが、自ら野菜を育て、豆板醤やハムまで作っている人は数えるほどしかいない。

そこに、定期的な中国渡航で得られる本場の風や中国食文化へのリスペクトも加わり、最終的には蓮見さん自身が「うまい!」と思う料理へ落とし込まれる。これは料理を愛する食いしん坊にとってたまらない。

唐辛子収穫シーズンは朝4時起床。1年分の加工をこの時期に

そんな「蓮華」の1年間で、夏から秋にかけて蓮見さんが精を出すのは唐辛子栽培だ。育てているのは、発酵唐辛子に適した二荊条(にけいじょう)を中心とした数種類。収穫のシーズンになると、日の出前の朝4時起きで畑に向かう。

「唐辛子屋の朝は早いんです」と蓮見さん。店内には泡菜(乳酸発酵の漬物)の甕がずらりと並ぶ。唐辛子は基本的に自家栽培だ。

収穫した唐辛子は、四川料理に欠かせない泡辣椒(パオラージャオ|乳酸発酵唐辛子)や、豆板醤などに自身で加工する。毎年仕込むから、それぞれの年ごとの味わいが育まれていくのも自家製調味料の愉しみのひとつ。

泡辣椒は魚香茄子(ユィシャンチエズ)をはじめとする四川料理、豆板醤は「熟成豆板醤の陳麻婆豆腐」や水煮牛肉(シュイジューニウロウ)などに使われており、定番料理で他店との味の違いを楽しむことができる。

「蓮華」の水煮牛肉。こっくりとした深い色合いの煮込みソースは、辛さよりもコクとうまみを湛える。肉は「これが一番うまいと思うんです」と蓮見さんが推す牛ハラミを使うことが多い。

近くならアラカルト、わざわざ行くならおまかせが吉

では、ここにきたら何を食べればいいのだろうか。メニューは、黒板に書かれた季節のおすすめとアラカルトがあり、近隣の方なら、昼はランチセット、夜はアラカルトを楽しんでいる方が多い。

旬の葉大蒜をたっぷり使った四川式の回鍋肉。

一方、遠方から訪れる方の多くは“遠征”になるため、予算を伝えておまかせコースを作ってもらうことがほとんどだ。

内容は、伝統的な四川料理のコースや季節のおすすめなどさまざま。定番の料理もあれば、定番をベースに、まるで以前からあった伝統料理のような創作もあり、総じて骨太な料理が楽しめる。

一例として、中国料理人向けに開催された「下飯家常菜の会(ごはんがすすむ家庭料理の会)」の料理や、2月のある日の宴会料理を紹介しよう。

ハチノスと豚耳を重ねた冷菜。(中国料理人向け「下飯家常菜の会」の一品)

こちらはハチノスと豚耳を重ねた冷菜。鹵水 (ルースイ)で上品に調味されており、しっとりとして佇まいが美しい。

芋茎と蒟蒻の凉拌。(中国料理人向け「下飯家常菜の会」の一品)

こちらは地味ウマが極まった品。芋茎(ずいき)とコンニャクを、自家製豆板醤、砂糖、紹興酒、辣油カスで調味しており、驚くほど飯泥棒。塩、醤油は一切入れずに、自家製豆板醤の味を生かしている。まるで中国西南地方の家庭料理として出てきそうな一皿だ。

八宝干魷。(2月の宴会料理より)

八宝干魷と名付けられたこちらは、白鹵水で煮た豚足と豚耳、塩卵とハトムギをイカに詰めて2日間干し、椒麻(葱と花椒)のソースで味わう品。断面の美しさと仕事の精緻さにうっとりする。

大豆を乳酸発酵させた水豆豉と豚マメ(豚の腎臓)を炒め煮にした品。(中国料理人向け「下飯家常菜の会」の一品)

大豆を乳酸発酵させた自家製の水豆豉と、豚マメ(豚の腎臓)を炒め煮にした煮込みもしみじみとおいしい。それぞれクセのある食材を合わせて、クセを感じさせない手法が見事。「蓮華」の豚マメ料理は鮮度と食感が抜群で、初めて豚マメを食べる方におすすめできる。

キヌガサタケの魚豆腐煮込み。ふわふわの魚豆腐に、自家製の金華火腿(金華ハム)をふんだんに使ったソースを絡ませていただく。

キヌガサタケの魚豆腐煮込みは品のある皿だ。ふわふわの魚豆腐をキヌガサタケで巻き、金華火腿(金華ハム)を使った汁を含ませていただく。火腿(ハム)は自家製だからこそ、ふんだんに使われているのがうれしい。

時には客の高い要求に対し、「メニューが決まらない…頭が割れます!」といいながらも、通常営業でアラカルトの料理を出し、超絶技巧のコースも同時進行で提供できるのが「蓮華」の実力。開業以来、蓮見さんとともに阿吽の呼吸で厨房を切り盛りする澤田さんの底力も大きい。

狭山直売所巡りからの「蓮華」で楽しさ倍増!

中国料理好きなら一度は訪れていただきたい「蓮華」だが、それでも入曽は遠いなあ…と思う方は、狭山の直売所巡りと合わせて行くのがおすすめだ。

店の周辺には農産物直売所が複数あり、店の予約の2時間ほど前に入曽に行ってぐるりと回れば、地物の新鮮な野菜はもちろん、乳製品、武蔵野うどんなど、地場産品の宝庫である。

狭山にはいちご農園も複数あり、埼玉県オリジナル品種「あまりん」「かおりん」も楽しめる。

先日は5人で行って、入曽駅そばのカーシェアで車を借り、「食の駅所沢店」「JAいるま野あぐれっしゅげんき村」「ふれあいファームセンター」、いちご農園「狭山宮澤農園」を回ってから店へ向かったが、行く先々で新鮮な食材と出会い、アドレナリンが出まくった。

入曽までは都内から電車で約1時間。直売所巡りの後は「蓮華」の料理で高まって、戻って戦利品を味わう楽しみも待っている。きっと食を愛する人にとって、最高の1日になるはずだ。

中国家庭料理 蓮華(れんげ)
埼玉県狭山市南入曽297ー8(MAP
TEL 04-2958-5123
営業時間 11:30-14:30 17:30-21:00
定休日 火・水(その他不定休あり)


TEXT & PHOTO サトタカ(佐藤貴子)