TEXT&PHOTO:玉置標本
フリーライター。趣味は家庭用製麺機を使った自家製麺と身近な場所で野食材採集。個人サイトは『私的標本』。https://blog.hyouhon.com/

四川料理の肝といえば、なんといっても唐辛子をたっぷり使った刺激と香り。生だけでなく、乾燥、焙煎、発酵など、さまざまに加工される唐辛子は、もはやスパイスを超えた存在だ。

ほとんどの料理人は入手可能な範囲から好みの品を選んで使用しているが、その理想を求めるあまり、自分が使いたい唐辛子を種から栽培し、さらには発酵調味料まで自作している料理人がいるという。

その人物は、埼玉県狭山市に「中国家庭料理 蓮華(れんげ)」という店を構える(西武新宿線入曽駅から徒歩20分!)、オーナーシェフの蓮見年男さん。

調理専門学校を卒業後、四川料理の名店で修業を重ね、18年前に縁もゆかりもなかった入曽に「蓮華」をオープンさせると、同業の料理人も足繁く通う人気店へと育て上げた。

蓮見年男さん。今年50歳になるというが、若々しいのは唐辛子のおかげか

それにしても「入曽」である。あなたは読めるだろうか。正解は「いりそ」で、西武ではなく東武沿線育ちの私には読めなかった。

なぜあえて入曽に店を? その問いに「都内に店を出すことも考えたけれど、やっぱり自分がやりたいことをやりたいじゃないですか。それには畑に通える立地、たくさんの瓶を置ける広さ、手間暇をかけられるゆとりが必要」と蓮見さん。

そんな「蓮華」の味を支えるのが自家栽培の唐辛子だ。唐辛子を栽培する農家や料理人はいるにはいるが、自ら理想とする四川料理をつくるために栽培している人は見たことがない。いったいどのような品種を育て、どのように加工するのだろうか。

“唐辛子屋”の朝は早い! 4時起きで畑に直行、二荆条(にけいじょう)を育てる男

西東京市にある、先祖代々農家を営む実家の畑の一部で唐辛子を育てている蓮見さん。昔はさまざまな唐辛子を栽培していたそうだが、現在は二荊条(にけいじょう)をメインに、線椒(せんじょう)をサブで育てている。

「唐辛子の収穫は7月中旬から10月いっぱいくらいだから、もうそろそろ最終盤ですね(取材は10月下旬)。まだ花が咲いているから実はつきますが、日照時間が短くなると育成が悪くなるんですよ」(蓮見)

「二荊条(にけいじょう)は四川料理でとてもよく使われる唐辛子で、見ての通り肉厚で柔らかく、辛さよりも香りや旨みが強いのが特徴。発酵調味料や乾燥唐辛子にも大活躍する、うちの主力品種です」

パプリカのように張りのある二荊条(にけいじょう|アルジンティアオ|èr jīng tiáo)。青唐辛子と赤唐辛子の両方を使用する

シャープな辛さが魅力のまだ青い唐辛子、完熟して旨味をたっぷり蓄えた真っ赤な唐辛子は、同じ品種でも風味はまったくの別物。その両方をふんだんに使えるからこそ、幅の広い辛味の表現が可能となる。

「唐辛子の自家栽培は10年以上前からで、今年は80株くらい植えました。育てるのは意外と簡単なんです。ピーマンやシシトウの仲間の夏野菜なので、ホームセンターとかで苗を買ってきて、土に植えてあげれば育ちます。

でも私が使いたい二荊条は、日本国内だと苗が手に入りづらい。だから自分で苗を作らないといけません。前年に育ちのよい株から自家採種をして、まだ凍える2月に温室を準備し、育苗トレイに種を蒔き、水と温度を管理して春までに苗を育てます。ここが一番難しいんですよ」

春に種を蒔いたのでは、収穫できるのは晩夏になってから。そこで少しでも早く実らすために、蓮見さんは寒さに耐え、真冬から絶え間なく畑仕事をしているのである。

見学した収穫作業は、唐辛子栽培に必要な仕事の断片でしかないのだ

土作りまでは、亡くなった父上から畑を継いだお兄さんが手伝ってくれるが、そこから先はすべて蓮見さんの仕事。少なくとも週に一度、日が昇り始める頃にはこの場に立って、店の仕事が始まる前に唐辛子の世話をしている。

最盛期の真夏ともなれば、唐辛子の収穫量は一度に20キロ超。ここ数年は、蓮見さんが育てるこの唐辛子の味を知る同業者からの厚い要望に応えて、プロ向けに販売もしているそうだ。

生のまま刻んでタレなどにする線椒(せんじょう|シェンジャオ|xiàn jiāoも育てている

「化学肥料や農薬は使わず、EM菌を使った有機栽培。もう“唐辛子屋”ですよね、ここまでやっちゃうと。でも種を蒔くところからやらないと、野菜作りの本当の大変さやおもしろさはわからない。失敗もたくさんしましたけど、じゃあ次はこうやろうって試すのが好きなんです。

昔は農業だけじゃなく酪農もやっていたから、子どもの頃は牛の世話、畑の草取り、野菜の収穫なんかを毎日やっていた。だから他のコックさんとは、食材に関する知識や経験がちょっと違うかもしれません」

先祖代々守り続けてきた農地。フカフカの土が理想の唐辛子を育む

「蓮華」では、自分で種を蒔いた唐辛子以外にも、お兄さんが育てる有機栽培の野菜だったり、秋に色づく裏庭の柿だったり、春になるとその下から生えてくるフキノトウだったり、生まれ育った土地の恵みを大いに活用しているそうだ。

実はこの時点で、私はまだ蓮見さんの料理を味わってはいない。しかし、この人なら絶対おいしいものを食べさせてくれると確信して、同行のサトタカさんに「今日は唐辛子料理を試食させてもらえるんですよね?」と確認。すると、「これはごはんを炊いておいてもらわないと!」という心強い返事が返ってきた。

この人の料理なら絶対にうまいはず!

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