文字は意味が伝わればいい。そう考えれば、多少違っていても大らかに見ればいいのかもしれない。

しかし、多くの人が誤字を使うようになると、それを正しい表記だと読み手が勘違いすることがある。そもそも、まったく知らない単語を誤字で提示されたら、信じてしまうのもやむなし。誤字の連鎖によって、誤字が正字として定着していくこともあり得る。日本で使われている中国料理名や食材名にも、このようなものがいくつも存在する。

そこで当記事では、これまで80C(ハオチー)編集部でたびたび話題になってきた2つの言葉を採り上げ、誤字が正字になった背景を推察・紹介したい。

形の似た漢字をあててしまった「豆豉(とうち)」

豆豉(とうち)
×豆鼓

麻婆豆腐、回鍋肉、スペアリブの豆豉蒸しなど、中国料理に欠かせない調味料、豆豉(とうち)。炒めもの、蒸しもの、煮ものなど幅広い調理で使えることもあり、豆豉の塩気とうまみを生かした料理は多い。

成都市で食べた回鍋肉。黒い粒状のものが豆豉だ。現地では葉ニンニクを使うのが定番。
スペアリブの豆豉蒸し。飲茶の定番メニューだ。

作り方は、黒大豆や大豆を塩漬けにして発酵・半乾燥させるのが一般的。独特の熟成香も食欲をそそり、その製法は味噌や納豆に通じている。そして「豉」はまさに、味噌や納豆の類を意味する漢字なのだ。

この豆豉に対して、よく見る誤字が豆鼓だ。「鼓」は太鼓(たいこ)の鼓(こ)、鼓(つつみ・つづみ)などを表わし、漢字の意味として「豉」とはなんの関係もない。いってみれば「豉と鼓は形が似ている」だけだ。

しかし、「豆鼓」使用派にも言い分はある。スマホやパソコンで「とうち」入力すると、一発で「豆鼓」が出てくる場合があるのだ。

日本語で変換できない、候補に出ない。結果として、音が近かったり、見た目が似ている“それっぽい”字があてられる。これは日本語入力環境の限界が生んだ誤字といえる。

現在、料理本でも豆鼓という表記をたまに見るが、正しくは豆豉である。今ならまだ誤字が定着する前だ。ひとつ、正しい表記でお願いしたい。

「豆板醤(とうばんじゃん)」は誤字が正字に

ちなみに、誤字が正字として定着した食材(調味料)名として、豆板醤(とうばんじゃん)が挙げられる。豆板醤はそら豆で作った唐辛子味噌のこと。元来は豆瓣醤(dòu bàn jiàng|ドウバンジャン)と記す。

「家常豆瓣醤」。家庭風の豆板醤という意味だ。

中国料理の表記は、素材と調理法の組み合わせが基本だ。加工食材も例に漏れず、豆瓣醤であれば「豆」の「瓣(片・ひとかけ・粒・自然に割れているもの)」を使った「醤(味噌)」であり、豆の粒の味噌という製法そのものを表している。

四川省で豆板醤の原料となる霉豆瓣(メイドウバン)。乾燥させ、カビ付けしたものを用いることが多い。

瓣は日本語で書くと弁(べん)だ。しかし、この単語は「豆弁醤」ではなく、豆瓣醤(dòu bàn jiàng)の「バン」と同じ音を持つ「板」に置き換わり、日本語として定着した。ゆえに80C(ハオチー)でも、普通名詞の場合は「豆板醤」と記し、固有名詞に「豆瓣醤」と書かれている場合は「豆瓣醤」と記している。

あるとき、豆板醤を輸入している企業の方に「うちのこの商品は『豆瓣醤』と表記してください」と言われ、恥ずかしながら元来の意味を思い出した。誤字(というか造語?)が生まれ、正字として定着すると、語意を疑わなくなる一例だ。

『中国料理小辞典』(柴田書店)には「日本では豆板醤とも書く」とあるが、「豆瓣醤」で表記されていた。「豆豉」はもちろん「豆豉」である。

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