銀座の喧噪から外れた新富町駅周辺は、中央区銀座1丁目、築地、新富、入船にまたがる閑静なエリア。小粒で光る店が立ち並び、食べることが好きな面々が集う店も多いですね。

今回ご紹介する「漫莉(マリ)キッチン」は、そんな新富町界隈にある広東のお粥・老火粥(ロウフォージョッ ※読みは広東語)が食べられる店。新富橋のたもとに、2020年2月28日にオープンしています。

新富町駅から徒歩3分。この界隈らしい、素敵な外観です。

しかし、新型コロナウィルス感染拡大防止のために、開業まもなく4月10日から休業。約1か月後、5月中旬から再スタートを切ったばかりで「は〜い、皆さん。中華粥のお店ができましたよ〜」と明快な告知ができませんでした。

家庭料理の中の家庭料理。現地レストランでもレアメニュー!?

この老火粥(ロウフォージョッ)、実は現地のレストランで食べたくても、なかなか食べることができない粥なのです。なぜならおばあちゃんの味、おふくろの味として、家庭で連綿と食べ継がれているものだから。

手間と時間をたっぷりかけて作る老火粥。

作り方の最大の特徴は、米と具材をはじめから一緒に、長時間じっくりコトコト煮込むこと。昔は練炭を使い、前日の晩から土鍋で煮込み、翌朝に食べるというのが習慣だったそうです。

「漫莉キッチン」ではまる2日間、コトコトコトコト。粥の材料には、厳選した日本の米・食材を使い、素材の味わいを大切にしながら、故郷の“おふくろの味”の再現に努めています。

現地でもファストフードやデリバリー歓迎の雰囲気の中、ますますお目にかかれる機会が減りつつあるという老火粥に、新富町で出合うことができるのは貴重!

なお、これと対照的な作り方の粥に、明火粥(ミンフォージョッ)があります。

こちらは強火でゴォーッと米と水を加熱し、短時間で一気に勢いよく米粒が“花開く”まで躍らせて煮込みます。多くの店で提供されているのは、この方法で作られた白粥に、さまざまな具材を加えたもの。広東の粥の世界、実に奥深い!

ムール貝に干し貝柱、塩漬け鱈。滋味深い老火粥の世界

「漫莉キッチン」のメニューに並ぶのは、3つの老火粥です。

まず、一番人気がムール貝粥(青口貝粥)。干したムール貝を使い、濃厚な出汁が出ています。溶けるほどに柔らかく煮込むことで、深い味と香りが楽しめます。

そして、店主の漫莉(マリ)さんが好きな味が銀杏粥(瑤柱白果腐竹粥)。具は銀杏と湯葉がメインで、干し貝柱の出汁です。銀杏は苦味がなく、ほっくりとして甘い。

銀杏粥(瑤柱白果腐竹粥)のランチセット。

最後に、貴妃粥(柴魚花生粥)。広州でも定番の塩漬け鱈と落花生の粥ですが、色合い、香りともに華やかなことから、店オリジナルの名前をつけ、桜色の土鍋に入れて提供しています。鱈から味がしっかり出る上、落花生も香り立ち、食感も楽しい粥です。

どの粥も長時間煮込んでいるので、出汁に香りに、全ての素材の存在感が感じられつつ、とろけるように一体化。

中国語では、粥は吃(食べる)と言わず喝(飲む)と表します。まさしくその通り、スルスル飲み込め、五臓六腑に沁み渡ります。この心地よさ、たまりません。

カレーも広東煮込みテイストに

イチ推しの老火粥の他にも、オススメの逸品があります。それは、陳皮八角風味牛すじカレー

陳皮八角風味牛すじカレー。

見た目は食べ慣れたカレーとさほど大きな違いもなく、目の前に置かれたらいつものようにモグモグッと食べ始めてしまいそう。しかしそこで、まずはカレーだけちょこっとすくって味わってみてください。

陳皮と八角の爽やかな香りが、やさしくもしっかり広がり、食べ慣れたカレーとの違いに驚かされます。

コラーゲンたっぷりな和牛の白すじ、玉ねぎ、にんじんと一緒に長時間煮込んだ、中華エッセンスの利いた風味豊かなカレー。プルプル柔らかな牛すじたっぷりで、中華好きのみならず、カレー好き、そして中華カレーに熱視線を送っている皆さんにもオススメ!

テイクアウトOK!老火粥と点心で“家広東”も

なお、粥やカレーなどの料理は、ランチタイムは小皿料理やデザートがついたランチセット、ディナータイムは単品のメニューとなります。

昼夜ともに一品料理もあり、現在進行形で少しずつメニューの追加や入れ替えを行っているところ。ゆったり飲みながらあれこれつまむのもよいですね。

また、ほぼ全てのメニューがテイクアウトOK。例えば、オリジナル焼き餃子はにんにく不使用、餡はオリーブオイル、干し海老、春雨、キャベツ、豚肉を使い、素材の味がしっかり引き出された軽やかな味わい。大きめですが、ペロリと平らげてしまいました。

オリジナル焼き餃子。

表面の焼き付けでカリッと、中はとろりと柔らかな焼き大根もちは、材料の仕入れが揃った時にだけ登場、運がいいと出合えます。

焼き大根もち。

家族の味を家族が受け継ぐ「漫莉(マリ)キッチン」開業秘話

温かな老火粥のように、とても仲睦まじいご夫妻が営む「漫莉(マリ)キッチン」。2人とも飲食店の経営は初めてですが、素晴らしき縁と経験が活きてこそ。

店主のマリさんを厨房で支えているのが、旦那さん。「パパ」と呼ばれる旦那さんの料理は家族みんなが大好き。

店主のマリさんは、もともと日本と広州を頻繁に行き来していたビジネスウーマン。多忙を極める日々の中で、広州滞在時はお母さんとの時間を必ず作り、大切に過ごしてきたそう。

老火粥は、そんなマリさんのお母さんから受け継いだ味で、休日には友人におふくろの味を振る舞い大好評。友達の喜んでくれる顔を励みに、粥店開業の夢を育ててきました。

しかし、愛するお母さんが昨夏にご逝去。何も手につかず、悲しみに暮れるマリさんを元気づけようと、旦那さんが老火粥を作るようになったのです。

聞けば、旦那さんの叔父さんは広州市の旧市街で腕をふるっていた厨師。内外著名客人を迎え入れてきた由緒ある名店「泮溪(ばんけい)酒家」で働いていたことがあるそう。

叔父さんが料理をする姿を子供の頃から見て、食べ、目で舌で料理を覚えるなかで教わったのは、味づくりの根幹となる、素材の持つうまみを引き出すことの重要性です。

店名は、マリさん自身はお粥の店だとわかるように、「粥」の文字を含めようかと思い描いていたのですが、家族会議で「『マリさんがイキイキ元気に過ごせる場になりますように』という祈りを込めて、マリさんの名前は絶対入れたい!」と、マリさん以外の皆、揺るがず。

マリさんが愛するお母さんの存在を常に身近に感じながら、懐かしい味で元気になり、さらに大好きな故郷・広州のおふくろの味をより多くの日本人にも知ってもらえますように…。

そんな想いで誕生したのが「漫莉キッチン」。広州の家庭を旅するように、愛情も栄養も満点な老火粥を食べてみませんか?

漫莉(マリ)キッチン

東京都中央区銀座1-24-5
電話:080-3242-9868
営業時間:11:00-14:30、17:00-22:00
定休日:日・祝(事前に予約があれば営業します)
※予約・貸切・テイクアウト可能


text & photo :アイチー(愛吃)
中華地方菜研究会〜旅するように中華を食べ歩こう』主宰。日本の中華のなかでも、中国人シェフが腕を振るい、郷土の味が味わえる“現地系”に精通。『ハーバー・ビジネス・オンライン』等でも執筆中。