この店名を聞いてピンと来る方は、中華業界人か東京中華通か、それとも蒲田の住民か。

かつて、行列のできる店として評判だったものの、蒲田の駅前再開発で移転を余儀なくされた「聖兆」。月日の流れは早いもので、あれから6年半。今ふたたび、噂を聞きつけた人々が続々と訪れているのがこの店だ。

新生・聖兆の看板(店内)。2019年冬、同じ屋号で再オープンした。

6年半はブランクに非ず!? 毎日の料理で腕衰えず

もう一度言うが、6年半だ。「すぐにオープンするつもりだったんですよ。だから、食器類をしまうために借りた倉庫代がかかってねえ…」。

思わずツッコミを入れそうになったが、「納得のいく物件を選びたかった」と前田精長シェフ。ではその間、どうしていたのだろうか。

「主夫をやっていました。その間にも何回か『店を出しませんか』という話はあったんです。でもピンと来なくて。ここが見つかってからは、とんとん拍子で3か月でした。周りからは『本当にすぐ店をやっても大丈夫なのか?』と心配されましたね。でも、毎日家で料理をしていましたから

久々のオープンであれ、肩に力が入っていないところが前田シェフらしい。

前田シェフといえば、以前「日本橋 古樹軒」の中国料理教室「中国料理の友」で特別講師を務められたことも度々。当時は予定の時間をかなり延長されて、丁寧に説明する授業が印象的だった。

「聖兆」店内。

軽やかにしてうまみはしっかり。鮎やグリンピースを使った初夏のコース

さて、話すうちに昔の感じを思い出してきたぞ…!というところで、この日いただいた「白-HAKU-コース」(5,500円)より、印象深かった料理をご紹介しよう。

まず、旬の魚料理は鮎だ。頭から尻尾まで食べられるよう揚げた鮎は、油っぽさは皆無。外は片栗粉を叩いてシュワッと軽やかに仕上げ、身の軟らかい鮎の繊細な風味を封じ込めている。

実はこの料理、2012年6月に、先出の料理教室で教えていただいた一品でもあり、前田シェフの旬の十八番でもある。

右奥に添えた緑色のソースは、すり下ろしたきゅうりがベース。「藻を食べて育つ天然鮎の香りは瓜にも例えられますよね。そのイメージをより感じてもらえるよう、きゅうりを使っています」。

そして、胡瓜のアクセントに使っている香りのが、まさかの白酒(バイジュウ:中国の蒸留酒)。白酒というと他を凌駕する強い香りのイメージもあるが、「五粮醇(ウーリァンチュン)」をごく少量に留め、ほのかに中華の香りを加えている。

鮎と同じ皿に盛られているのは、紹興酒の香りをまとった赤貝。こちらは口に含むや酒を呼ぶ味。

牛肉の煮込みは、こっくりとした色合いながら、甘さや重たさがない。そうお伝えしたら「糖色で風味と色をつけているんですよ」と前田シェフ。

糖色(Tángsè:タンスー)とは、中華鍋で作る中華のカラメル。どおりでしつこくなく、初夏のやわらかな甘さの野菜とも引き立て合うわけだ。甜旨(あまうま)の醤油で煮込んだそれとは違う。

翡翠色のスープは、グリンピースにふかひれ入り。こちらは以前の店でも出されていた春の味。大き目のカップにたっぷり入って贅沢だ。

ふっくらと軽やかな〆のごはんは、小エビとしらすの炒飯。ほのかな塩味で決めている。

コースは前菜、スープ、魚料理、肉料理、麺またはごはん、デザートの6品。いずれもしつこさがなく、旬の素材の香りとうまみを引き出した丁寧な仕事が光る。

日替わりランチボックスは予約完売も。自家製中華ソースも見逃すな!

また、近所にお住まいの方であれば、日替わりのランチボックス(950円)もおすすめだ。メニューは日替わりで、予約で完売することも多々。

例を挙げると、牛肉と落花生の焼売に燻製肉と中国オリーブの炊き込みごはん拌三鮮(三種類の食材の和えもの)に上海烤麸(カオフ)と豚肉の煮込みなど、きちんとした料理がカジュアルに楽しめる印象。

さらに自家製のソースをはじめ、ギフトにも喜ばれそうな瓶詰も販売。店内で焼き上げたエッグタルトなどもタイミングが合えば持ち帰りできる。

野菜のディップやフライのソースに使える蝦醤マヨネーズ(左)に、お茶請けにもなる干し杏子の杏露酒漬け(右)。素敵なボトルなので、ちょっとした手土産にも。

週末には肉盛り合わせなどの特別企画などもあり、こちらも人気の模様。内容は店頭および店のInstagramFacebookで告知されるため、ぜひフォローしておきたい。

聖兆Instagramより。

それにしても6年半のブランクをまったく感じさせない展開だった。今の前田シェフの料理は、レストランで長年腕を振るった確かな技と、毎日食べても食べ飽きない、引き算のおいしさを併せ持っていると言えるだろう。

最後に前田シェフの言葉を聞いて、半分冗談だとしても腑に落ちた。

「僕、放っておくと全部塩味になってしまうんですよねぇ」。

今日の料理に言い換えると、しつこくない、甘くない、身体にスッと入るうまみがある。この言葉にピンときた方、そんな料理を好む方は、きっと口に合うはずだ。

聖兆(せいちょう)

住所:東京都大田区蒲田5-21-7 並木ビル1F(MAP
※JR蒲田駅東口より徒歩5分
電話:050-3186-4785
営業時間:ランチ11:00~14:00(L.O.12:30)ディナー18:00~22:00(L.O.20:00)
※ランチは早めの時間(11:00)からオープンします。コースは事前予約の上、時間のある方におすすめです(昼で約2時間)。ランチボックス等のお持ち帰りも売り切れがあるため、予約をおすすめします。
定休日:日曜・祝日
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TEXT & PHOTO サトタカ