80C(ハオチー)読者の皆さんには、アジア旅行好き、中華圏食べ歩き好きの方も多いでしょう。しかし、近くて遠くなってしまった台湾や香港、中国大陸。現地の味が恋しくなってきた今、どうしていますか。

筆者のまわりにはいろんなタイプの人がいます。逆境に一番強いのは、四川料理でも貴州料理でも雲南料理でも自分で作り出すタイプ。こういう人はあまり心配いりません。ちょっと困るのは、食べ込んで経験値が無駄に高くなったがゆえに、作れるけれど自作では満足できないタイプ。筆者がこの系統です。

特に難しいと思うのは、古典的な広東料理。これは“あの店のあの料理人の味”でないと満足できない料理が多過ぎるのです。もちろんジャパナイズされた中華料理も、現地の味が恋しくなった舌を満たしてはくれません。

そこで目を向けてほしいのが横浜中華街です。中華街には、前回ご紹介した「福龍酒家」の香港人チーフや、たびたびご紹介している「南粤美食」のオーナーシェフをはじめ、日本の景気がよかった頃に引き抜かれた、現地トップクラスの腕利き料理人が何人もいます。

山下町の「南粤美食」。(photo by Takako Sato)

また、老舗の大店は、代々続く華僑のネットワークで一流の料理人を招聘しています。この狭いエリアにこれだけの美食店がひしめいているのは、世界広しといえどもそうありません。しかも今の国際経済情勢なら、同じ予算で香港以上のものがいただけるのです。

筆者の肌感覚として、横浜中華街での宴会予算は、都内での付き合い飲み会1回分で大満足、2回分で超満足。そこで今回は“超満足”の予算で開催した宴会料理と、現地さながらの中国料理の宴会を成功させる三箇条をご紹介しましょう。

読めないメニューで“超アウェイ感”にやられて旅気分を味わう

今回の会場は横浜中華街の老舗「大珍樓」。海鮮料理を得意とする優秀なスタッフが揃う大店ですが、横浜はクルーズ船停泊の影響が大きかったですね。他より早い2月末の時点で、企業の宴会も団体予約もぴたっと止まり、厨房チームのモチベーションを維持するのが大変な状況。そんな中「そこの閑古鳥、俺たちが食べてやろう」と、12名のメンバーが集まりました。

宴会のテーマは前述の通り『香港の、ちょっとだけ高級料理』。そして今どきの香港っぽく、広東料理に持ち込みのワインを合わせようという企画です。筆者が店に伝えた注文は「普通の日本人が一生食べないものを食べさせてください」。予算とともに支配人に伝えると、快く引き受けてくれました。

出てきたメニューを見ると、日本の一般的な中華宴会では出てこない単語がずらり。

筆者もまったく想像つかないものがあります。この“超アウェイ感”にやられるのが、旅のような気分を盛り上げてくれるんですよね。

ちなみに「大珍樓」の会長は、数十年前から一族のルーツがある広東省の料理を食べ尽くし、膨大なメニューを持っていている方。子どもたちに経営を譲ってから、こだわる客が減ったせいで、会長がメニューを書く出番がなく退屈しているようです。今回はその引き出しの中から、日本人が頼まないものを中心に選んでもらいました。

『香港の、ちょっとだけ高級料理』を「大珍樓」で宴会にしたらこうなった!

豪快な一皿目は「鮑魚白勺蝦(エゾアワビの冷製 XO醤肝ソース和え・エビの湯引き)」。青森県人の参加者は「わが故郷のアワビ」と大喜び。参加者から歓声が上がります。

蝦夷アワビとエビの盛り合わせ。一皿目からテンションが上がります。

アワビの肝はXO醤と和えて身の上に。アワビと干し貝柱という、貝類の旨味成分が濃縮された深みのある味わいといったら、身体を揺すられるような衝撃を感じます。

盛り合わせているのは、香港人が大好きなエビのさっと茹で。タイやベトナムでもおなじみの海鮮料理で、ほんの少し辛味のある甘醤油だれをつけていただきます。こちらのエビは香港のものとは種類が違い、味わいが濃厚。もっと小さなエビを山盛りにしてわしわし食べる、現地の街場の店とは雰囲気が違いますが、このタレの味が舌に乗ると、アジア旅行気分が高まりますね!

鶏料理と蒸しスープは正宗広東料理コースの定番

続いては鶏。広東料理の宴会は鶏がなければ始まりません。香港の名店「福臨門」の名物メニュー「脆皮炸子雞(鶏のパリパリ揚げ)」。小ぶりの地鶏を二日がかりで仕込み、最後に油を何度もかけて仕上げます。調理時間がかかるので、人数が揃った宴会でないと頼みにくい一皿です。

鶏は鶏(jī)と吉(jí)の語呂合わせで、宴会に縁起のいい食材。

「大珍樓」では鶏に下味をしっかり染み込ませており、キリッとした白ワインにぴったり。歯を当てたときに、油が抜けて薄くなった皮がパリッと割れる感触が素敵です。

筆者は北京に住んでいましたが、北京ダックよりもこちらのほうが好きです。広東料理では、鶏のさらに上をいく御馳走、鳩やガチョウもありますが、それでもウマい。ここまでで満足して帰ってもいいくらい満たされています。

スープは漢方材料山盛りの「淮杞燉水魚(すっぽんの薬膳蒸しスープ)」が出てきました。このサイズの蒸しスープは大型店ならでは。日本の中華料理店は比較的規模の小さい店が多いので、数時間コンロを専有する蒸しスープは出しにくいところもあります。巨大蒸し器を持つ大店ならではですね。

いろんな生薬、特に朝鮮人参の仲間のウコギ系の材料がたっぷり入って苦そうに思えるのに、龍眼の甘みを感じます。そして、飲むと体がかーっと火照ってくる。すっぽんは、ゼラチン質だけがスープに溶け出しているようでした。現地同様塩味は控えめ。素材から出るうまみで飲ませるスープです。

余談ですが、香港人の友人たちは日本のラーメンのスープはしょっぱすぎるといいます。彼らが日本より長寿なのは、東洋医学の考えに基づいた食事もあるでしょうが、日々味噌汁のように飲むスープの塩分が控えめで、それに慣れているからかもしれません。

最後に壺にごそっと残った具材はお持ち帰りで筆者宅の冷凍庫へ。2日がかりで消費しました。お粥のベースにしたらしみじみうまかったです。

海鮮と野菜のひとひねりが新鮮な感動を呼ぶ

続いては、山盛りの「金銀炒帯子(ホタテの塩卵あえ炒め)」。粒の大きさと高さに皆からどよめきが。

料理名の「金銀」は料理の色のこと。「金」は揚げてアヒルの塩卵の黄身をまぶして旨味が三倍増し。日本の料理に似たものがないので、なかなか表現しにくいのですが、強いて言えば“旨味の爆弾”。脳味噌に響くような中毒性を感じる味付けで、酒の弱い筆者でも、つい酒のグラスに手が伸びる味。「銀」は塩味です。

ホタテが獲れない広東省界隈ではタイラギ(平貝)を使うそうですが、宴会ではそれより少し安く手に入るホタテが使われました。実際、タイラギはホタテより硬いので、いい結果を出していると思います。

ホタテは半生に近く、甘みが一番感じられるところで火を止めています。筆者は今回これが最も気に入りました。ぜひ召し上がっていただき、皆さんの感想を聞きたいです。

野菜料理は「竹笙素雙耳(キヌガサタケの2種きのこ詰め 黄耳(黃きくらげ)と愉耳(ニカワウロコタケ)」。これは予想外でした。キヌガサタケといえば、筒状になった中にフカヒレやツバメの巣などを詰めるのが定番ですが、きのこの中にきのこが詰まっているのです。

黄きくらげとニカワウロコタケは、恥ずかしながら食べるのは初めてです。後者は中国東北部や北海道あたりで取れるキノコだそうで、きのこマニア曰く、味は基本的にないとのこと。ここでは乾燥させたものを戻しており、ゼリー状の食感があり、しっかりとスープを染み込ませているので実に乙な味になっていました。

これが実に不思議な味わいで、筆者は2回おかわりをしました。刺さる人には刺さる不思議な魅力。しかしこんな材料、どこで仕入れたのでしょうか?

ひとつの宴会にスープが2回!? これぞ高級宴会のプロトコル

さて、大きな料理を目の前で切り分けるプレゼンテーションがあると、宴会は俄然盛り上がります。これは中国江南地方の名物料理・叫化鶏(乞食鶏・富貴鶏)を「大珍樓」がアレンジした「荷葉富貴肉(乞食豚)」。中に入っているのは、皮付き豚のバラ煮込みです。

叫化鶏は、蓮の葉で包んだ鶏の周りに泥を塗って蒸し焼きにしますが、ここでは蓮の葉以外すべて食べられるアレンジとして、ラードを使った花巻の生地で包んでいました。

中から出てきた豚バラの煮込みは脂臭さが抜け、蓮の葉の香りとの複合効果でぐっと魅力を増しているよう。広東風の角煮は沖縄のラフテーや中国江南地方の東坡肉(トンポーロー)とはちょっと味が異なり、日本の料理本に書いてある角煮レシピとも全く違った風味です。

なんとなく野暮ったさもあり「いったいどうやって作るんだ?」という声に、「南乳(紅麹で発酵させた豆腐の調味料。腐乳の一種)を使うんですよ」と教えてくれたのは横浜に住む老華僑。その後、自宅の角煮に南乳を入れて煮てみたら、この風味を再現できました。

また、この角煮に筆者がイタリアから持ち帰ってきたアマローネのワインが非常にマッチするのです。アマローネには紹興酒に近いテイストを感じます。もうこのあたりでお腹はパンパン。皮の部分は持ち帰り、3日後の朝食になりました。

そして「おや、またスープですか?」と思うかもしれませんが、香港の高級料理の宴会でスープは2回出ることがあります。

料理は「上湯煎粉果(揚げ焼き餃子のスープ)」。通常は蒸して食べる粉果(広東省潮州スタイルの蒸し餃子)を揚げ、スープに浸していただきます。具にはエビなどとともにクワイが入ってシャッキリ、続いて香菜がふわり。一口目はサクッとした食感、二口目からスープが染みたところを味わいます。

スープが2回出るメニュー構成は、美食家で有名だった、故・邱永漢さんの宴会で見たことがあるだけで人生2度目。今回、予算は控えめだったのにもかかわらず、高級料理のプロトコルをしっかりと押さえているあたり、さすがだなと思いました。

スープに価値を置くというのは、日本人にはいまいちわからないかもしれませんが、わかってもらえないところまで手を抜かない姿勢に感服です。大事なことなので2回いいます。広東料理の高級宴会だと、スープ系が2回出てきます。

突撃あるのみ!〆の炭水化物2品攻め

締めは黄金色に輝く「生炒臘味飯(レタスと干し肉の炒飯)」です。

自家製臘肉を作る店は中華街でも少なくなりましたが、「大珍樓」は自家製を守っています。その肉を使った炒飯から、素晴らしく色っぽい香りが漂ってくるのです。ほのかな玫瑰露酒(ハマナスの酒)の香りです。

玫瑰露酒は広東料理店の厨房でよく見かける酒。「広東料理ではハマナス酒はよく使うんですよ。肉をたれに漬け終わって干すときにほんのちょっと塗り込むんです」と広東料理人の参加者。この酒は、広東料理で肉の香り付けで欠かせない料理酒なのです。

来年、広東風の臘肉にチャレンジする人は、騙されたと思って玫瑰露酒を試してみてください。ただ、使いすぎには注意。かなり個性的な香りなので、多いと肉の風味までも消してしまいます。量は干し肉一本につき、数滴を手で伸ばす程度で充分です。数段レベルアップするはず。

炒飯で料理は終了と思ったら、締めが2回やってきました。「なんの変哲もない香港焼きそば」です。メニューを作成してくださった会長から、挨拶代わりに一皿サービスでした。ここまできたら突撃あるのみ。

このどこにでもありそうな飾り気のない焼きそば。香港島の南側、船上レストランで有名な香港仔(アバディーン)にある市場食堂の香港焼きそばを思い出します。あちらは油まみれでしたが、「大珍樓」のそれは皿の上に油が残らない仕上がり。

筆者はおかわりしましたが、他の参加者はギブアップ。残りは持ち帰り、翌日の朝食となりました。お腹の落ち着いた翌朝に食べた感想は、広東系高級店の焼きそばそのもの。

デザートは、日本の「楊枝」という言葉が香港に伝わり、ポメロの果肉をばらしたものを楊枝(ヤムジー)に見立てたというエピソードがある楊枝甘露(マンゴー、ポメロ、タピオカ、ココナッツのデザート)。比較的新しい香港スイーツです。

酸味と甘味のバランスは、ほんの少し酸味側。こうなると、食後のデザートとして優れていますね。

このスイーツは、香港で食べるなら「許留山」というチェーン店が有名でした。観光客の行く場所ならどこにでもあり、亀ゼリーやマンゴースイーツなどメニューも豊富。しかし時代革命とコロナ禍で倒産危機という噂。大変なのは世界中どこも同じです。

さらにもう一品「雙輝甜甜(ミステリー特製デザート)」は、参加者の料理人が作った新作スイーツ。これは持ち込みですので、写真だけです。

正宗中華宴会の密林と楽園へ行くためにー幹事の心得三箇条

このように気合いの入った宴会は、実はだれでも開くことができます。以下の3つのポイントさえ確実に押さえれば、あなたも中華宴会名幹事間違いなし。

その1:人数と支払額のコミットは必須。店が仕込みを始めてからの人数減は代打を探すか、幹事が全額払う覚悟を。
その2:宴会の前には、何もなくても最低2回は店と打ち合わせをする。お店側のキャンセルへの抵抗心をほどいて全力疾走。
その3:テーマを決めたら、料理の内容は料理のプロである店に完全に任せる。塩分控えめ、アレルギー対応などの要望を伝えたら、客の仕事はお金をポンと払ってひたすら食べるのみ。

ついでに言うと、広東料理の腕利きシェフに、四川料理の麻婆豆腐などリクエストしないほうがいいでしょう。料理がわからず、同じ金額を使うなら、チーフのオススメに乗っかるのが吉です。

ちなみに今回宴会をお願いした「大珍樓」は、いまどき流行らない伝統的な広東料理の流儀をしっかり守って出す店です。ここは少し乱暴にいうと「宴会主催者の面子が立つように、食べきれないくらい量が多い」ということ。食べきれない分は持ち帰れます。

そして、その伝統をいまだに守っていることには理由があります。大店では、厨房で仕上げてリフトで運んで客席まで、下手するとかなりの時間がかかるのです。

広めの中華料理店で、こぢんまりと盛り付けられた料理を食べてもあまり感動がないのは、このあたりに理由があります。厨房で小皿に分け、お客さんの口に届くまで何分もかかってしまえば、その料理が一番おいしいタイミングで届けるのは物理の法則として無理なこと。大皿で出てくる料理には、料理の中に籠った物理的な熱量があります。

胃袋に届くこの熱さを覚えてしまうと、見た目は美しくとも、最初から上品に小分けされて運ばれてくる料理では満足できないはず。そして、こんな料理を味わうにはたくさんの仲間が必要です。最低8人、できれば12人集めて万全の体制で宴会に臨みましょう。

ちなみに今回楽しんだワインの持ち込みは飲み放題オプションの追加、1人1,500円でOKしてくれました。高級ホテルやレストランのように、ドリンクを豊富に揃えていないお店でも、しっかりお願いすれば、自分の好みのお酒やお茶を合わせることができます。

今回紹介した「大珍樓」なら、記事と同じレベルの内容で宴会ができますし、「萬珍樓」「聘珍樓」「同發」「華正樓」「重慶飯店」などの老舗大型店にも腕のいい料理人がいます。この記事のような料理を食べたいと相談すれば、お店側もスムーズに理解して準備が進むことでしょう。

コロナ禍でしばしの我慢とはいえ、短い人生の中で、旅と食は後回しにしてはいけないと思うのです。ぜひそれぞれの判断で、店と相談しながら、今は横浜ですばらしい中国料理の宴会を体験していただければと思います。


店舗情報

大珍楼(だいちんろう)
住所:神奈川県横浜市中区山下町143(MAP)※中華街大通り
TEL:045-663-5477
営業時間:11:00〜22:00(L.O.21:00)
無休
※緊急事態宣言解除後の営業時間は店に直接を確認を。5月25日(月)から営業を再開しています。
※料理予算:1人6,000円(税抜)〜 上限なし(佛跳牆・満漢全席なども相談可)
※オーダー宴会の料理予算の目安は1名1万円、8名~。仔豚の丸焼きを組み込む場合、10名で1名あたり2万円が目安です。


text & photo:ぴーたん
ライフワークのアジア樹林文化の研究の一環として、台湾・中国・ベトナム・マレーシアを回って飲食文化も研究。10数年前の勤務先で、江西省井岡山に片道切符で送り込まれたことを機に、中国料理の魅力に目覚め、会社を辞めて北京に自費留学。帰国後もオーセンティックな中国料理を求めて、横浜をはじめ、アジア各国の華僑と美味しいものについて情報交換をしている。