2021年の中秋節(ちゅうしゅうせつ)は9月21日(旧暦8月15日)。中華圏では中秋の名月にちなみ、月餅(moon cake)を贈り合い、皆で食卓を囲む大切な祝日になっています。

そして月餅といえば、昨年注目を集めた記事が、横浜中華街の月餅食べ比べ。トータル1万kcal超?マイベスト月餅はこれだ!と題し、14店舗15種類の月餅を5人が食べ比べた結果、老舗「翠香園(すいこうえん)」の金華ハム入り月餅が圧倒的な支持を集めたのです。

そこで今年、2021年は「翠香園」が今の時期だけ販売する、限定の中秋月餅にぐぐっとフォーカス。大女将の梁笑英(りょう しょうえい)さん、次女の盧順好(ろ じゅんこう)さんにうかがった昔ばなしを交えながら、こだわりの月餅についてご紹介します。

市場通りで約1世紀。横浜中華街最古参の中華菓子舗

「翠香園」の歴史は長く、横浜中華街の店の中でも最古参のひとつ。はじまりは中華小吃や菓子を出す店で、今もふらりと訪れるのは顔なじみが中心です。

「初代の盧譜章は1900年初頭、まだ10代のときに日本に来たと聞いています。店を構えたのは昭和元年(1926年)ですが、商いは関東大震災(1923年)の前からここで始めていますね。なぜなら、今と同じ『(山下町)148番』という住所の記録が残っていますから。当時は肉まんやあんまんをつくり、ここでお茶を淹れて、食べていってもらえるような場所だったようです」

先代の奥様であり、大女将の梁笑英さん。家族とともに、今も毎日店頭で接客をしています。

かつては肉、魚、食材店などが軒を連ねた市場通りですが、現在はすっかり様変わり。

「今もあるのは、食材店の『さかもと』『新合隆商店』『栄興號』くらいかしら。100年近いのはうちだけ。昔からのお客さんからは、『麻棗(ゴマの揚げ菓子)おいしかったなあ。もう作らないの?』と言われたり、『花生糖(ピーナッツ菓子)また食べたいなあ』と言われたり。

何度も来られる方は、お連れさまにご自分でお菓子の説明をしてくださったり、忙しいときはちょっと待ってくれたり。ありがたいですね」

現在の市場通り。占いの店が増えました。

店頭に並ぶ中華菓子は、煎堆(チントイ|揚げごま団子)や、発酵生地を使った中華まん、愛らしいかたちのイエター(椰挞|ココナッツカスタードパイ)、蒸しケーキの馬拉糕(マーラーカオ)、神奈川県指定銘菓に選ばれた玉帯糕(ぎょくたいこう)など常時20種類ほど。

発酵生地は、すでにある生地に新しい生地を継ぎ足しながらつくる老麺発酵で、肉まん、あんまん、叉焼包(チャーシューまん)、花巻の4種類を常備。あんや生地はつくり置きせず、つくったぶんを売り切るのが昔からのスタイルです。

常連さんそれぞれにお気に入りがあり、うっかりしていると売り切れてしまいます。
いつもショーケースの左上の棚にあるイエター(椰挞|ココナッツカスタードパイ)。パイ生地に軽やかなココナッツのフィリングをたっぷりのせて焼き上げています。

菓子づくりは、梁笑英さんの長女・盧智好さんとベテランのパートさんを中心に、家族みんなが手伝ってつくる家内制手工業。

「長女は6歳くらいから工房に出入りしていて、いろんな生地を触らせていましたね。先代菓子職人から完全に代替わりしたのは2年前。子どものころからなんでも手伝っていましたから、味や技術は受け継がれています。菓子に使う材料は重たくて、女には大変だと思っていますが、今は大学生になる(長女の)息子が手伝いに来てくれて。月餅のあんを炊くのも助かっているんです」

店の強さは四世代揃った強さ。先日聞いた話では、息子さんはお店を継ぐ気持ちがあるのだとか。「ときどきおじちゃん(先代菓子職人)が教えてに来てくれるんですよ。そういう点では安心ですし、頼もしいですね」。

あんにこだわり、作りたてにこだわる。「翠香園」月餅のおいしさのひみつ。

店が最も忙しくなるのは、毎年中秋の大月餅を販売する旧暦8月15日前後の二週間(2021年は9月7日(火)から10月4日(月))。

中秋月餅として売り出すのは8種類ですが、ベースとなるのは3つの味。黒ごまあん(中華あん)、蓮蓉あん(はすの実あん)、伍仁(五目木の実)の中に、鹹蛋(シェンダン:塩漬けのアヒルの卵)入りや金華ハム入りなど、伝統的かつ工夫を凝らした月餅が店頭にずらりと並びます。

「何個売れたか、毎年数えておこうかと思ってるんですけど、1週間もすると忙しくなっちゃって忘れちゃうんですよねー」。そう次女の盧順好さんは軽やかに笑いますが、どこか充実した表情。

中秋月餅の棚。昨年注目を集めたのは「金銀肉月」、金華ハムと五目木の実の月餅。

また、月餅というと味わいに注目がいきがちですが、最初に型に刻まれた文字や模様を眺めるのも楽しみのひとつです。

「最近は簡単な模様になっているところも多いようですが、うちは木型で、昔から変わりませんね。私は50代ですけど、記憶では中学生の頃から変わってないかなあ…。たまに『こんな複雑なの⁈』と驚かれることもあるんです」と盧順好さん。

では、どんな文字が読め、どんな味わいが楽しめるのでしょう。ここでは3つの中秋月餅をピックアップしてご紹介します。

ハッとするほど香ばしい!黒ごまあん入り「雙黄荳沙」

まず、縦に入った「翠香園」の文字と、上部にあしらわれた大きな葉、3つの赤い点が配されているのは、黒ごまあんに鹹蛋2個入りの月餅「雙黄荳沙」。

雙黄荳沙(黒ごまあん+塩卵2個)。上と左右に紅色があるのが目印。
雙黄荳沙(黒ごまあん+塩卵2個)の断面。鹹蛋1個は夜空の月を、2個は水面に映った月をも表現しているというのが通説。

口にすると、なんと香ばしいこと!

ねっとりと軟らかいだけでなく、圧倒的なごまの風味。濃いあんが苦手だと思っていたので避けていましたが、こんなにおいしいならもっと早くから食べておけばよかった…。

「あんこは、昔はいろいろ食べましたが、自分のところが一番おいしいと思いますね。小豆を炊いたら、6時間くらいは(練り機を)回しているんですよ。熱い鍋の中にね、泡がポコポコ浮いてきたら油を入れて。香ばしいのは、揚げた白ごまを入れているからだと思います。砂糖もそのまま入れるのではなく、糖水といって、シロップにして加えています」

「あんこは他から買うところもありますが、それでは同じ味になってしまうでしょう。うちは店でずっと手作りしていますから」と梁笑英さん。

いわれてみれば、黒あんの中に、白ごまがまばらに見えます。あんが滑らかで、舌に当たるような感覚はないのですが、噛み締めると香ばしさが弾けるのがにくい。複層的な風味と食感に、頬が緩みます。

前日仕込みの12時間炊き。ほっくり滑らか、はすの実あんの「旦黄蓮蓉」

続いて、はすの実あんの真ん中に鹹蛋を1個入れた「旦黄蓮蓉」は、中央に「翠香園」、右に「単黄(黄身が1つ)、左に「蓮蓉(はすの実あん)」の文字。そして気になるのが薄茶色のあんです。多くの店では、はすの実あんは白っぽいのですが、他店より色が濃いのはなぜなのでしょう。

旦黄蓮蓉(はすの実あん+塩卵1個)。月餅に7文字!
旦黄蓮蓉(はすの実あん+塩卵1個)の断面。

「色が濃いのは、炊いている時間が長いからではないでしょうか。はすの実あんは、前の晩から蓮の実を水に浸して、蒸してから苦味のある芯を抜き、ミキサーにかけたあと、12時間くらい炊いています。あんの状態を見ながら、ちょっとずつ油も入れて。使うお菓子によってそれぞれあんの軟らかさを変えているので、お菓子によって油の量も違うんですよ」

梁笑英さん。

なんと12時間…!それも、一気にあんを仕込んでいろんなお菓子に使うのではなく、お菓子に合わせてあんを練る。まさに専門店の仕事です。

金華ハムとブランデーの蜜月。肉とナッツの芳醇な出合い「金銀肉月」

そして昨年、80C(ハオチー)を見て買い求めるお客様もいらしたという「金銀肉月」は、五目ナッツに金華ハム入りの月餅。中国にもハム入りの月餅はありますが、このように手の込んだ月餅はなかなか見ません。

こちらは右から読んで「金腿」、ちょっとわかりにくいですが、金華火腿(金華ハム)の「金」と「腿」の二文字が入った月餅になっています。

金銀肉月(五目木の実+金華ハム)。
金銀肉月(五目木の実+金華ハム)の断面。中央に金華ハム入り。

「ナッツの種類はアーモンド、くるみ、かぼちゃの種、ピーナッツ、ごまの5種類。そこに刻んだ豚肉の背脂を入れています。昔は冬瓜の砂糖漬けも入っていたんですよ。

さらに以前は、金華ハムを骨付きのまま仕入れることができていたので、骨から脂や肉を切り出すところからやっていました。そうそう、金華ハムは蒸した後、仕上げにブランデーの『XO(エックスオー)』をふりかけているんです」

月餅に包丁を入れるやいなや、立ち上る馥郁たる香り、そして飴がけされたナッツの香ばしさ。ただならぬ香りの秘密が、今明らかになりました。

案ずるより食べるが易し。自分の好みを見つけよう

こうしてお話をいろいろ伺うと、どれか1つになど絞れないもの。そこで、今年はすべてのあんを買い求めた上で、昨年できなかったことをやってみました。

それは伍仁(五目木の実)の食べ比べです。

「翠香園」のナッツの月餅は、シンプルな「伍仁甜月(五目木の実)」、店で“ひと塩味”と呼ばれる「伍仁鹹肉(五目木の実+ひと塩)」、金華ハム入りの「金銀肉月(五目木の実+金華ハム)」の3種類がありますが、それぞれどう違うのでしょう?

左から、ひと塩味「伍仁鹹肉」、金華ハム入り「金銀肉月」、プレーンな甘さの「伍仁甜月」photo by Takako Sato

見た目はほぼ同じです。しかし、口に入れると違いは歴然。

まず「伍仁甜月(五目木の実)」は、甘く軽やかで、お茶を片手についつい食べ進んでしまう味。お子さんも含めて、万人がおいしいと思うのは恐らくこの月餅でしょう。

それに対して「伍仁鹹肉(五目木の実+ひと塩)」はぐっと奥行きが増しています。塩が入る分、甘みも強調され、より少量で高い満足感が得られる大人の味。ボディがしっかりしており、お酒といただくのもよさそうです。

そして「金銀肉月(五目木の実+金華ハム)」は、何度食べても溢れるようなブランデーがけ金華ハムの香りが唯一無二。塩気は「伍仁鹹肉」より控えめですが、肉とナッツの相性のよさをしみじみ堪能でき、他にない特別感も味わうことができます。

左から、金華ハム入り「金銀肉月」、プレーンな甘さの「伍仁甜月」、ひと塩味「伍仁鹹肉」。photo by Takako Sato

最後に月餅の食べ方ですが、大きな中秋月餅は1人で一気に食べるものではありません。「翠香園」の月餅のリーフレットにも「一コを六ツ切程度に切り色々種類を取りまぜ少しずつ召し上ると一層おいしく戴けます」とある通り、1種類だけでなく、違う味わいのものも用意するのがおすすめです。

私自身の話で恐縮ですが、以前は好みの味だけ買っていたものの、今回「翠香園」のすべての月餅を食べてみることで、思いがけない発見や好みが見つかりました(黒ごま餡に開眼)。

また、鹹蛋は中秋月餅ならではのもので、1個入りなら夜空の月を、2個入りなら水面に映った月も表現するといわれますが、あんをしっかり味わいたいなら、鹹蛋なしのチョイスもいいと思います。

ともかくも「翠香園」の大きな月餅でゆたかな時間が過ごせるのは、年に一度のこの時期だけ。紅茶、コーヒー、ウイスキーなど、好みのカップやグラスを片手に、秋の夜長を愉しんでいただけたら。

翠香園の中秋月餅(8種類)

・蓮蓉素月(はすの実あん)750円
・旦黄蓮蓉(はすの実あん+塩卵1個)880円 ※旦=単
・雙黄蓮蓉(はすの実あん+塩卵2個)980円 ※雙=双

・旦黄荳沙(黒ごまあん+塩卵1個)780円 ※旦=単、荳=豆
・雙黄荳沙(黒ごまあん+塩卵2個)880円 ※雙=双、荳=豆

・伍仁甜月(五目木の実)900円
・伍仁鹹肉(五目木の実+ひと塩)900円
・金銀肉月(五目木の実+金華ハム)980円

・旧暦8月15日前後の2週間限定販売(2021年は9月7日(火)から10月4日(月)まで)です。
・賞味期限は発送日から1週間です。
・この他に、通年販売で荳沙素月(黒ごまあん)、椰絲肉月(ココナッツあん)があります。

月餅は国内発送ができます。神奈川県指定銘菓の「玉帯糕(ぎょくたいこう)」なども同梱可能。状態が変わりやすい煎堆(チントイ|揚げごま団子)や、壊れやすいイエター(椰挞|ココナッツカスタードパイ)などは基本的に発送できません

 

翠香園(すいこうえん)

神奈川県横浜市中区山下町148(MAP)※市場通り
TEL 045-681-2389
FAX 045-661-1310
営業時間 10:00-18:00
月曜定休
※併設のレストランは緊急事態宣言中は休業しています。


TEXT サトタカ(佐藤貴子)
PHOTO 伊藤徹也

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