料理人仲間から「一平ちゃん」と親しまれる人がいる。安達一平さん、43歳。料理人歴25年のベテランである。

中華料理人同士には、その佇まいが“癒し系”と愛され、穏やかにほほ笑む姿は仏のよう(生きてます)。口数は少なめで、それゆえどこかミステリアスで、もっと知りたくなってしまうところがある。

そんな「一平ちゃん」の実力は、同業仲間なら知るところ。都内中国料理人が集う「深夜の勉強会」では、何度か彼の料理が振る舞われ、「いつ店をやるの?」とみんなから楽しみにされていた。

縁と運に逆らわず、好奇心に一直線。職人「一平ちゃん」の人となり

店を開くにあたり、経営面のパートナーとなったのは、『桃仙閣』の林亮治さんだ。

「林さんとは、中国料理人同士の食事会で面識があったんです。去年も皆から『(店を)やらないの?』って言われて。コロナ禍だから状況を見たいと言ったら、林さんが『大丈夫だよ。一緒にやる?その方が料理に集中できると思うよ』って」

「僕もやったことがないものだから、独立している先輩に何人か相談してみたら、みんな『いい話だと思う』と。『経理作業にかかりっきりになってしまうと、料理はほぼできない』と聞いて、林さんに『お願いします』と伝えました」

そこからは早かった。3日もしないうちに会って話して、2021年10月末には元麻布の物件が確定。2022年3月1日に『一平飯店』がオープン。ちなみに林さんは、これまで一平さんの料理を何度も食べていたわけではなかった。縁と人柄による決断だ。

料理人仲間から「一平ちゃん」と親しまれる安達一平さん。1979年生まれ。

男は黙って香港へ。焼味を焼きまくり、広東点心を習得

そんな一平さんの料理人としての歩みは、ここ四半世紀の日本の中国料理のトレンドとも重なるところがある。

調理専門学校を卒業し、料理人人生をスタートしたのは、富山に開業したばかりの全日空ホテル『花梨』。当時はホテルの広東料理全盛期で、溜池山王の全日空ホテルで腕を振るっていた麥料理長のレシピや技法を踏襲し、富山で香港さながらの料理を提供していたという。

5年半を経て、東京に戻ると『赤坂璃宮』新百合ヶ丘店のオープンスタッフになった一平さん。こちらも広東料理の名店だが、ここで食都・香港の魅力へ開眼する。

「初めて料理長に香港に連れて行ってもらってから、年3回くらい香港に行くいくようになりました。(社長の)譚さんも、広州や香港にいくとき連れて行ってくれて」

時代は2009年、一平さんは30歳。友人・知人の伝手を頼って、今度は現地の厨房へ飛び込んだ。

「最初は『翡翠金閣海鮮酒家』という、400席くらいある大型店に入りました。焼き物(肉類のロースト料理)がやりたいと伝えたところ、焼き場に配属になりまして。

烤鴨(ハウアッ:窯焼きダック)、烤鶏(ハウガイ:窯焼きチキン)、焼肉(シュウヨ:クリスピーポーク)、叉焼や子豚の丸焼きなどをやらせてもらうことができました。滷味(ロウメイ:香辛料入りの醤油味の調味液で肉類や内臓などを煮た料理)も焼き場の担当で、ハチノスなど臓物系も仕込んでいましたね」。

そこで『赤坂璃宮』で習得した焼き物の手法が、香港と大きく違わないことを体感した一平さん。今度は全く新しいことを学ぼうと「『麒麟軒』で、順徳料理の点心と板(切りもの担当)をやらせてもらいました」。

蒸すと半透明の皮が美しい、浮き粉を使った蝦餃子をはじめ、飲茶でおなじみの点心はここで覚えた。どれも技巧を要する広東点心だ。

蜂巣炸芋角。タロイモと挽き肉を使い、ハチの巣のような網目状に揚げた広東点心。(『一平飯店』3月のコースの一品)
エビの湯葉巻きを揚げた腸粉。バリッ、プリッ、つるっと3つの素材が口の中で弾ける。(『一平飯店』3月のコースの一品)

こうして香港に累計2年半ほど滞在し、帰国後は、友人の紹介で縁ができた『飄香(ピャオシャン)』の厨房へ入る。

ここで四川のスパイスや油の使い方に魅了され、次いで開業時話題になった銀座『俺の中華』のオープンスタッフとしても活躍。原価率をかけ、高回転率で利益を上げるスタイルの店で、1年半焼き物を焼き続けた。

香港の街場の味も、高級店のとっておきも。ワインとの相性を考えた洗練のコース料理

ウツボの土鍋煮込み。揚げたウツボの香ばしい香りが食欲を刺激。土鍋は個々に提供される。

20年超にわたって数々の調理経験を積んできた一平さんだが、自分の名を冠した店で出すことにしたのは、自身を奮い立たせてくれた香港の料理がベース。

全18品のコースは、静謐な佇まいの前菜からクライマックスの丸鶏まで、オーナーである林さんのセンスと一平さんの技が融合した内容となっている。

「林さんの求めるものは、シンプルさだったり、熱いものは熱々で提供するといったところ。試作期間で、これはいい、それはもっとこうしたほうがいい、という声を反映させ、ひとつひとつの料理を作っていきました。

決めているのは、味付けを強くしすぎないことと、化学調味料を使わないこと。そうすることで、ワインとの相性がより高まると考えています」

花韮と腐乳の炒め。素材の香りと食感を生かしたプロの一皿。(『一平飯店』3月のコースの一品)

そんなコースのなかでもぶっちぎりの花形は、丸鶏を豪快に使った炸子鶏(ザージーガイ)。

皮目に熱々の油をかけ、中は瑞々しく、皮はパリパリ。香港でフライドガーリックをあしらったバージョンがあったことから、店でもそのスタイルを踏襲している。

炸子鶏(ザージーガイ)。立ち上る香りと、ジューシーに火の通った肉と、パリパリの皮と。何切れでも食べたくなってしまう。(『一平飯店』3月のコースの一品)

また、静謐な佇まいのふかひれは蒸しスープで提供する。ふかひれは毛鹿鮫(もうかざめ)を使い、それのみをスープで煮含めたものと、飲むための上湯(ショントン:スープ)を別々にとり、提供前に合わせて出しているのだとか。

「ふかひれは特有の香りがありますが、生臭みに感じる人もいるため、それを感じさせないような作り方にしているんです」。

言われなければわからない、しかし、そうであったら確実にうれしい。そんな心地よさを追求するのも『一平飯店』のこだわりだ。

ふかひれの蒸しスープ。中央の厚みのある部分だけを切り出して使っている。(『一平飯店』3月のコースの一品)

香港の庶民の味として親しまれる滷味(ロウメイ)は、内臓類や厚揚げ、卵などを香辛料入りの醤油ベースの調味液で煮込んだおかず&おつまみ。これらは現地同様しっかりと火を通して味を含ませた内臓類に加え、サッと火を通して仕上げた鴨肉も併せ盛って提供する。

実際に使っている香辛料や乾物も見せ、視覚的にも味わいの奥行きを感じさせてくれるプレゼンテーションも楽しい。

滷味の前に、滷水に使っている乾物を魅せてくれる。滷水は、使い続けるうちに、風味豊かに育っていく。
滷味の盛り合わせ。鴨はしっとりと浅めに火を通し、ハチの巣や大腸はしっかりと煮込むなど、素材によってメリハリをつけている。(『一平飯店』3月のコースの一品)

意外性という点では、清蒸龍蝦(チンジンルンハー:伊勢海老の香港風ガーリック蒸し)も印象に残った。

往年のクラシックなホテル中華を彷彿とさせる一品で、他ではあまり見なくなった料理だけに、ベテランの技が光っていた。

清蒸龍蝦(伊勢海老の香港風ガーリック蒸し)。ハレの日の海鮮料理。クラシックなメニューだ。(『一平飯店』3月のコースの一品)

店の営業は17時からの個室と、19時30分からスタートするカウンターの二部制。現在のところ、2人連れやおひとり様の予約もあり、品数は18品前後とあって、一平さんの料理を少しずついろんな形で楽しむのにちょうどいい内容となっている。

これに留まらず、4月からはさらに幅が広がり、21時から『夜香港(イエホンコン)』として看板を変えて営業するのも期待が高まる。

こちらは大皿料理をみんなでわいわいシェアして楽しむスタイル。使い分けるなら、17時からは「よそゆきの部」、21時からは個室で「仲間うちの部」。どちらもあってこそ「一平ちゃん」の魅力を感じられそうだ。

一平飯店

東京都港区元麻布3-12-41(MAP
TEL 050-3033-3946
営業時間 17:00-22:00(19:30最終入店)
日・月中心に不定休
カウンター7席
個室3室(4名まで。つなげて8名まで入る部屋あり。個室はお子様連れOK)
コースのみ 19,800円(税込)サービス料10%別
予約はOMAKASEより


TEXT&PHOTO サトタカ(佐藤貴子)