たかが葱、されど葱。油でさらに香り立つ「南の青葱」使いのコツとは?

二十年近く前、北京から上海へ引っ越した僕の目を引いたのは、野菜市場における青葱の存在感だった。北方の市場では端っこの方にあった青葱が、目立つところにどっさり置かれていたのだ。

上海近郊の八百屋にて。青葱がどっさり。

上海を含む江南地方で最も一般的なのは、青葱の中でもすらっと細い小葱タイプだ。そして、その最も単純な使い方は、小口切りにして薬味にすることである。かの地域の料理には、「とりあえず入れとけ」って感じで、小葱の小口切りがたくさん使われる。

小吃で例を挙げるなら、生煎(焼き小籠包)には、必ず小葱がくっついている。小麦粉の生地を多重層に焼き上げる葱油餅(葱お焼き)なんて、小葱が唯一の具である。そして、蘇州麺の中でも最もシンプルな陽春麺は、具なしのかけそばなのに小葱だけは散らされるのだ。

生煎(生煎包、水煎包とも。焼き小籠包)。この小葱、なくてもいいような気もするが、ないと寂しい。
葱油餅(葱お焼き)。小葱だけに絞るからこその、シンプルな美味しさ。
陽春麺。醤油ベースの紅湯に小葱が浮かぶ。

冷菜の色味やアクセントにも、小葱は欠かせない。例えば、涼拌金瓜絲(金糸瓜の冷菜)は、鮮やかな黄色の中で小葱の緑と香りが映える。

涼拌金瓜絲(金糸瓜の冷菜)。小葱は香りと彩りを添える名脇役。

小葱が主役級の働きをするのが、小葱拌豆腐(小葱の中華冷ややっこ)だ。絹豆腐の上に小口切りの小葱をどっさりと盛り、塩と胡麻油だけで味付ける。原型をとどめないほどグシャグシャに混ぜて食べると、一番おいしい。

小葱拌豆腐(小葱の中華冷ややっこ)。わざわざ店で頼まないので、これまた僕の料理でご勘弁ください。

なお、小葱拌豆腐には、下茹でした木綿豆腐を賽の目切りにしてから小葱と和えるバージョンもある。どちらも旨いが、こちらはやや手間なので、僕は店で食べることにしている。

小葱拌豆腐の賽の目切りバージョン。こちらはみっしりした豆腐の風味が魅力。

そして、小葱の使い方の最高傑作は、「葱油」だと思う。小葱を油でジュクジュク炒めて香りを出してから他の食材にからめたり、小葱をどっさり盛ったところにカンカンに熱した油をジュワッとかけたりすることで、小葱の香りを際立たせる調理法だ。

油の熱と小葱を合わせるだけで、なんであんなに食欲をそそるものができあがるのか。しかも、「葱油」は野菜にも肉にも魚にも、冷菜にも炒めものにも蒸しものにも使える汎用性の高い調理法なのだ。実例を見ていこう。

僕が「葱油」の魅力に痺れたのは、葱油蚕豆(空豆の葱油炒め)。つやつやとした葱油をまとって翡翠のように輝く空豆は実に艶めかしく、いざ頬張れば、皮まで柔らかな空豆にまず驚き、歯をかみ合わせるごとに広がる豊かな風味にもう一度驚くことになる。

葱油蚕豆(空豆の葱油炒め)。単なる空豆がメインディッシュになる。美しい。

春が葱油蚕豆なら、秋口からは葱油芋艿(里芋の葱油炒め)だ。とろりとして香ばしい葱油がねっとりとした里芋にからみ、とんでもない美味に化ける。これほど簡単なのに大量の里芋を勢いよく消費できてしまう料理を、僕は他に知らない。

葱油芋艿(里芋の葱油炒め)。上海在住時に家の近所にあったローカル店のもの。

因みに、上海の市場で空豆や里芋を買うと、おまけに小葱を付けてくれる。「これを買うんなら、必ず小葱を使うわよね。というか、葱油よね」という暗黙の了解から生まれた習慣なのだろう。初めておまけされたときは意味が分からず、「どういうこと?」と尋ねたら、料理の作り方を教えてくれた。それ以来、我が家では毎年何度も作る定番になっている。

こんな感じで、小葱をつけてくれる。

冷菜で例を挙げるなら、葱油海蜇絲(クラゲと大根の葱油和え)が好きだ。クラゲと千切り大根の異なる食感が楽しく、葱油のコクと香りが実に爽やか。食欲を刺激して次の料理への期待をつなぐ、完璧な開胃菜(アペタイザー)である。

葱油鶏(茹で鶏の葱油だれ)も、江南では定番の冷菜。とろりとして香り高い葱油がしっとりとした鶏肉にからみつき、思わず紹興酒持ってこい!と叫びたくなる名酒肴だ。翡翠色の小葱が瑞々しく輝く様子は、目にも美しい。

[写真左]葱油海蜇絲。クラゲの冷菜の中でも大好物。[写真右]葱油鶏。簡単で美味しいので、自分でもよく作る。

魚も貝も青葱で「葱油」でうまさ増し増し。極めつけは、麺!

「葱油」は、海鮮料理でも大活躍する。

まずは、浙江省寧波名物の葱油海瓜子。カボチャの種に似ているため海瓜子(海の種)と呼ばれる二枚貝を、やや甘めの醤油味と葱油で仕上げる。小指の先ほどの肉には意外にしっかりした旨味があって、箸が止まらなくなる。

同じく寧波で食べた銅盆河蝦は、素揚げした川海老に甘辛醤油味をからめ、小葱をどっさり盛ってから熱々の油をかける。油で香り立つ海老と小葱の香りに、ビールビール!と沸き立つこと必至だ。

葱油海瓜子。寧波に行ったら一度は食べるべき定番だ。
銅盆河蝦。真っ赤な海老と小葱の緑の対比も美しい。

ところ変わって、江西省婺源(ぶげん)の名物には、葱油荷包紅鯉魚があった。荷包紅鯉魚は鮮やかな赤色をしたコイ科の魚で、全国でも婺源だけの特産。丸ごと蒸し上げて、魚の上の小葱に熱した油をかけると、一気に香りが立ち昇る。臭みが全くなく、プリンとした滑らかな舌触りの身に、コクのある醤油だれがピタリ。

一方、江蘇省の長江流域で食べた清蒸長江白魚は、パイユというコイ科の魚の姿蒸しだ。こちらは醤油だれではなく、小口切りの小葱・生姜・塩だけのシンプルな仕立てで、やはり最後に熱した油をかけ回す。パイユは細く長い骨があるが、柔らかくしっとりした肉質で、小葱の香りをストレートに活かすあっさりした味付けがよく合っていた。

葱油荷包紅鯉魚。鮮やかすぎる色味に驚くが、旨い魚だ。
清蒸長江白魚。本場でしか食べられない川魚が懐かしい。

続けると延々キリがないのでこのへんにして、最後に「葱油」界の王様を紹介しておく。

それはやはり、開洋葱油拌麺(干し海老と葱油の和え麺)だろう。かつて上海で初めて食べたときの興奮は今でもはっきりと思い出せる。

葱油拌麺(葱油拌面/葱油のあえそば)
開洋葱油拌麺(干し海老と葱油の和え麺)。暴力的な旨さを誇る和え麺だ。詳しくは「中国全省食巡り1|上海で食べるべき料理3選」でも紹介している。

この料理の場合、長めに切った小葱をじっくりと焦げ目が付くまで炒め、小葱の香ばしさを最大限に高めてから、甘辛醤油味のたれに仕立てる。それを茹でたての麺に和えて食べるだけだが、その旨さと言ったら「単純にして至高」。特別なものは何も入っていないのに、扇情的な香りに食欲を掻き立てられて、いつも一瞬で食べ終えてしまう。

葱油拌麺の魅力については、過去の連載で長々と語っているので、そちらもご覧頂きたい。上海へ行ったら必ず食べるべきひと皿だ。

というわけで、「たかが葱、されど葱」。葱ひとつとってもこれだけ熱く語りたくなってしまうのが、本場の中国料理の世界である。

なお、10/19に発売した初レシピ本『あたらしい家中華』(マガジンハウス社)には、この記事に登場した料理のうち、以下のレシピが掲載されています。よろしければご覧ください。

  • 小葱拌豆腐(小葱の中華冷ややっこ)
  • 葱油蚕豆(空豆の葱油炒め)
  • 葱油芋艿(里芋の葱油炒め)
  • 葱油鶏(茹で鶏の葱油だれ)
  • 開洋葱油拌麺(干し海老と葱油の和え麺)

今回の連載は全3回。最終回の次回は、中国の南西部へ舞台を移します。乞うご期待!

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TEXT&PHOTO 酒徒