中国で食べ歩きをしていると、日本では見たこともない珍しい食材によく出会う。それは実に刺激的な体験だが、それと同じくらい刺激的なのが、よく知っているはずの食材が意外な形で食べられているところに出会ったときだ。
この連載では、「ところ変われば食べ方も変わる。知っている食材の意外な姿!」をテーマに、中国各地で出会った様々な料理をご紹介していく。第一回のクレソンに続いて、今回は葱にスポットを当ててみたい。そう、日本でもお馴染みのあの葱だ。
ライター:酒徒(しゅと) 中華料理愛好家。初中国で本場の中華料理に魅入られてから四半世紀、中国各地の食べ歩きがライフワーク。北京・広州・上海に10年間在住し、帰国後は本場で覚えた本格中華料理レシピをnoteや各種SNSで紹介。2023年10月19日に初の著書『あたらしい家中華』を刊行。 X(旧Twitter)@shutozennin note https://note.com/chijintianxia/ |
葱は、地域性が強く出る野菜だ。日本でも地域差がはっきりしていて、関東以北では茎の部分が太く長い白葱が好まれ、関西以南では葉の部分を食べる青葱が一般的だ。
実は、中国にも同様の傾向があり、北方では白葱を、南方では青葱を好んで食べる。というか、そもそも葱の地域差が生まれたのは中国でのこと。中国西部・中央アジア原産の葱は、中国国内で栽培されるようになった後、気候風土の違いによって北方の白葱と南方の青葱に分化し、それぞれが日本に伝わったのだそうだ。
中国語では、白葱を大葱、青葱を小葱と呼び、色より大きさで区別している。まずは北方で好まれる白葱(大葱)に注目してみよう。
北京ダックも、羊肉の強火炒めも。生は辛く、火を入れて甘くなる「北の大葱」。
北方の料理において、白葱は欠かせない存在だ。冷菜、炒めもの、煮込み、スープの薬味として、様々な料理に顔を出す。

特に存在感を発揮するのは、葱絲(白髪葱)として使われるときだろうか。北京烤鴨(北京ダック)を思い出して欲しい。小麦粉の皮でダック、甘辛味噌、白髪葱、千切りキュウリを巻いて食べるあの料理に、白髪葱がなかったらどうだろう。何とも締まりのない味になるに違いない。

一度食べると誰もが虜になるあの京醤肉絲(細切り豚肉の甘辛味噌炒め)にも、白髪葱は欠かせない。ちょいと強めの甘辛味を白髪葱の辛味と食感が上手くいなすからこそ、大皿一杯に盛られた豚肉をたっぷり美味しく食べられるのだ。

シンプルな冷菜にも、白髪葱が入ると味が締まる。たとえば、この拌干絲(千切り押し豆腐の冷菜)。押し豆腐を塩と胡麻油で和えただけの料理だが、白髪葱があるとなしでは大違いなのだ。

ここまでご覧になって、「地味…」と思われた方もいることだろう。そう、あまりにも使い勝手が良すぎるがためか、白葱はバイプレーヤー的な使われ方をすることが多く、料理の主役になることは少ない。
羊肉、ナマコ、木耳…。「主演:白葱」の世界がここに!
だが、白葱が主役を張る料理もちゃんとある。まあ、単独主演というよりはダブル主演という感じではあるが、料理名にも「葱」の文字がしっかり入る。
そんな「主演:白葱」料理として真っ先に思い付くのは、葱爆羊肉(白葱と羊肉の炒めもの)だ。斜め薄切りにした白葱と羊肉をサッと炒め合わせるだけなのに、これが実に旨い。羊肉の旨味を吸った白葱はトロリと甘くなり、白葱の香りをまとった羊肉もまた旨くなる…という幸せな相乗効果。羊肉のクセに白葱がよく合うのだ。あー食べたい。

高級料理では、山東料理の葱焼海参(ナマコと白葱の煮込み)が代表選手だろう。ナマコと白葱という意外なコラボレーション。大量の白葱を揚げ焼きにして香りを移した葱油にスープを加えて醤油味の煮汁にし、何日もかけて戻したナマコとぶつ切りの白葱を煮含めていく。主役はあくまでナマコだが、料理全体の手綱を握っているのは白葱の香りと甘味だ。

なお、この料理、地味な見た目なのに、実はものすごく手間がかかっている。中国四大料理体系のひとつに数えられる山東料理の面目躍如と言うべきひと皿だ。
因みに、「葱焼」という調理法は、揚げ焼きにした白葱を他の食材と炒め煮にすることで、白葱の香ばしさを他の食材に移す技法だ。その一番複雑な用法が上述の葱焼海参だが、もっと気楽な料理もある。
葱焼木耳(キクラゲの白葱炒め)は、白葱を揚げ焼きにして木耳を炒め合わせるだけ。しかし、白葱と醤油の香ばしさが食欲をそそり、とろりとした白葱とコリコリした木耳の対照的な食感が楽しく、あなどれない美味になる。

簡単で旨いし、黒白のコントラストが美しい点も気に入っていて、僕は家でもよく作る。
白葱はざっとこんなところにして、次のページでは南方の青葱(小葱)を見てみよう。