80C読者の皆さま、お久しぶりです。酒徒(しゅと)です。中国在住時には、「中国全省食巡り」という連載で、中国各地の名物料理を紹介していました。

帰国した今は現地で知った料理を自分で再現することに没頭していまして、10月19日に初めてのレシピ本『あたらしい家中華』(マガジンハウス社)を上梓したばかりです。

今回は、「ところ変われば食べ方も変わる。知っている食材の意外な姿!」をテーマに、本に掲載した料理もからめながら、様々な料理をご紹介したいと思います。

ライター:酒徒(しゅと)
中華料理愛好家。初中国で本場の中華料理に魅入られてから四半世紀、中国各地の食べ歩きがライフワーク。北京・広州・上海に10年間在住し、帰国後は本場で覚えた本格中華料理レシピをnoteや各種SNSで紹介。2023年10月19日に初の著書『あたらしい家中華』を刊行。
X(旧Twitter)@shutozennin   note https://note.com/chijintianxia/

 

君は熱々のクレソンを食べたことがあるか?

中国で食べ歩きをしていると、日本では見たこともない珍しい食材によく出会う。それは実に刺激的な体験だが、それと同じくらい刺激的なのが、よく知っているはずの食材が想像もしない形で食べられているところに出会ったときだ。

今回のテーマは、クレソン。中国に行く前、僕のクレソンに対するイメージと言えば、ステーキの横にちょこんとのっているやつ、或いは、失楽園という映画で不倫カップルが最後の晩餐に食べていたのが鴨とクレソンの鍋だったっけ、という程度の貧困なものであった。

ところが、4年間暮らした広東省の広州で、そんなクレソンへのイメージを根底から覆された。

クレソンは、中国語だと西洋菜という。わざわざ西洋の野菜というくらいだから、そう遠くない昔に西洋から伝わってきたのだろうが、広東省や香港ではすっかり定番の食材になっていて、広州の市場やレストランでもよく見かけた。

広州人は、とにかくクレソンをよく食べる。ちょっと大げさな言い方をすると、彼らが一回の料理で使うクレソンの量だけで、普通の日本人がこれまでの人生で食べたクレソンの総量を上回るんじゃないかというくらいの勢いなのだ。

市場では、暑い盛りを除いていつでも売っているが、本来の旬は冬。毎年12月くらいになるとクレソン売り場がグワーッと拡大されるので、自然と旬が分かる。

大抵は、両手でも掴み切れないくらいの量が、紐でまとめて並べられている。最初は「こんな量、どうやって食べるんだ?」と思ったものだけど、広州生活に馴染んだ後は、僕らも普通に買い求めるようになった。

市場のクレソン。「十把一からげ」どころか、「百把一からげ」な感じ。

これだけ大量のクレソンをどうやって食べているのかと言えば、もちろん火を通す。生のサラダじゃ大した量は食べられないが、火を通せば嵩が激減するので、量をこなせるのだ。

クセのある脇役もどんとこい!クレソン料理の王道はスープ

広州のクレソン料理で僕がまず思い出すのは、上湯西洋菜だ。広州では「西洋菜」と言えば「上湯(スープ仕立て)」を連想する、と言ってもいいくらいポピュラーな料理で、レストランの店員も、西洋菜を頼もうとすると、真っ先にこの調理法を薦めてくる。

上湯西洋菜。クレソン中華と言えば、まずはこれ。

スープでクレソンを軽く煮るだけの単純な料理なのだが、その味わいは正に「シンプル・イズ・ベスト」。

熱々の湯気が立ち昇るスープから、クレソンのかたまりをがばっと箸で取って口に放り込むと、クレソンのスパイシーな香りと味わいが中に染み込んだスープと共にじゅんわりと広がり、実に旨い。シャキッとした食感を残しつつも柔らかくなったクレソンは、大量に食べても疲れが来ない。

クレソンの強い香りや苦味を、あっさり味のスープが程よく和らげることで、「クレソン本来の個性を消さずに、より食べやすい形に昇華させる」という離れ業を成し遂げている。

ちなみに、上湯西洋菜には、にんにくの風味を効かせたり、ピータンと一緒に煮たり、色々なバリエーションがある。

上湯西洋菜②。揚げたにんにくとフクロタケが添えられたもの。
上湯西洋菜③。こちらはピータンのほか、細切り人参や豚肉まで入っていた。

僕はシンプルにスープだけで煮るタイプが一番好きだが、これはこれで美味しい。自分自身のクセが強いクレソンは、クセの強い脇役たちの助演もしっかり受け止めるのだ。

次のページでは、この他にも様々なクレソン中華をご覧に入れよう。

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