海外で中華のシェフになる――。その夢を叶え、今夏から上海で腕を振るう篠原裕幸シェフ。就任から約半年、上海料理人ライフについて聞きました。

日本から上海へ!中国でシェフになる

広東式生姜ミルクプリンの作り方や、古きよき広東料理が食べられる広東省仏山市順徳の料理紹介、日本最大級の若手料理人コンペ「RED U-35」での優勝煎堆皇(チントイウォン)の作り方動画など、80C(ハオチー)創刊間もないころから、ユニークなコンテンツをともに作ってくれた料理人といえば篠原裕幸さん。

そんな篠原さんが、それまで勤めていたレストランを辞めたのは2016年の秋のこと。以降、海外で自らが輝き活躍できるポジションを求め、各地で腕を振るいながら、フィリピンや香港などさまざまなロケーションを訪れてきたわけですが、最終的に選んだ場所は「最もポテンシャルの高い、刺激的な街」、上海でした。

Sober Company外観Sober Company外観


 

●新世代の上海人&欧米人御用達レストランへ

現在、篠原さんが働いているのは、上海の一等地・卢湾区(盧湾区)にあるSober Company。モダンな作りの一軒家の中は、レストラン、バー、カフェに分かれており、全て合わせて130席のキャパシティがあります。

縁あって、彼がこれらすべてのメニュー開発をし、厨房を預かるシェフに就任したのは2017年の夏のこと。プロデュースするのは、ニューヨークで成功をおさめ、上海にも店を出す日本人バーテンダーの後閑信吾氏ということもあり、オープン早々に注目を集めたことも追い風になりました。

主なゲストは、いまどきの20~30代の上海人が約7割、上海在住の欧米人が約3割。目下、彼らの感性に響く料理を、オーナーとともにやりとりしながら作り上げていくのが、篠原さんが楽しさを感じているところでもあり、やりがいでもあります。

篠原裕幸シェフ篠原裕幸シェフ

●ほぼゼロからの中国語スタート

元々広東語が堪能な篠原さんでしたが、中国語(普通話:プートンファ)は、実はほぼゼロからのスタート。

「普通話は行く前に2か月ほど、本とCDで勉強しただけです。最初は全然聞き取れませんでしたよ。でも1か月もすると、だんだん耳が慣れてきました。

普通話ができると、中国全土が自由に旅行できるなと思ったらやる気がでます。最近は学習時間を増やし、週に2回2時間ずつ、先生について英語で中国語を学んでいます。さらにWeChatの掲示板で中国語のエクスチェンジの相手も見つけました。上海交通大学で、日本語を勉強している大学生です」

言葉の壁でコミュニケーションで苦労する面は多いはずですが、そこは前向き。「イラっとしたり、大変なのは日本人同士でも同じ。むしろ言葉ができないから、うまくいかないのは自分のせいにできて、僕にとってはいいんです」。

厨房Sober Companyの厨房。料理の提供方法など、どうすれば美しくおいしそうに見えるか、しっかりと説明しています。

●1日8時間、完全週休2日勤務

現在のレストランは完全週休2日できっちり8時間労働。この店に限らず、上海の労働条件は日本よりハッキリしており、日本でシェフをしていたときのように、自分がいないと回らないという働き方はしていません。

料理人の面接もたびたびしており、人件費は一番下のスタッフで4,500元(約8万円)。一時はかなり辞めたそうですが、他店より少し給与を上げて、見込みのある人材、やる気のある人材に残ってもらえるようにしています。

「以前、オーナーが呼んだ10人のゲストのために、特別なコースメニューを出すことになったんです。それを耳にした調理場の子が、『シェフ、明日特別なメニューをやるんでしょう。僕も見て、手伝っていいですか』って。『いいけど、お金は出ないよ』と伝えたら、『あなたの仕事を見たい』と言われて、こういう子もいるんだと思いました」。

現在、厨房スタッフの平均年齢は25歳。中には他の店で料理長経験のあるスタッフもおり、「今一番楽しみなのが、彼に上海料理を教わること。自分だけの作業場で、店の料理とは別に、いいナマコを戻したりするのも心身の充足になります」。

沙姜盐焗羊排
沙姜盐焗羊排(ラムチョップ 生姜風味の塩釜焼き)。内モンゴル産のラムチョップを塩釜焼きにし、卓上で割った後、最後に焼いて仕上げる一品。プレゼンテーションが楽しい。168元。

沙姜盐焗羊排ラムチョップを仕上げた盛り付け。揚げたホースラディッシュと、粗目に刻んだ塩水漬けのオリーブに、生姜、葱、中国セロリ、クミンを効かせたペーストを添えています。羊は強い香りに対して、風味は淡白。

●目指すは中国のいいものを集めてつくる“NEO中華”

マスコミの報道の影響もあり、日本では中国産食材というだけで向かい風の状況ですが、店で使っている食材は、日本の一般的なスーパーで売っている野菜と同じくらいのクオリティだと感じるそう。

「よく考えてみると、日本の野菜でも一部輸出できないものがあったり、残留農薬についても一部で論じられていますよね。中国産が悪いというのは、自分たちが思っているだけで、日本にも中国にもいいものはあるし、そうでないものもあるということだと思います」と篠原シェフ。

確かに日本のレストランでも、吟味した“いい野菜”を使えるところは一握り。「僕はこの食材じゃなきゃ嫌だ、という感覚はないです。水は大きな違いがあるという声も聞いていましたが、言うほど変わりませんよ。ただ、海鮮は日本の方がいい。そういう状況を踏まえて、ある食材でやっていく方がおもしろいというスタンスです」。

三色蒸餃三色蒸饺(三色の蒸し餃子)。エビ×ハニーヴィネガーを隠し味にしたトマト、帆立×パッションフルーツ香るマンゴーマヨネーズ、サーモン×アボカドの蒸し餃子。熱々の餃子に冷たいサラダを盛るという趣向。浮き粉を使った皮も手づくり。38元。

香煎番薯糕香煎番薯糕(サツマイモの点心)。伝統的な点心・芋头糕(芋頭糕)すなわちタロイモケーキをサツマイモでアレンジ。クミンやミントを加え、ほのかにエキゾチックな香りに仕立て、ココナッツミルクのソースを合わせます。中に入れたホールアーモンドがいい仕事してますね。38元。

 

●鳩、鶏、銘柄豚――魅力的食材が続々

上海に来て、手にして気に入った食材も多々あります。「まずは鳩。1羽20元は日本ではありえない金額です。蒸し鶏にする三黄鶏は1斤(500g)15元。僕の大好きな鳩の卵なんて1個2元ですよ。早速これで温泉卵を作って春巻にして、黒酢ベースのソースを添えた料理を作りまくりました」。

さらに食べてびっくりしたのが「広東壱号」。「この豚肉は叉焼に向いていて、今まで作った叉焼の中で最もおいしい脂の入り具合です。聞いてみたら、中国ではけっこう有名な豚肉で、北京精華大学出身の方が、広東省にある実家の養豚場で開発した豚なんだそうです。これは1キロ112元。高いですが、おいしいです」。

また、中国の牛肉は赤身肉が定番。篠原さんはそこにも「探したらいいものがありそう」と期待を寄せます。「中国人の小金持ちは、中国の食材を嫌い、外国産の食材を買おうとする傾向にあります。僕は逆に、中国中のいいものを集めて、オールチャイニーズでできないか、って思うんですよ。上海にいる間、中国各地を旅していいものを見つけたいです」。

香辣炸鸡翅香辣炸鸡翅(スパイシーな手羽先の季節野菜詰め)。手羽先にフカヒレや燕の巣を詰めた広東料理をアレンジ。中にペースト状にした里芋と葱の炒めを詰めています。ライムを搾って爽やかに。48元。

904鸡汁香煎娃娃菜(娃娃菜の煎り焼き 鶏の濃厚スープがけ)。煎り焼いて甘みを湛えた娃娃菜(ワーワーツァイ)に、冷めたらぷるんと固まるほど濃厚にとった鶏×豚のスープをとろりとかけた一品。塩漬けレモンの皮とベビーパクチーが味の引き締め役です。68元。

 

●どこでも働ける自分に持っていきたい

以前香港に住んでいたときは、日本に帰ってくると「やっぱ日本いいなー」と思っていたそうですが、今、上海から日本に戻ってきても「そうは思わなくなった」という篠原さん。

「極論をいうと、どこでもいいんです。どこにいようと、自分がいなくなったら困るような体制にはせず、どこでも働ける自分に持っていきたいんですよね」。

休みの日は人気のレストランに出かけたり、骨董屋を見たり、情報は百度で調べ、近場はモバイクで出かけ、気になる食材はタオバオで取り寄せる――と、目下上海でやりたいことは尽きぬ様子。数年ののちに、彼はどのようなロケーションと働き方を選ぶのでしょうか。世界に羽ばたく日本人中国料理人として、今後も目が離せません。

Sober Company外観


TEXT & PHOTO 佐藤貴子
シェフのポートレイト Sober Company提供