本物の広東式しょうがミルクプリンを求めて in JAPAN

広東式しょうがミルクプリンこと「薑汁撞奶(キョンジャッゾンナイ ※広東語読み)」は、中国で伝統的かつポピュラーなスイーツのひとつです。

唇に触れた時の、やわやわ、ふるふるとした絶妙なやわらかさ、ほの温かさ。さっぱりとしながらもミルキーな風味…。スプーンですくう手が止まらなくなるような、本能に訴えかける味と食感こそ、このプリンの持ち味。

作り方は簡単で、しょうが汁に温めたミルクを注いで静置するだけ、というのも魅力。人気テレビ番組でレシピが紹介されたり、インターネット等にもレシピが出回っているので、作ってみたことがあるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

広東式しょうがミルクプリンは薑汁撞奶(キョンジャッゾンナイ)、薑埋奶(キョンマイナイ)などと呼ばれ、広東省、香港、マカオなどでポピュラーなデザート。

さて、人によっては何度もトライしたであろうこの中華スイーツですが、実は水牛のミルクで作るのが正宗(正統派)です。

なぜなら薑汁撞奶の発祥地・広州の沙湾エリア(広州・香港・マカオを結ぶ珠江デルタの奥)は、清代から続く水牛乳の産地。

水牛のミルクを使った温かいデザートはこの地方の名物で、広東省広州市番禺区沙湾鎮、佛山市順徳区を中心に、地場産の水牛のミルクを使った料理やスイーツを食べることができます。

「民信雙皮奶」では、順徳名物の双皮奶(二度蒸し牛乳プリン)、薑汁撞奶(生姜ミルクプリン)、大良炸鮮奶(揚げミルク)などが食べられます。Photo by Hiroyuki Shinohara

しかしながら、水牛は乳牛に比べると搾乳量が少なく高価ということもあり、香港やマカオのほとんどの店で、これらのスイーツは牛乳で作られているのも事実。では、水牛のミルクで作った場合、どんな味に仕上がるのでしょうか?

そこで今回は、何か、どこか、確かに違う本物の味わいを求めて、牛乳と水牛乳で広東式しょうがミルクプリン(薑汁撞奶)を作り比べてみることに…!

ココが違う!牛乳VS水牛の乳

今回、水牛の乳をご提供いただいたのは、北海道千歳市にある箱根牧場です。ここは現在、水牛の飼育と搾乳をしている日本で唯一の牧場。通常販売はしていませんが、今回は企画に賛同いただき、特別に生乳をご提供いただきました。

水牛の搾乳は出産後のみ。しかし今回はタイミングよく仔牛が産まれたため、その乳を分けていただくことに!


水牛というと、竹富島の水牛観光等もあるように、南方に生息しているイメージがありますが、「うちで飼育しているのは、寒さに強いリバータイプの水牛になります」と箱根牧場 製造担当の鈴木直美さん。

気になる牛乳との違いですが、乳牛として知られるホルスタインの搾乳期間が10か月なのに対し、水牛は5か月。そして1頭当たり1日の搾乳量はホルスタインが約30kgなのに対し、水牛は約6kg(※箱根牧場にて比較)。

一方、成分は乳たんぱく質、乳脂肪分、無脂固形分ともに水牛乳の方が多く、データの上では濃い味と言えそうです。

ちなみに、水牛の乳は本式のモッツァレラチーズの原料としても知られますが「広く売られているホルスタインやジャージー乳のモッツァレラは、ほんのりクリーム色で、やさしい牛乳の風味が感じられますが、水牛乳で作ると真っ白でコクがあり、スライスした時や、噛んだ時にジュワーっと乳汁が溢れるような製品に仕上がるんです。さらに、加熱した時の“伸び”も 水牛モッツァレラの方がいいんですよ」と箱根牧場の鈴木さん。

濃く栄養価の高いミルクで、白が鮮やか、固まるとジューシー。これは広東式しょうがミルクプリンにしたときの風味や食感の違いが期待されます。

違いがわかる男、登場!

さて、味わいの違いを確認すべく、水牛の乳で作る広東式しょうがミルクプリンこと薑汁撞奶(キョンジャッゾンナイ ※広東語読み)づくりをお願いしたのは「海鮮名菜 香宮(シャングウ)」の篠原裕幸料理長です。

同氏は広東料理が専門で、ここ数年間毎年順徳を訪れ、順徳の料理をはじめ、現地式のしょうがミルクプリンも6~7回は食べ比べているとのこと。

もちろん「香宮」でもデザートに薑汁撞奶を出すことがあるそうで、「次に順徳に行くときは、どうにか水牛乳を手配してもらい、現地で薑汁撞奶を作ってみたいと思ってたんです」と言うほどの思い入れ。この企画をお願いするのは、この方の他にいないと確信。

まずは原料の比較ということで、牛乳と水牛乳の見くらべ&飲みくらべ。この写真をご覧になって、どちらが水牛乳かわかりますか?

よーく見ると何かが違います。
水牛ミルクを飲む篠原シェフ。

答えは、左が牛乳で、右が水牛の乳です。現物をよくよく見ると、水牛乳の方が青みの強い白色で、牛乳の方がクリーム色がかかっているのがわかります。

「水牛乳は香りがスッキリしていて、味はミルキー。牛乳のように独特の乳臭さがないので、牛乳が飲めないという人もいけそうな感じがします。舌触りは滑らかで、サラッとした感じ。飲み比べてみると、牛乳はあまり香りがないですね。また、水牛と比べるとそれほど濃さも感じません。まさに成分表のまんま味が出ています」(篠原シェフ)

水牛を飲み終えた第一声は「ああ……おいしい!ミルキー!すばらしい!」

牛乳レシピ同様に水牛の乳でトライ!

原料となる乳の味を比較したら、次は待望のしょうがミルクプリンづくりです。

まずは「香宮」のデザートとして提供している、牛乳でつくる広東式しょうがミルクプリンを作った後、同じレシピと手順通りに水牛乳で作ります。ポイントは以下の3点。

・牛乳250ccに対し、しょうがのしぼり汁大さじ1杯(約15cc)※牛乳の6%
・牛乳は70~80℃に温める
・しょうが汁に牛乳を注いだら、ふたをして5分置いたらできあがり

そこで、水牛の乳でまったく同じように作ってみることに。

乳の温度は70~80度に。
ふたをして5分置きます。

しかし、同じレシピでは水牛の乳が固まらないことが発覚!

まさかの失敗!

ちなみに薑汁撞奶(広東式生姜ミルクプリン)は、しょうがに含まれるたんぱく質分解酵素・ジンジベイン(ショウガプロテアーゼ)の働きにより、乳に含まれるたんぱく質が一度分解され、再び成分が凝集する時にプリン状に固まる性質を利用して作られるもの。

そのため、酵素が最も働きやすくなる牛乳の温度としょうがの分量がポイントで、どのレシピを参照しても、概ね

①ミルクの温度は70~80℃
②しょうが汁の分量は牛乳の5~8%

となっています。しかしこの数字を現場で微調整していては、限られた水牛乳が底をついてしまいそう…!

香港の女子校生に学ぶ!しょうがミルクプリン作りのさらなるポイントとは?

そこで二度目は、香港の学生化学コンクール(Hong Kong Student Science Project Competition)の研究部門で優勝した論文の概要を参考にして作ることに。

この論文は2006年、香港の女子高生グループが「Ginger Milk Curd」(=しょうがミルクプリン)をテーマに研究したもので、概要によると「ミルクを一度煮沸させること」と「ミルクを勢いよく注いで冷ます」ことが必要とのこと。

そこで、このまま固まらなかったら…という恐怖をうっすら感じながらも、二度目にチャレンジ!

煮沸させ、再度温度を測定。
しぼりたてのしょうが汁を器に入れ…
きっかり70℃に下げた水牛乳を…
勢いよく注いで…
今度こそ!と念じて…
7分置いたら…

 

固まった!!!!!!!

満を持して食べ比べ!牛乳と水牛の乳でしょうがミルクプリンの味は違うのか?

こうして当自由研究では、

①牛乳のしょうがミルクプリン(いつも通り)
②牛乳とまったく同じように作った水牛乳のしょうがミルクプリン(固まらず)
③一度沸騰させてから温度を下げて作った水牛乳のしょうがミルクプリン(成功)

3種類のミルクプリンを作り比べてみましたが、待望の水牛の乳で作ったプリンの風味はいかに?

「こっ、これはうまい!モッツアレラを思い起こさせるようなほのかな弾力。温めるとミルクの味が強まっていて、砂糖をあとちょっと入れたら、よりもったりとした感じが引き立ってきそう。
色も白くて、まるで杏仁豆腐のようですね。生姜のピリッとした辛みも、牛乳より水牛乳の方が際立っています」(篠原シェフ)

「いやあ、これは今年一番の感動ニュースだあ!」

そんなシェフのうれしい言葉に我々もガッツポーズ。「本場同様、水牛の乳で作る広東式しょうがミルクプリンこと薑汁撞奶は、牛乳で作るそれとどう違うのか?」という中国料理的自由研究は、以下の結論を得て幕を閉じたのでした。

水牛の乳で作る薑汁撞奶

色:チョークや杏仁豆腐のような青みがかった色合いの白。
食感:柔らかな中にも、ややもっちりとした弾力がある。
風味:しょうがが際立ち、濃くもスッキリとした旨さが味わえる。

牛乳で作る薑汁撞奶

色:ほんのりクリーム色がかかった白。
食感:ふわっととろけるような柔らかさ。
風味:いわゆる乳っぽい香りと、まろやかでやさしい味わい。

広東式しょうがミルクプリンシリーズ

①本式の広東式しょうがミルクプリンを求めて in JAPAN
②香宮篠原シェフ直伝!失敗しないしょうがミルクプリンのつくり方
③本式の広東式しょうがミルクプリンを求めて in 順徳


参考文献
『Hong Kong Student Science Project Competition 2006 List and Brief Descriptions of Winning Projects』
『ミセス・デイジーの香港スイーツ』洪翠娟 著/2001年/文化出版局

TEXT サトタカ(佐藤貴子)
PHOTO 丸田歩(人物・料理・店内)、箱根牧場(水牛)、篠原裕幸(民信雙皮奶)