出版記念パーティーのチケットは2時間半で70席が完売! 2月に柴田書店から発売された『ハーブ中華・発酵中華・スパイス中華-中国少数民族料理』が話題です。

本書は雲南省、湖南省、貴州省を中心に、広東省、広西チワン族自治区、新疆ウイグル自治区などで暮らす、中国少数民族に受け継がれてきた料理がテーマ。現地の食に通じている3人のシェフのレシピと、専門食材や調味料を紹介した、濃い内容となっています。

これまで中国料理の理解と把握には、八大菜系(中国八大料理とも)が引き合いに出されることが多かったのですが、本書は八大菜系には含まれない、しかし脈々と民族に受け継がれてきた味が主役。

そこに向き合い、きちんと作られた貴重な文献でありながら、専門書らしからぬ表紙はどこか怪しいという…!

表紙はこれだ!

この表紙について、「表現したかったのは、中国が醸す怪しげな、それでいて興味をくすぐってくる魅惑的な雰囲気です。理性は『やめておけ』っていっているんだけど、『行っちゃえよ』と囁く本能に負けて足を踏み入れたら、そこには禁断の園があった…」。

そう語ってくれたのは、編集を担当した柴田書店の齋藤立夫さん。なるほど、言い得て妙です。

少数民族料理への道を開く、人気店のシェフが集結!

同書の最大の特徴は、これまで日本では言語化されていなかった料理分野をわかりやすく伝えるために、

●加熱・生食を問わず、フレッシュハーブを駆使する料理 → ハーブ中華
●発酵させた食材や調味料を使う料理 → 発酵中華
●乾燥させたスパイスや漢方で使う食材を味の決め手として使う料理 → スパイス中華

と、中国少数民族の料理を3つの切り口で紹介したところ。

そして著者は、日本における中国発酵料理のジャンルの開拓者「蓮香(れんしゃん)」小山内耕也オーナーシェフ、藤沢で四川料理と中国少数民族の味わいを展開する「中国旬菜 茶馬燕(ちゃーまーえん)」中村秀行オーナーシェフ、雲南・湖南・台南の3つの「南」にインスパイアされた料理が楽しめる「南方中華料理 南三(みなみ)」水岡孝和オーナーシェフの御三方。

左より「蓮香」小山内耕也シェフ、「中国旬菜 茶馬燕(ちゃーまーえん)」中村秀行シェフ、「南方中華料理 南三(みなみ)」水岡孝オーナーシェフ。どの店も言わずもがなの人気店!

いずれも人気店であり、「この分野の食を、舌や胃袋や本能を超えて理解してみたい…!」という方が多かったことも、書籍の評判に繋がっているように思います。

そこで80C(ハオチー)では、現地で果敢に食に挑み、帰国して再現し、料理にして多くの日本人を驚嘆させてきたシェフのみなさん、そしてコツコツと形にした2名の編集者に、本書の読みどころを聞きました。

シェフに訊く!読むとトクするページはココだ

まず気になるのは「ぜひともこれは読んでおけ!」というページ。企画段階から関わってきた「南三」水岡シェフに尋ねると、巻末の食材・調味料解説と、自家製調味料に関するコラムがイチ推し。

「レシピよりも普段の料理に生かせる情報なので、読んでおくと料理に応用が効きますよ。特に沙茶醤は市販もされていますが、作ったものとは明らかに違います」さりげなく自家製をプッシュしてくれました。

他にも、腊肉(ラーロウ:干し肉)などの一次加工方法や、台南を中心に作られているパイナップルの醤などの発酵を伴う食材も、自作できるまでレシピ化してあるという点も、見逃せないポイントですね。

「南三」で人気のニラミントソースのレシピも収録。

また「蓮香」小山内シェフは「どのレシピも、その通りにやればちゃんと再現できるところですね」とレシピ推し。

「基本的には現地の食材を使う前提なんですが、ないものは日本にあるものを使っても問題ありません。ともかくレシピがかなりしっかりしているので、自分流でも大丈夫!」と心強いお声。実際、日本で作る際の代替品も記してありますので、気になる料理があれば恐れずにトライ!

小山内シェフが愛する、大頭菜の漬物と粗挽き肉の炒め物。伝統的な雲南料理で、現地では「黒三剁」と呼ばれる。

そして「茶馬燕」中村シェフは「醤などの調味料です。これができると、レシピにはない食材でもアレンジできていいですよ」と、水岡シェフ同様に調味料推し。

「現地でも、料理やレシピは家庭ごとに違ったりしますからね。調味料が作れるようになれば、日本の食材で料理を発展させられる余地もあると思うんです」と、希望の見えるコメントをいただきました。

中村シェフの「揚げ豚皮と傣族トマト南咪」。

難しそうに見えて超簡単!? 初心者でも作りやすい料理はコレだ

ところで「おもしろそうなので勢いで買ってしまったはいいけれど、どれも作れる気がしない」と思っているあなた。実はこの本、ぱっと見はマニアックなようですが(まあマニアックではあるのですが)、よく見ると、作りやすい料理もたくさんあるのです。

というのも、中国少数民族の料理は、各地域に受け継がれてきた家庭料理が中心。すなわち北京ダックやフカヒレの姿煮のように、プロ中のプロが味の着地点を見極めて作る名菜よりも、調理そのものの難易度は低いのです。恐れずに言えば、レシピ通りに作れば、それっぽい味ができあがります。

そこで、掲載されている料理のなかでも、特に初心者に作りやすい料理をシェフに聞いてみました。

中村シェフのレシピページ。

まず、水岡シェフは「僕の受け持ちだと、アヒルの塩卵とニガウリの和え物(ハーブ中華/21ページ)、発酵パイナップル醬の焼き魚(発酵中華/84ページ)あたりですかね。小山内さんの料理は雲南の傣族レモン鶏(ハーブ中華/18ページ)、中村さんの揚げ豚皮と傣族トマト南咪(ハーブ中華/33ページ)も作りやすいと思いますよ!」と前菜系をプッシュ。

出版記念パーティーで調理する水岡シェフ。

アヒルの塩卵(咸蛋)は中華食材店で扱っている定番の中華食材。「ニガウリに限らず、季節によってホワイトアスパラガスを使ったり、芽キャベツなどを和えるのもおすすめ」とか。これをマスターすれば、春の「南三」で提供されている前菜も家で再現できますよ。

「南三」の前菜より、「アヒルの塩卵と芽キャベツの和え物」。

そして、小山内シェフが初心者におすすめするのが、傣族レモン鶏。雲南省の南端・西双版納(シーサンパンナ)エリアの定番の料理で、作り置きもできるため、こちらも前菜にぴったりの一品です。

「雲南檸檬は日本で手に入らないのですが、ライムに変えて作れば、近い感じに仕上がりますよ」。

小山内シェフのレシピ「傣族レモン鶏」。

また、「水岡さんの新生姜のドラゴンフルーツ果汁漬け(発酵中華/55ページ)は、果汁で作る泡菜(漬物)なので、新鮮な味わいを楽しんでもらえるはず」と小山内シェフ。香辛料入りの塩水で漬ける四川の泡菜とは異なる、中国南方の味わいが堪能できる一品です。

出版記念パーティーで腕を振るう小山内シェフ。めっちゃ笑顔!

そして中村シェフのおすすめは、乳餅こと雲南山羊チーズ(発酵中華/56ページ)。こちらは雲南省大理(だいり)の名物で、パニールのような弾力と、カッテージチーズのようなさっぱりした風味も感じられる一品。

「山羊のミルクの方が香りはありますが、なんなら牛乳でやっても同じようにできますよ。ごはんのおかずにはなりませんが、作った後冷凍することもでき、つまみになります。料理にするなら、丁(ダイスカット)にして枝豆と一緒に塩味で煮込むとおいしいです」と、料理へのアレンジも教えてくださいました。

揚げ豚皮と傣族トマト南咪を仕込む中村シェフ。

ちなみに3シェフとも、レシピは包み隠すことなく、店の味づくりと変わらぬ分量で出しているというのもありがたいところ。自分たちが過去の良書に学んだように、この本も、読む人にとって多く得るものがあってほしいという思いが込められています。

料理専門出版社の執念ここにあり!全ての表記にエビデンスを確保せよ

そして、本づくりを裏で支えていたのが2名の編集者、柴田書店の斎藤立夫さんと、コバヤシライスの小林淳一さんです。

その2人が「ここだけはブラさないようにしよう」と決めていたのは、全ての料理にエビデンスを確保するということ。要は、根拠なき記述はしないということですが、今回のレシピは、料理人が現地で吸収してきた技術や調理法をベースに料理が作られたこともあり、作業は困難を極めたそう。

水岡シェフのレシピページ。

「例えば『水豆豉炒香蕉花(バナナの花と猪のトゥアナオ炒め)』に使われるトゥアナオ(※枯草菌で発酵させ、薄い板状にした干し納豆)もそのひとつですね。

トゥアナオは、もともとタイ語。でも今回は中国の料理の本ですから、トゥアナオが中国語でどのような名前で呼ばれているのかを調べなければなりません。シェフは『現地でもトゥアナオと呼ばれていた』と言いますが、そこで諦めないで追跡してほしいというオーダーが齋藤さんから来るわけで。

あれこれ調べて、『納豆の起源』の著者である横山智先生にお尋ねすると、『タイ族でも、西双版納のタイ・ルーの人々はトゥア・ナオと呼びますが、徳宏に住むタイの人々はトゥア・ラオと呼んでいました。ただし、どちらの地域でも、中国語では豆豉(ドウチ)と呼んでいる』と。

となると、麹カビで発酵させた本来の豆豉と、この豆豉は異なることが明らかになります。そこで本書でも「トゥアナオ」という名詞を使うことにしよう、とやっと用語が決まるわけです」(小林さん)。

トゥアナオ。タイ北部やミャンマー、雲南省など中国西南地方でも製造・販売されている。端的に言うと、せんべい状の干し納豆。ちなみに、中国で豆豉と呼ばれるものには、エリアによって製法と風味にかなり幅がある。

また、柴田書店の齋藤さんも「テキストを読めば、食材についても料理の作り方についても情報をキャッチできるようにすることは、常に意識しています。

もちろんすべてではありませんが、うそか本当かわからない情報が氾濫するインターネットとの差別化という意味でも、きちんとした情報を掲載することは意識しています」と、情報の信頼性を担保することに力を入れています。

掲載レシピは全部で83品。料理を食べてもらうだけであれば、ここまで追求しなくても問題ないわけですが、そこは料理専門出版社・柴田書店。書籍にまとめるにあたり、執念とも言える作業を成し遂げました。

小山内シェフの「貴州ドクダミ炒飯」。

検証された内容で、知られざる中国少数民族の料理を、日本人にわかりやすい切り口で紹介する『ハーブ中華・発酵中華・スパイス中華-中国少数民族料理』

読めば食べてみたくなるだけでなく、中国に旅立ち、現地でも味わいたくなる要素が満載です。また、お店で食べて、この本で答え合わせをするというのも、料理好きにはたまらないはず。気になる方はぜひご一読を。そしてぜひレシピにトライを!


TEXT & PHOTO サトタカ(佐藤貴子)
書影提供:柴田書店