なるほどTHE中国
――みなさんは留学後も度々中国・台湾を訪れていらっしゃいますが、どんな店が印象に残っていますか?
陳 ――僕は四川省の「大蓉和(dà róng hé / ダーロンフー)」というレストランの厨房を見させていただいた時、左サイドで10人、右サイドで10人、合計20人で鍋振っているのを見て、圧巻だ…と思いました。
高木――俺は山西省で、ボーイさんがローラースケートで料理を運んできた店にはびっくりしたな。キッチンから客の前までローラースケートでやってきて、各円卓についている小姐(シャオジェ ※編集部注:ウエイトレス)がそれを受け取るの。そこはレストランの真ん中でオークションもやっていて、舞台みたいなところで掛け軸を出したりもしてる。言ってみれば、ローラースケートが走って、オークションができるほど店がデカいんだ。それが昼夜これでもかってくらい満員なんだから驚くよなあ。
大きな地図で見る 中国料理的には、黒酢と汾酒(フェンジウ)と小麦粉料理の故郷が山西省
陳 ――人口が違いますからね。人件費も何もかもが違う。日本だったらありえないです。また、時間の概念が違うというか、巨大なレストランのウェイティングルームだと、夕方の5時、6時にはもう、つまみのひまわりの種や西瓜の種が床に飛び散ってジャリジャリするくらい人がいる(笑)。
そしてフロアでは、こうやって普通にしゃべっていても周囲がうるさくて声が届かないから「高木さーん!小林さーん!」ってでっかい声を出さないといけない(笑)。個室も50室とかありますからね。
一同 ――笑
高木――あともうひとつ、山西省と大連で見かけたのは、皿に番号を書いた紙が乗ってる店があること。厨房で、その料理の鍋を振ったのが誰だかわかるようになってるんだ。客はまずけりゃ「しょっぱいなあ、これ誰作ったの?」ってクレームをつけられる。逆に言えばおいしくて褒めることもできる。いいアイデアだと思うよ。
――日本では見かけないですよね。
高木――それだけ厨房に人がいるってことよ。陳さんが言ったように、20人もストーブの前に立っていたら誰が作ったのかまったくわからない。
陳 ――そして、それだけでかくて従業員が大量に必要なのに、採用基準が細かいんですよ。人がたくさんいるから、選べるわけです。小姐(シャオジェ)の採用なんて身長、体重まで書く。だって1卓に1人雇えるんですよ。日本の感覚ではありえないです(笑)。
高木――しかも人件費が安いときた。10年前の話だけど、大連では小姐の月給が300元(※編集部注:当時の相場で約4,527円)だったぞ。
小林――ああ、雇いたい。
高木――三度の飯と寮もついてるけどな。
小林――いやあ、つけてもいいかも。
陳 ――僕がいたときもめちゃくちゃ安かったです。1万円いかないですから。500元あったらいいほうですね。だから困ったのは、自分の給与の話をする時ですよね。「お前日本でいくら給料もらってるんだ?」って聞かれて、例えば10万円だとしても、「6~7000元かな」なんて言ったら、もしかすると刺されて殺されるかもしれない。「物価が違う」とって言っても、向こうにはこちらの暮らしが想像できないですからね。
――しかし中国のレストランは果たして景気がいいと言えるんですかね。300元で雇って…。
陳 ――格差社会ですよね。儲かってても、それは上のほうの人たちだけの話。テレビに出ている俳優なんて、ものすごいお金持ちです。ともかく庶民との差がすごい。それは現地に行かないとわからない感覚かもしれません。
高木――そうだ、先週台湾行ったときの話。ガッカリしたことなんだけど、皮付き豚バラ肉を焼いた後、七輪の上に乗って出てきたの。これに炭火が入ってるならいいよ。でも、ただ乗せてあるだけ。「おい、これ意味ないだろう」と思ったよ(笑)。プレゼンテーションはうまいんだけど片手落ちだよね。それに、肉を蒸して柔らかくしてるから、焼いた肉ならではの味わいがいまひとつで。
逆に新しさで感動したのは、君品明蝦餃(君品ホテル風蝦餃子)。赤酢の入ったスポイトを蝦餃に刺して、シューッと中に入れるんだけど、そうすると、澄麺皮(ドンミンピィ)が半透明だから、赤酢がヒューッと流れていくのが見える。
一同――へえー。
――どこの店でしょうか。
高木――台北駅の真後ろにできた、君品酒店(Palais de Chine Hotel / パレ・デ・シン)のレストラン。そこは北京ダックもおいしかったよ。500gくらいの小さい家鴨を使っている。それにしてもスポイトはいいアイデアだなと思って、俺、台湾で買ってきたの。
高木――いや、薬局で売ってるスポイトだよ。
――それに、自分で赤酢を仕込む?
高木――そうそう。1本1円くらいかな。あともうひとつ、台湾でいいアイデアだなって思ったのが、腸粉の中に油条と海老を入れて巻いた点心。食感がちょっとシャリシャリしていて面白い。その腸粉が崩れないんだけど、何でこんなにキレイなのかっていったら、葛を使ってるんだって。
小林――へえ、本当ですか。
高木――あと、葛と言えば伸びる杏仁豆腐。
――トルコアイスみたいですね。
高木――杏仁豆腐に葛を使うともっちりするんだ。俺、硬いひし型の杏仁豆腐って嫌いなのね。でも、それを食べたとき、初めて「もう一杯」ってなった(笑)。白玉団子も硬いのが駄目。それも、葛を少し入れるとなんともいえない食感になるんだ。
――進化してますね。
高木――みんなどのコックさんもいろいろ勉強しているよね。
それにしても、昔のスタイルで、昔の調味料でやっているというのは少なくなったな。小林さんが香港行った時には、料理はもうポーションで出してたでしょう?
小林――そうですね。まあ、いろんな状況に合わせることはありますが。
高木――昔のスタイルもいいんじゃないかなと思うこともあって、そういうのが消えていくというのも非常に寂しい限りだけど。
陳 ――中国の友人が日本に来るといろんなレストランに連れて行くんですけども、彼らは取り入れるスピードが速いんですよね。高木シェフがおっしゃった七輪もそうですが、いいと思ったらすぐやる。
僕がお世話になったレストランでは、まだ人も住み始めていない新興住宅地に新店舗を出店しているんですけど、そのエリアで出している料理がポーション料理というか、大人数で行っても取り分けされて出てくるんですね。それも、「エル・ブリ」じゃないですが、ちょっと液体窒素を使ってみたり。流行の細工も取り入れたりしていますが、結局食べていて思うのは、真似っこ料理ってそんなにおいしくない。もともとあるものはすごくおいしいのに。
でも、料理をする方も、無理矢理そうやろうとしているような気がしないでもないんですよね。オーナーが「これを作れ」と言ったら作らざるを得ないだろうし、ある程度ノルマをクリアにしないと、すぐ切られますしね。そこは見ていてすごくシビアだし、はっきりしています。僕たちみたいに義理人情みたいなものも確かにあるんですけど、それよりももっと、ずっとシビアな世界だからそうなるのでは、というのも感じます。
小林――以前は香港で定点観測している店、行ったら絶対に行きたい店っていうのがあったんですけど、ここ20年の間にコックさんが代替わりしちゃったり、方向性が変わったり、なくなってしまう店もすごく多いですね。先日も改装前に1週間だけ香港に行ってきたんですけど、全然感動しなくなってきました。
高木――あと思うのは、昔よりずいぶん衛生的になったよね。台湾だけじゃなく本土の方も。衛生面がうるさくなって、郊外にあった工場がずいぶんつぶれた。
――政府に監査されて、衛生面が基準に達しないところは全部閉鎖なんですよね。
陳 ――四川省もそうですね。揚げ油とか大量に使うじゃないですか。それを次に使うとき、前に使ったのを漉して沸かして…ってなると衛生的によくない。まな板も衛生面が問われる。そうしたことが、当局の方でどんどんうるさくなってきて、問題にもなってきています。
でもまた、それに対して中国の人たちは対応が早い。それならまな板を木じゃなくてプラスチックに替えようとか、包丁をただ置いておくんじゃなくて、入れものをしっかり作ろうとか。僕たちの方が結構時間かかっちゃったりするような気がします。
――まだ日本に入っていないもので、使ってみたい食材や道具はありますか?
高木――今は日本のほうが食材は豊富じゃないのかな。日本の商社が出張して、いろんな食材を探してきているからね。だいたい何でも手に入ってしまう。
陳 ――20~30年前には今のような豆板醤なんて日本になかったですからね。でも、19年前くらいからだんだん入ってきて、今ではピーシェン豆板醤なんて当たり前に使えるようになりましたよね。
高木――甜醤油(ティェンジャンヨウ)もそうだね。昔は買えるところがなかった。だから、あっちから引き揚げてくるときに24本を2ケース持って来たんだよね。それと、オイスターソースよりもっとドロッとして、すごく便利な醤油膏(ジャンヨウガオ)。ちょっと前に台湾行ったときも買って来たなあ。調味料って、俺が使ってだんだん広がってったんじゃないか?って思う食材もけっこうあるよ(笑)。
高木――でも、我々プロとしても、今ずっと現場に張り付いてるからわからないっていうんじゃなく、今度はこういう食材を使ってみたいってアピールできるものを知っておきたいよね。
小林――私はおいしい腸詰がほしいです。
高木――おいしい腸詰、俺、知ってる…。
陳 ――本当ですか!?
高木――台北の中央市場の中にあるんだよ。萬大路(wàn dà lù / ワンダールー)の正面から入って左側に、腸詰がバーッとぶら下がってるところがある。市場の中で作ってるんだけど本当においしい。ちょっと太めなんだけどな。10kgで1万円もしないし。豚肉が安いんだな。肉もおいしいし、そもそも豚肉自体が違うしね。
大きな地図で見る (A)台北駅 (B)萬大路
――日本にはなかなかおいしい腸詰ってないんですか?
高木――ない。彼らもこの頃、肉を持って来るのを嫌がるからな。
陳 ――そうですね、いちかばちかですからね。
高木――台湾人が来ると、検査が結構厳しいのよ。
――逆に、日本産の中国食材として使ってみたいものは。
陳 ――フレッシュの四川の唐辛子は日本にないですよね。日本に帰ってきて、やっぱり違うなあと実感したのがそこで。風土も全然違うので、育たないのかなとも思っているんですが…。
――朝天辣椒(チャオティェンラージャオ)等ですか?
陳 ――そうです。あっちにいくと唐辛子にもいろんなバリエーションがあって、自分が気に入った風味のものがあったんですよ。
で、唐辛子については、府中ですごくおいしい野菜を作っている農家さんと親しくなったので、いろいろお願いして、自分でも月に1回訪れて、土をいじくりながら教えてもらいつつ唐辛子を育てています。僕は農業の知識はないんですが、一緒にやっていくうちに、おいしいのが作れるようになったら面白いなと。
帰って来た当初やっぱり違うなという話をして、僕も全然そういう知識がないので、そういうのを一緒にやって、それが出来るようになったら面白いなとは思ってます。
小林――でもやっぱり、大陸とは水と土が大きく違うからね。
陳 ――全然違います。やっぱり水の違いはデカいですね。
小林――味が全然違いますよね。
陳 ――日本にもいろいろ入っているようでいて、あちらも次々新しい食材とか出てきますからね。いいのがあれば使ってみたい。現地の流行も見ていると、やっぱり面白いなと思います。
――ちなみに日本の中華料理店で、刺激を受けている店はありますか?
小林――ごめん、僕はあんまり中華に行かないの。
――では、どこに…?
高木――高級料理店ばっかり。いいよなぁ、経費で落とせるところは(笑)。
小林――すみません!
高木――俺はフレンチが多いかな。
――なぜまた?
高木――自分にとって一番不足していたのが、盛り付けや付け合わせの技だったからだよ。昔、僕らが覚えたのは大皿盛り。小盆、中盆、大皿しかないだろう。付け合わせを勉強してこなかった。
中華については、陳さんや小林くんのところの料理を食べて、すごいなあって思ったら見よう見まねで作ることはできる。でも今、俺はそうしたくはないよ。自分の店を構えてるから、今さら人様の真似をして作ってもな。だったら別のジャンルで、もっと違うことを勉強する。
小林――そう!僕も中華に行かないのはそういうことにしておいてください。そういう理由です(笑)。
<参考資料>海外投資データバンク(2002年の年間平均レート=1元15.9円(年間平均値))
Text 佐藤貴子(ことばデザイン)
Photo (人物)林正 / (食材)西田伸夫