西麻布交差点そば「麻布長江 香福筵」が、2019年4月21日で惜しまれつつ閉店となりました。

同店のオーナーシェフ・田村亮介氏は、中華の“技のデパート”のような方。80C(ハオチー)でも、日中花椒料理食べ比べ穴熊料理など、さまざまなリクエストに応えていただいたり、中華の干し肉・腊肉(ラーロウ)の作り方を教わって記事にするなど、大変お世話になりました。

80C編集部だけでなく、この店で「中華ってこんなに楽しく、奥が深いのか!」と目覚めた方も少なくないはず。建物の老朽化が理由とはいえ、しばらくこちらの料理がいただけなくなるのは寂しいですね。

田村亮介オーナーシェフ。

歴史を遡れば、同店は1997年にオープンした「麻布長江」が前身。そして創業オーナーシェフの長坂松夫氏のもと、この厨房で学んだ料理人に、実力のあるシェフが多いのは知る人ぞ知る話。

名を挙げれば「Asia’s 50 Best Restaurants 2019」にも選出された「茶禅華」のシェフ、川田智也氏や、「茶禅華」オーナーであり、島根県「桃仙閣」のオーナーシェフとして活躍する林亮治氏、地方では岡山県で活躍する「はすのみ」加藤堅太郎氏など。

もちろん、長坂氏から譲り受け「麻布長江 香福筵」オーナーシェフとしてファンを集めた田村亮介氏も、言うまでもなくそのひとりです。

2019年4月16日、「麻布長江 香福筵」の厨房に立つ「はすのみ」加藤堅太郎氏。
4月16日、「麻布長江 香福筵」の厨房に立つ「茶禅華」川田智也氏。
4月16日、〆のおこわを作る林亮治氏。「茶禅華」で川田氏とタッグを組む林氏も「麻布長江」出身の料理人です。

そこで、閉店の前のフィナーレとして、個性豊かな長江門下生が集い、「長江魂」のタイトルを掲げたコラボディナーが開かれたのは4月16日(火)のこと。今日はその料理を一挙にご紹介しましょう。

芯は一本、料理は十色!フィナーレディナーの全貌

コースは、蛤の滋味が満ち満ちた冷製卵豆腐に、雲丹をあしらったアミューズからスタート。料理はこの日のためにシンガポールから来日し、現在は和食も手掛ける、長江OBの安田栄司氏が担当しました。

また、歴代の名物前菜は、田村シェフのもとで「麻布長江 香福筵」を支えてきた、若手の川野孝太・朴木祐人の両氏の作。フォワグラと棗のテリーヌや、儚く消える麻婆豆腐など、長江の味が有田の器で登場です。

はまぐり冷製卵豆腐 雲丹ソース(安田栄司/シンガポール)
長江の物語を前菜で… いろいろな食材の上湯ゼリー寄せ・フォワグラと棗のテリーヌ・儚く消える!? 泡の麻婆豆腐・祝いの吉慶 甘酢漬け・棒棒鶏・2種アスパラとオリーブ・窯焼き豚 ガーリックトースト(川野孝太・朴木祐人「麻布長江 香福筵」)
前菜より、海鮮や野菜、叉焼を上湯ゼリーで寄せた一品

アミューズ、前菜ときて、胃が開いたところに運ばれたのは、川田智也氏がつくる「茶禅華」のシグネチャーメニュー「雉の澄ましスープ」。

長江でどんなことを学ばれたのか尋ねると、「基本の徹底です。丁寧に処理をし、灰汁を除き、温度管理をきちんとすることです」と川田氏。ほのかに香るクレソンが、季節の清々しさを伝えてくれます。

雉の澄ましスープ(川田智也「茶禅華」)

続く海鮮料理は、香川県「中華本田」の本田智也氏。香川の足赤海老と空豆を挟んだ平貝の揚げ物は、口の中でうまみが弾けるよう。

自店で生唐辛子「本鷹」を漬け、半年乳酸発酵させた泡辣椒(パオラージャオ)をソースにし、爽やかに仕立てています。

足赤海老と空豆を挟んだ平貝 アーモンドを纏って(本田智也「中華本田」)

そして「麻布長江」を代表する味のひとつ、白湯(パイタン)を使ったフカヒレ料理は、大ボスの長坂松夫氏によるもの。湯葉包みの桜鯛を添えており、やさしく、ふくよかなコクで口の中が満たされます。

フカヒレ 桜鯛の湯葉包み(長坂松夫「長江SORAE」)

その後に登場した軽やかにして滋味深い一品は、岡山県「はすのみ」の加藤堅太郎氏の「精進風野菜の澄ましあんかけ」。

使っているのは、岡山産有機無農薬野菜18種類。それぞれに異なる下ごしらえや加工を施した、技を感じるひと皿です。野菜の持ち味を生かすため、滑らかでやわらかなスープでまとめているのが印象的。

精進風 野菜の澄ましあんかけ(加藤堅太郎「はすのみ」)

四川薫るオリーブ牛のローストに、のどぐろの蒸しおこわ

そしてクライマックスを飾ったのは、田村亮介氏のパンチの効いた「オリーブ牛のロースト 四川薫る仕立て」。

葉にんにく、玉ねぎ、九条ねぎ、山くらげなど、薬味の形と食感を残し、豆板醤や豆豉、フェンネルやクミン、花椒などで調味して食べるソースのようにまとめた、現在の長江らしさを感じる一品です。

オリーブ牛ロースト 四川薫る仕立て(田村亮介「麻布長江 香福筵」)

また、〆のごはんが実に華のあるもの。島根県「桃仙閣」および南麻布「茶禅華」オーナーの林亮治氏による「のどぐろの蒸しおこわ 葱と家鴨の塩漬け卵」です。

大きな蒸籠の中に詰まっていたのは、誰もが「おいしいっ!」と思える味わい。おかわりもたっぷり、笑顔を呼ぶ料理がここに!

のどぐろの蒸しおこわ 葱と家鴨の塩漬け卵(林亮治「桃仙閣」「茶禅華」)

最後に食後のデザートは5人のシェフの合作。合わせた中国茶は、長江と言えば思い出す金萱茶(きんせんちゃ)でした。いつも通り、淹れ方のひと工夫が深い余韻へと導きます。

小さなデザート盛り合わせ(エンドウマメの寄せもの(加藤)・胡桃と棗のあたたかいスープ(林)・杏仁とタピオカのおもち(本田)・季節の果実 キンモクセイの香り(川田)・おこげチョコ(田村))
支配人の吉田さん、いつもおいしいお茶を淹れていただきありがとうございました!

移転後、再スタートはいつになる?

「麻布長江」というと、人によっては創作料理のイメージがあるかもしれませんが、長坂氏が弟子に伝え続けていたのは、基本の調理技術の徹底とともに、お客様と向き合い、食材と向き合い、自分で考えること。

その結果が、この日の料理であり、今の門下生の活躍へと繋がっていると感じられたコラボディナーでした。

“長江魂”コラボディナーにあたっては、遠くはシンガポールから、日本は岡山や香川からも料理人が駆けつけ、皆が育った厨房で腕を振るいました。長江OBの「茶禅華」チームも全力で参加!

「大切なのは『なぜ?』と問うこと。ミスした時に「为什么(ウェイシェンマ=なぜ)?」と見つめ直すことこそ成長に必要です。僕たちはこの後、反省会をして次に繋げます」。会の最後に、長坂シェフはそう締めくくり、3時間近いディナーは閉幕に。

気になる田村シェフの今後ですが、今年中に場所を移し、店名も変えて再スタートする運びとのこと。その間、若手は他店で修行をし、一回り大きくなって帰ってくる予定です。オープンのお知らせをいただいたら、80C(ハオチー)でもいち早くご紹介したいですね。


TEXT & PHOTO:サトタカ(佐藤貴子)
集合写真:「麻布長江 香福筵」提供