パスポートと胃袋を通行手形に世界を巡り、広大な大陸から香港、台湾まで、中華圏の食を楽しみ尽くす達人たち。そんな彼らの「私的中華遺産」をめぐる新連載が始まります。

中華料理が好きになったきっかけ、運命の一皿、愛用の道具や調味料。達人の暮らしぶりを通して、好きなものと生きる豊かさを、読んで味わってみませんか。

達人への8つのご質問はこちら。

1:偏愛の原点
2:人生を分けた、運命の一皿
3:中華道に欠かせない、愛用の道具
4:愛用している調味料
5:今、パスポートと胃袋だけ持って飛んでいきたい街と、そこで食べたいもの
6:味作りで気をつけていること(料理をする方限定の質問)
7:何度も読んだ食のバイブル
8:自著・連載等のご紹介
※順不同

第1回目は、香港の食とカルチャーを愛する画家でイラストレーターの小野寺光子さん。描き下ろしのイラストとともにお楽しみください!


PROFILE:小野寺光子
イラストレーター。香港映画をきっかけに香港に魅せられ、1999年初渡港。街ゆく人・街・食文化のすべてに夢中に。旅先の記憶や食の体験をユーモラスで繊細なタッチの水彩画で表現し、数々の書籍やメディアでイラストを担当。料理と絵の共通点である「五感で捉える感動」を大切にしながら、香港の道具や調味料を日常に取り入れ、再現する暮らしを楽しむ。

Instagram:イラスト作品 @mitsuko_onodera
Instagram:暮らし @kadoorie_ave
ONLINE SHOP(オリジナルグッズ) https://suzuri.jp/kadoorie_ave
連載エッセイ『ジャスミンライスの炊ける匂い

偏愛の原点―返還間際の香港映画で、レスリー・チャンに魅せられて

レスリー・チャン(張國榮)のサイン付き書籍は宝もの。

香港の中国返還のころ、雑誌で目にした香港映画の記事がきっかけで、香港映画や中華圏の映画を観るようになりました。

それまでは香港のアクション映画・コメディ映画にさほど興味がなかったのですが、ウォン・カーワイ(王家衛)監督などの作品に触れて「香港ってこんなにイケてる都市だったのか!」と衝撃を受けました。

そのうちレスリー・チャン(張國榮)に夢中になり、ファンイベントのため初の香港へ。蒸し暑い香港に行くことなんて一生ないだろうと思っていたのに、街に降り立つなり、勢いのある空、活発な港(港好きです)、広東語の響き、繁体字とアルファベットの入り混じる看板、街の色彩(これ重要)、そして食…全てに魅了されてしまいました。

昔から人や街を好きになると、なぜか「どんなものを食べてきた(食べている)のか」が気になって仕方がなくなるのが癖。すぐに香港で食べたものを「どうやって作るのか」調べて、作るようになりました。

レスリーや香港のみなさんに直接くっ付いて回ることは難しくても、何を食べてきたのか知ることなら自宅でもできるから(体は食べたものでできているのだし)。

もちろん、再現するのは自分のためだけにあらず。私が香港に行っている間、留守番してくれている家族に「こんなものを食べてきたよ」と、お礼を兼ねた報告もできますからね。

人生を分けた、運命の一皿―「麥奀雲吞麵世家」で食べた雲呑麺と「源記甜品專家」の合桃露

子供時代、たまの外食といえば横浜中華街。中学生か高校生の頃、無性に月餅が食べたくなって、お小遣いを握りしめ電車に乗って買いに行ったほど、中華料理が好きでした。

ところが初めて行った香港で食べたものは、どれも日本で食べたものとは違う。油も味付けもあっさりしていて繊細。食べ疲れしません。『これが毎日当たり前に中華を食べる人たちの味か!』と。

特に心に残ったのは、中環の「麥奀雲吞麵世家(マッガン ワンタンミン サイガー)」で食べた雲呑麺。元々がエビ好きなので、雲呑のエビのプリプリした食感に心躍ったのはもちろん、あっさりとしていながら深い味わいのスープは何!? と、びっくり。俄然興味が湧きました。

麥奀雲吞麵世家の雲呑麺。Illustration by Mitsuko Onodera

さらに、当時西營盤(サイインプン)で評判だった「源記甜品專家へ。注文したのは合桃露(ハップトウロウ|胡桃汁粉)だったでしょうか。

こちらでも、胡桃の香ばしさやコク滑らかさに、ごくごく優しい、むしろ弱々しいとすら感じる甘味。店内のベージュの壁の色、クリーム色のテーブル。常連らしきお年寄りたちのこざっぱりとした薄〜い灰色の開襟シャツ、華奢な体格…それら全ての印象にもピッタリと重なり、その空間ごと味わいが記憶に残りました。

ガツンとしたインパクトよりも、舌を澄まして味わう繊細な味付けや、喉越しのいいものが多い香港の食。一皿に絞れないのですが…初めての香港で、がっちり胃袋を捕まれました。

源記甜品專家の合桃露(クルミのお汁粉)。Illustration by Mitsuko Onodera

さらにもう一つ、「運命の…」を加えてもいいでしょうか。

香港人の友だちと中環(セントラル)を歩いていて、蒸し暑さにのぼせ具合が悪くなったことがあります。

だめだ、もう気を失うかも…と伝えると、友人がズルズルと私を引っ張って、すぐ近くの涼茶(リョンチャー:漢方茶)のスタンドに連れて行ってくれました。喉の渇きも手伝って手渡された涼茶を一気に飲んだところ…あら不思議、のぼせがサーッと引いていったのです。

その店は2025年12月、110年の歴史に幕を閉じた「春回堂藥行」。店内や店の人の佇まいにも惚れ込みましたが、これで香港の食養生の知恵にも興味を持つようになりました。

暑がりでのぼせやすく、浮腫みやすい私にピッタリの食の知恵。香港ならあちこちで出合えます。

「春回堂藥行」外観。2025年12月、110年の歴史に幕を閉じた
「春回堂藥行」の涼茶。看板商品の「廿四味涼茶」は24種類の生薬を煎じたもので、必ず温かいものを飲む。「花旗參茶」は西洋人参(アメリカニンジン)をベースにブレンドし、体に活力を与えながら熱を冷ます。Illustration by Mitsuko Onodera

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