中国各地を旅していて、会話もせずに「日本人?」と言われる確率が最も高いのが福建省の沿岸部である。

率直なところ、他の省でどこの人かはほぼ問われない(実体験)。福建人には、脈々と培われた「日本人判別センサー」が付いているようだ。

時代を遡れば、長崎、神戸と進出し、華僑貿易の礎を築いたのは福建人、特に福州や福清の人たちだ。彼らにとって海の向こうの日本は、未知の異国というよりも、古くから文化を共有してきた隣人。そんな風に見えているかもしれない。

そんな福建人の“普段着の味”を胃袋で体感するのにぴったりの場所が、市ヶ谷の「だし中華~Pinzhen’s(ピンジェンズ|品珍的)」だ。

「だし中華~Pinzhen’s(ピンジェンズ)」外観。店名はオーナーの母上、品珍(ピンジェン)さんの名前に由来する。

オーナーの林さんは、ちゃんぽんのルーツがある福清(ふくせい)生まれの福州育ち。店名に掲げた「だし中華」とは、一湯十変(イータンシービェン|yī tāng shí biàn)、すなわち一つのスープをベースにしながら、異なる調理技法や具材の組み合わせで、さまざまな味わいへと変化を遂げる、福建料理のアイデンティティを日本の味覚へと翻訳した言葉だ。

そんな福建料理の鍵を握るものは何なのか。ここでは3つのキーワードを軸にご紹介していこう。

“だし中華”どまん中!普段着の蒸しスープ「炖罐(ドゥンガン)」

中国の最高級スープといえば、山海の乾物の粋を集めた佛跳墻(ぶっちょうしょう|フォティアオチャン)。福建省福州の「聚春园(聚春園)」が発祥という話は、以前80Cでも紹介した通りだ。

そんな佛跳墻がハレの日のご馳走なら、炖罐(ドゥングァン)は普段のスープ。一人前ずつ器に入ったスープを蒸籠で蒸し上げてつくる炖罐は、福州の街で見かける庶民の味であり、家庭の味だ。

海と山の食材を組み合わせ、素材の持ち味を引き出した一杯は、まさに“だし”。これこそ「Pinzhen’s」イチ推しの一品である。

豚ガツが驚くほどうまい炖罐。蓮子(蓮の実)も入っている。

「店では貝でとった出汁をベースに、福建で定番の具を組み合わせ、器のまま強火で2時間蒸してから、提供直前まで弱火でじっくり蒸し続けます。こうすることで、クリアな風味を保ったまま、熱々を提供できますからね」と話すのはオーナーの林さん。

材料は鴨肉、豚スペアリブ、豚ガツ、干した柳松茸、もちとうもろこしなどを組み合わせた11種類。貝に含まれるコハク酸、豚肉のグルタミン酸、きのこのグアニル酸など、複数のアミノ酸が掛け合わされば、そりゃもううまくならないわけがない。

柳松茸はスープをはじめ、福建家庭料理に欠かせない食材。乾燥させたものを水で戻してから調理する。
柳松茸と鴨肉の炖罐。福建では鴨肉もよく食べられる。

かと思えば、1碗にマテ貝をぎっしりと詰めて蒸したスープもパワフルだ。食べるたびに驚くのは「マテ貝ってこんなに味が濃いの!?」という体感。蛤とホタテを合わせたような濃密な風味は「汁で酒を飲みたい」方にもぴったり。まさに「一湯十変」の福建風味ここにあり、だ。

マテ貝がぎっしり詰まった炖罐(これは汁が少なめ)。マテ貝は福建省沿岸部でよく食べられており、他の料理にも登場する。
お酒は国産のジンも揃えている。

さらなるお楽しみは福建老酒。スープをちょっといただいたところで、液面にたらりと垂らすのがお店おすすめの食べ方。

もち米と紅麹で造られる福建老酒は、一般的な紹興酒より甘みがあって、酸味がおだやか。スープに数滴たらすことで、アルコールがスープの中に閉じ込められていた肉やキノコの香気成分を抱え込み、ふわりと鼻腔を刺激する。食材の出汁が芳醇な香りへ変化する瞬間を、ぜひここで捉えてほしい。

福建老酒。福建省の汁物の香り付けには欠かせない。

福建海苔は“食べる出汁”。具と調味料のいいとこどり

2つ目のキーワードは海苔だ。福建の海苔は、日本の板海苔とは異なり、円盤状に乾燥させ、火を通して食べるのが基本。具となり調味料ともなる万能食材として料理に活用される。

なかでも「Pinzhen’s」で食べて欲しいのが「海蛎餅(ハイリービン|UFO ー 牡蠣の海苔揚げお好み焼き)」。店では林さんの実家同様、米と大豆を合わせて石臼で挽くところから自家製というこだわりがある。

水でふやかした米と大豆を石臼で挽く。これが生地になる。
厨房にある石臼。
油でふんわりと揚げる。(この日はピーナッツ付き)

こうして作られた生地は驚くほどふわりと軽やか。牡蠣や海苔、豚肉、キャベツ、ニラをたっぷりと包んだ揚げたてを2つに割れば、ぶはっと磯の香りが溢れ出す。

海蛎餅(ハイリービン|UFO ー 牡蠣の海苔揚げお好み焼き)
中には海苔と豚肉、ニラがたっぷり。歯ごたえのある海苔はアオサなどにも通じる食感だ。

また、海苔入りの餡がぎっしり入った「煎餃子(海鮮&豚肉の焼き餃子)」はランチセットでも楽しめる人気メニュー。

香りがいいだけでなく、店で手作りする皮がもちもちで、生煎包(焼き小籠包)の如く食べごたえがあるのもうれしい。

煎餃子(海鮮&豚肉の焼き餃子)※写真手前。奥の卤味拼盤(モツの醤油煮の盛り合わせ)も福建式でやさしい味わい。

主食であり脇役でもある、福建料理のフィクサー「さつまいも」

最後に、福建料理“らしさ”を表現する素材として欠かせないのがさつまいも(番薯)だ。

さつまいもは、ペースト状にして点心の生地に練り込んだり、でんぷん(地瓜粉・番薯粉)として料理に透明感と弾力を与えるなど、色と食感の両面から福建料理を支える立役者。

ペーストで使えばもっちりとしてほの甘く、でんぷんで使えばQQ(弾力)のある食感と透明感が楽しめる、変貌自在な食材でもある。

そんなさつまいも本来の風味を楽しむなら「番薯丸(ファンシューワン|豚肉と海苔の餅包み)」がいい。もちもちとして滑らかなさつまいも団子の食感と、海苔と豚肉の旨味が一体となった番薯丸は、まさに福建の食の縮図。

番薯丸(ファンシューワン|豚肉と海苔の餅包み)。さつまいもを練り込んだ黄色い団子に、海苔や豚肉の餡を詰めた福清市の名物。

また、ぷるもちっとしたテクスチャーがクセになる「海蛎煎(ハイリージェン|牡蠣のオムレツ)」は、さつまいもでんぷんを使った福建名物だ。

強火で煎り焼きながら牡蠣と卵を香ばしくまとめ上げるのがでんぷんの役割。ぱっと見はわからないが、口にするとぷるもち食感が主張する。

ちなみに、台湾で親しまれている蚵仔煎(オアチェン)は福建や潮州にルーツがある。気になる方はここで食べ比べてみるといい。

福建料理は慣れ親しんだ食材から生まれる未知の味

スープ、海苔、さつまいも。どれも日本の食卓でお馴染みの顔ぶれだが、福建の調理技法でローカル中華として現れると、未知の味と食感なのに、どこか懐かしさを覚える。

思えばさつまいもは福建から琉球、さらに鹿児島へと渡り、食用はもちろん焼酎の原料として、なくてはならないものとなった。料理であれば、長崎ちゃんぽん、熊本の太平燕など、福建を経由して渡ってきた食材や調理法は、少なからず日本に定着している。

それを思うと、地味ながら、掘るほどに歴史と発見があるのが福建料理である。案外知らない隣人の普段の味を、まずは滋味あふれる一碗のスープ、その豊かな“だし”のから覗いてみてはいかがだろう。

だし中華~Pinzhen’s(ピンジェンズ)
東京都千代田区九段南3-5-10 PIM九段ビル1F(MAP
TEL 050-5485-0395
営業時間 11:00-14:30L.O. 17:00-22:00L .O.
日曜定休
42席(個室6名1卓)
Instagram▶pinzhensfz

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TEXT&PHOTO サトタカ(佐藤貴子)