チーフの勇姿。香港映画からそのまま出てきたような達人の風格!

GWになりましたが、香港や台湾などに遊びに行けるようになるのは、さらに先のことになりそうです。そこで今回は、お蔵入りになっていた、海外旅行気分を味わえる中華街の穴場店をご紹介します。

日本で新型コロナウイルス危機が始まるほんの少し前。横浜中華街で働く知人から「最近見つけた店のチーフが香港人で、すごいいい腕してるんだよ。もともと高級店にいたけれど、茶餐廳(チャーチャンテン:香港スタイルの喫茶店) にもいたからそっちの料理もできる」という情報が入ったのです。

399円小皿料理。こんなところに腕利きシェフが!?

中華街には腕利きチーフがいっぱいいますが、高級店の料理長だったりすることが多いもの。ところがその香港人は、厨房が客席のすぐ隣にあるような、小さな店にいるというではないですか。

早速連れていってもらったところ、看板は「点心・小皿料理全品399円」。「福」の字から想像するに福建系? これまで筆者の妖怪アンテナには引っかからず、1人だったら入らなかったでしょうが、とにかく試してみることに。

外観はこちら。「大福林」とありますが…

知人が厨房に交渉に行き、ほどなく出てきた料理は広東省仏山市順徳名菜、大良炒鮮奶(順徳大良牛乳炒め)。それも抜群の出来でした。聞けば横浜中華街の名店で鍋を振っていたとか。それにしてもいきなりこんな料理を繰り出してくるとは、只者ではありません。

大良炒鮮奶(順徳大良牛乳炒め)。贅沢に蟹肉入りです。

「大福林」に見えて「福龍酒家」の仮店舗

なぜこの399円小皿料理店ですごいチーフを抱えているのか? 厨房にいた若きオーナーに尋ねると、今は店の建て替え中で居抜きで仮営業中。もともとついていた看板はそのままとの由。

オーナーさんは横浜生まれの老華僑で、福建出身の一族。子供の頃から馴染みの少ない広東料理にはあまり詳しくないらしく、チーフの腕前にいまいちピンと来ていない様子。「広東風味の強い蝦醤とか、よくわからないんですよねー」「でも、福建のタケノコの発酵した調味料は大好き」。

まるで香港映画「酔拳」を彷彿とさせる組み合わせ。

ジャッキー・チェンの「酔拳」に出演していたアクション俳優・袁小田氏をこざっぱりさせたような師匠と、師匠と好みの違うオーナーの迷厨房コンビ。なんとももったいない話なのですが、筆者の追いかける本物の古典広東料理を勿体ぶらずに繰り出してくる、素晴らしい店が見つかりました。

これは事件だ!香港の味続々

これは事件だということで、偵察宴会を立てたのは3月下旬。急な呼び出しにも関わらず、閑古鳥鳴く中華街に集まってくれたのは7名。参加者は全員海外旅行好きで、海外行きの予定がキャンセルになっていた人も。予算がリーズナブルなことも幸いし、フットワークの軽いメンバーが集まりました。

メニューは例のごとく、シェフの好きなようにやってくださいというオーダーです。材料費を押さえた料理ですが、実に良い案が出てきました。

知人がざっと書いたメニュー案。

鹵水什錦拼盒(潮州風鹵味の盛り合わせ)、黄金龍鳳球(鶏と海鮮のすり身団子揚げ)、炒大良(炒大良鮮奶:順徳大良牛乳炒め)、菜炒魷魚餅(野菜とイカのすり身の炒めもの)、琵琶豆腐(広東風海老入り飛龍頭)、西湖牛肉羹(牛肉と卵白のとろみスープ)、大良糕(順徳大良式デザート)。※わかりにくい記述は除きます。実際に出た料理と若干違う表記もあります。

このごろの沈んだ気分を一気に打ち消す勢いで宴会に臨みます。

鹵水什錦拼盒(潮州風煮込みの盛り合わせ)

最初に出てきたのは潮州風の煮込みの盛り合わせ。日本ではなじみがないのですが、香港の潮州料理店では定番の味です。

鹵水什錦拼盒(潮州風煮込みの盛り合わせ)。日本でこんな盛り合わせは滅多にお目にかかれません。

鹵水とは、漢方薬に使われるような香辛料を抽出したタレのようなもので、鹵味とはそこに漬け込んだ内臓や肉、卵、湯葉などの総称。地味で茶色尽くしですが、酒のつまみにぴったりです。

手前は豚トロを使った叉焼。柔らかいその仕上がりに、ひと口目からテンションが上がりまくり。左側は牛のハチの巣、上の黄色い一品は、卵と魚すり身で作った広東風のかまぼこ的なもの。お正月に母親がおせちに入れた味にそっくりで、異国の料理なのになんとも懐かしい。

前菜を逆サイドから撮影。この段階で宴会のテンションは激上がり。

皿の反対側には、紅麹で味付けして揚げた大腸に、ほろりと崩れる豚タン。鹵水のやや癖のある味わいは、ビールにもお茶にも合うのです。

海鮮餅炒菜(海鮮のすり身と野菜の炒めもの)

次にどかんとテーブルに届けられたのは、イカをはじめ、海鮮のすり身をかまぼこのように成型して揚げ、さらにもう一度野菜と炒めたもの。

海鮮をそのまま炒めるのではなく、あえてひと手間加えているというこの一皿、どうでしょうか?香港の大牌檔(屋台レストラン)の雰囲気がひしひしと伝わってきませんか?

海鮮餅炒菜(海鮮のすり身と野菜の炒めもの)手作り蒲鉾かさつま揚げともいうようなすり身餅をさらに料理する手の込みよう。もちろん味にうるさい参加者も大満足

写真でもわかる通り、皿の下に油がほとんど溜まっていません。東京で食べる大陸系の中華だと、料理が油のプールを泳ぐような状態になることもしばしばですが、こちらのチーフは流石の腕前。

筆者のまぶたの裏には、香港の下町・元郎の屋台で香港人の友人と食べた記憶が蘇りました。「あれ、当時行ったビブグルマン選出の店より美味しいんじゃない?」

初めて入った店でこんな地味な一皿が生き生きとしている出合いは滅多になく、旅の感動が鮮やかに蘇りました。

黄金龍鳳球(鶏と海鮮すり身団子揚げ)

海鮮を龍、鶏を鳳(おおとり)に見立て、黄金色に仕上げた揚げ団子。油切れもばっちり、油もいい状態のものを使ったことがひと目で分かる仕上がりです。

中はふわっふわ。水分をどれだけ入れるかが難しい料理。

特別な材料は使っていないのですが、自分で作れと言われたらうまく作れない、そういうタイプの料理です。箸でつまんでも箸を入れても、ふわふわとした感じがあり、食べて美味しいものを作るのは難しいはず。

大良炒鮮奶(順徳大良牛乳炒め)

今回の参加者に、この料理を愛してやまない人がいるため、組み込んでもらった一皿が出てきました。出てきた瞬間に盛り上がるメンバーと、「なにこれ?」と不思議な顔をするメンバーに別れます。一口食べればみんな満面の笑み。日本でこれを口にできるのは、中華好きの中でも運がいい人だと思います。

大良炒鮮奶(順徳大良牛乳炒め)。前回偵察のときは蟹肉を使っていましたが、今回は薄いハム入り。高級な宴会になれば雲南ハムや金華ハムが入ってくるのですが、今回は予算抑えたため材料を工夫してくれました。

大良炒鮮奶は、広東省仏山市順徳区に伝わる、1920年代に生み出されたと言われる名物料理。本場では新鮮な水牛のミルクを卵白で固めます。

一度だけ作るところを見たことがありますが、コンロを2台同時に操作しつつ、ミルクと卵白を湯煎をしながら温度を調整し、瞬間のタイミングを掴んで火を入れる難度の高い料理。中華街でも数名の名人が作るものの、華僑の結婚式など、肝入りの宴会などでないと滅多に出さない必殺技と聞いています。

広東省は香港でイギリスの影響も強ければ、アメリカ西海岸への出稼ぎで現地化した欧米文化がかなり入り込んでいる土地。筆者の推測ですが、欧米や香港を行き来する華僑から、地元特産の水牛の乳を使った料理のアイデアを伝えたのかなと思っています。

西湖牛肉羹(牛肉と卵白のとろみスープ)

なんとも古い料理が出てきました。西湖とは杭州の湖。浙江料理の牛肉スープです。浙江料理だとヌルヌルのジュンサイを使いますが、香港では香菜を使うことが多いようです。今回はまさにその香港レシピ。

なんの気取りもない、やさしい味のスープに癒やされます。香港らしく、味は香港よりもおだやか。

口にすると、薄味の仕上がりにほっとします。チーフの腕によって、雑味なくきれいにまとまったスープを味わっていると、まるで馴染みの店で自分好みに仕立ててもらったメニューを頼んでいる気分に。もしかすると、濃い味に慣れた人は最初は美味しく感じないかもしれませんが、こういう料理こそが身体に効くと感じます。健康は食事からです。

琵琶豆腐(広東風海老入り飛龍頭)

エビのすり身と豆腐で作った飛龍頭的な揚げ物に餡をかけています。見た目は本当に地味なのですが、料理人の腕前が存分に感じられる一皿。今回はこれが主役だったかもしれません。

琵琶豆腐(広東風海老しんじょ)

写真から伝わると思いますが、柔らかく仕上げているため、箸でつまむのも緊張するほどのふわふわさ。箸で割ると、その秘密が垣間見えます。丁寧にすり潰されたエビと豆腐、そしてスープ。 なめらかな舌触りですが、揚げてあるのでコクが加わり、“足し算の料理”としての面目躍如。

このふわふわ感たるや。

この料理、こんなに柔らかく作られたものは見たことがありません。家でも作りますが、調理中に壊れてしまうことを恐れてかなり硬めに作ります。 一見、地味でわかりにくいけれど、中華街ではこうした“手作りの凄さ”がわかる料理を食べてほしいです。

青蟹粉絲煲(ワタリガニの春雨土鍋煮込み)

ワタリガニを豪快にいれ、ネギ・生姜を効かせた春雨土鍋煮込み。東南アジアでは定番の中華メニューです。

期待が高まる、鍋のフタが開く瞬間。参加者全員の視線は釘付け。

食べればわかる、なぜこの料理が庶民の店で花形なのか。パチパチと音を立てて登場し、土鍋を開けると蒸気とともに食欲を誘う香ばしい香りがテーブルに漂い、カニの旨味を吸い込んだ春雨は、白米を無限に消費させます。

汁がぎっちり染み込み、少し焦げたところがまたおいしい。味は甘すぎず濃すぎず。

中華劇場のフィナーレを飾るにふさわしい、下町のヒーローともいうべきメニュー。「あー、東南アジアのプラスチック椅子に座って、ローカルな客しかいないアウェイ感の中で食べてる気分」。 中華圏の旅行が大好きな参加者たちも大満足です。

まぶたを閉じれば、横にあるビールは『Blue Girl』(香港)か『Bia Saigon』(ベトナム)か。薄いビールかさっぱりとしたお茶、ごはんが合いますね。

菊花糕(卵の黄身とクコの実入りゼリー)

デザートも抜かりなし。山盛りで出てきたのは、クコの実入りの菊花糕。最後にぱっと華やかな景色になりました。

黄色い花びらは卵の黄身で作ってあります。

総体的に味は薄めで上品な仕上がり。こってりとした店舗外観に相反して、高級店出身のチーフらしい、後味のよい料理でした。

味の好みは人それぞれ。塩のしっかりした料理が好みの人には、物足りなさを感じる人もいるかもしれませんが、筆者にとっては、夜中に大汗をかいたり、翌朝身体が重かったりすることのない料理でした。 思えば香港などの旅先で、このレベルの料理に偶然巡り合うということは滅多にありません。旅行で出合ったら大当たり、行くたびに必ず通う「隠れた宝石」ですね。

残念ながらチーフはGW明けまでお休み。ランチ営業は行っていますが、近隣の人向けのみの営業スタイルとなっています。落ち着いたらぜひ、チーフに会いに、この味を楽しみに足を運んでみてください。


福龍酒家(ふくりゅうしゅか)仮店舗

※看板は「大福林」です!
住所:神奈川県横浜市中区山下町138 (MAP)※香港路 関帝廟通り側
TEL:045-663-8896
営業時間:昼~夜。新型コロナウイルスによる営業自粛期間中の営業は店舗に確認してください。
不定休


text & photo:ぴーたん
ライフワークのアジア樹林文化の研究の一環として、台湾・中国・ベトナム・マレーシアを回って飲食文化も研究。10数年前の勤務先で、江西省井岡山に片道切符で送り込まれたことを機に、中国料理の魅力に目覚め、会社を辞めて北京に自費留学。帰国後もオーセンティックな中国料理を求めて、横浜をはじめ、アジア各国の華僑と美味しいものについて情報交換をしている。