食の安全性を確保し、素性のわかる食を選びたい。そんな意識の高まりから、オーガニック(有機栽培)の食材や、作り手の顔の見える食材が支持を集めています。
それは酒も同様。ワインであれば、有機栽培のブドウを使うオーガニックワインや、砂糖や亜硫酸塩などをなるべく加えずに造られた自然派ワインには根強いファンがいますし、日本酒であれば、栃木のせんきん、新潟の菊水酒造などをはじめ、有機栽培米を原料とした酒が各地で造られています。
江戸や明治の頃は、酒の原料はオーガニックが当たり前だったという話もあり、酒造りの人にとってオーガニックは酒の原型、ありのままの本来の姿を追い求めていくようなものなのかもしれません。
その流れは、中国の醸造酒・黄酒(フゥァンジゥ:huáng jiǔ)でも始まっています。ここ数年、少しずつではありますが、原料に有機栽培のもち米を使った酒が見られるようになったのです。
中国酒を読み解くメモ:黄酒(フゥァンジゥ:huáng jiǔ)黄酒は穀物を主原料とした中国の醸造酒。紹興酒はもち米で仕込む黄酒の一種で、中国政府の国家地理保護標示産品の証を掲げる地酒のひとつ。紹興酒と名乗るには、原料や製法に条件があり、紹興市で造られている黄酒だからといって紹興酒とは限らない。 |
オーガニック黄酒とは?
実はこれまで黄酒、特に紹興酒において、原料の質にこだわる動きは、僕にはあまり見えませんでした。日本酒は専用の酒米がありますし、ワインはさまざまなブドウの品種から新たな味わいが次々と生み出されているのに、です。
そんな中で、原料を有機栽培し、酒造りの伝統製法にこだわり、その黄酒に適したグラスや飲み方まで提案している酒蔵があることを知ったときは、非常に感動し、ワクワクしました。それが今回ご紹介する国稀酒業です。
僕が国稀酒業を知ったのは数年前、日本の食品展示会でのこと。代表のインガさんと出会い、酒談義で意気投合。後日、僕が当時働いていた「黒猫夜」で食事までしていただき、乾杯した仲でもあります。とてもチャーミングで、お洒落で大らかな方です。
そんなインガさんに、僕が紹興黄酒フェスティバルに行くことを連絡したら、なんとパーティーに誘ってくれました。会の目的は、北海道増毛町の国稀酒造との交流発展。そう、両者はともに社名が「国稀」なのです。同じ名前を縁として、ともに手をとって酒造りに励んでいこう、というわけです。
当日は中国メディアの撮影も入り、僕なんかがここにいていいのだろうか?と場違いな雰囲気に飲まれそうになりつつ、黄酒はもちろん、すべての酒をしっかり飲み干してきました。とてもユニークで、伝統的かつ先鋭的な黄酒と、酒造のある安昌古鎮についてご紹介します。
古きよき紹興の街並み「安昌古鎮」を歩く。
今回のパーティー会場となったのは、国稀酒業が経営するレストラン兼宿泊施設。場所は、浙江省紹興市北部に位置する安昌古鎮です。
ここから市内で新幹線が発着する紹興北駅までは、タクシーで20分ほど。杭州からも車で約1時間の距離にあります。
安昌古鎮の「古鎮」とは中国の古い町のこと。古鎮そのものは中国各地にあり、激しく観光化されているところもありますが、ここはまだ観光地化されておらず、昔ながらの風景が残ります。
川の水で洗濯するおばあちゃん、お店先で談笑しながらご飯を食べる人たち、屋外で干される腸詰や鴨肉…。歩いているとゆったりとした気分になりますが、ここで日本人は珍しいのか、かなりジロジロと不思議そうな顔で見られました。
さて、川沿いを散歩して、到着したのが会場となるこちら(写真下)。昔ながらの木造建築に、どこか昔の日本を感じて寛ぎを感じる一方、洗練された空間に背筋がしゃんと伸びるよう。
黄酒業界において先進的な存在でありつつ、中国古来の文化を重んじる姿勢が、建物の雰囲気や内装からも伝わってきますね。さあ、いよいよパーティーのはじまりです。
日中の「国稀」をつなぐ美酒の宴。
国稀酒業のメインブランドは「国稀」と「夢義」。そのうちオーガニック黄酒は「夢義」です。前回も述べましたが、その味わいは黄酒の常識を覆すほどの衝撃。
「夢義」の色味は黄金色。カラメルは無添加で、飲むと超ドライでありながら、鼻からミルクのようなふくよかな穀物の香りがふわっと抜けていきます。
ドライな黄酒は好みが分かれるかもしれませんが、じわりと口内に染み渡る、かつて感じたことの無い味わいに、黄酒の奥深さを感じずにはいられません。
一方の「国稀」は、伝統的な手工(手造り)をベースに現代の技術を融合して造られたニュータイプの黄酒。
紹興酒の前身となる紹興産の黄酒は、春秋時代(紀元前722年~481年)に登場したといわれ、製造技術が成熟した北宋時代(960年~1127年)に、今の紹興酒の原型が誕生。
「国稀」は、その北宋当時の醸造方法をベースに、画期的な製造法としてアルコールの低温分離技術を用いて誕生した黄酒で、なんと中国で特許も取得しているそう。
アルコール度数は6度、28度、40度、55度の4種類。40度ともなると「白酒??」と思われるかもしれませんが、これらはすべて醸造酒。信じられません。何をどうしたら、醸造酒の製法でここまでの酒度が実現できるのか。
白酒を加えているのではないかと思って聞いてみましたが、加水、カラメル、アルコールの添加を一切していないといいます。
低温分離の機械を発明し、これを駆使していることはわかりましたが、その中の詳しい仕組みについては「国に認められた専門技術」という情報しか得られませんでした。謎。
55度の味わいは、白酒のような強烈さはないものの、胸元でカアッと熱くなるあの感じは体感できます。飲みやすいのであっという間になくなってしまうあたり、白酒よりもある意味危険かもしれません。
今回は、黄酒と料理をペアリングで味わうことができたのも印象に残りました。まず、お酒の前に佛跳牆(ぶっちょうしょう:高級乾貨を入れた蒸しスープ)が登場。
スープで喉と胃を整えた後に、オーガニック黄酒「夢義」と紹興酒のつまみの定番・茴香豆(フェンネルや八角の風味で味付けした蚕豆:写真左)と、紹興香腸(腸詰:写真右)で喉を潤します。
度数の低い「国稀6度」には、白鹵水(香辛料を入れた煮汁)で煮たガチョウの手羽先と枝豆の塩水煮。「国稀18度」には、焼き鰻(左)とエビの醤油煮(右)。
「国稀28度」には、甘辛く味付けした牛肉炒め(左)と特級サワラ焼き(右)。「国稀40度」には手造り魚団子の清湯スープという組み合わせ。
このようなペアリングも、黄酒においてはこれからという段階。国稀酒業はしっかりと提案してくれるあたり、一歩先を歩んでいます。とても美味しく、楽しかったです。
国稀酒業の取り組みは、紹興酒という括りよりも、黄酒文化を重要視しているように感じました。紹興酒は黄酒を代表するものではありますが、一種の地酒です。黄酒こそ中国が誇る酒文化であり、黄酒市場全体が盛り上がってこそ文化が発展する――、その文化の担い手としての強い意気を感じました。
会がお開きになったあと、別の部屋で残った方々とテーブルを囲んでお茶会が開催されました。お酒のあとに優雅にお茶を楽しむなんて、日本ではあまりないですよね。これも中国流です。
でもこれ、身体にはとってもいいし、精神的にもいいクールダウンになりました。黄酒のことについて熱く語り合っていたようですが、僕の語学力ではほとんど聞き取れず、もっと中国語を勉強しようという気持ちが高まりました。
オーガニック黄酒の登場が、中国酒の未来を拓く。
オーガニック黄酒の登場。これは紹興酒、ひいては黄酒の酒文化の前進となるものだと思います。
食卓やレストランで楽しめる食中酒として、より楽しめるようなお酒となるには、今回ご紹介した酒蔵のように、伝統を重んじながらも新しく進化していく活動や試みを続けていくことが重要です。僕自身、これからそういった酒蔵を応援していきたいし、日中両国にも知ってほしいと思っています。
国稀酒業以外でオーガニック黄酒を醸造しているのは、私が知るところでは陝西省の「陝西朱鷺酒業」。陝西省の洋県という場所に、国家が保護する自然豊かな区域があり、そこで有機栽培している洋県黒米を用いている「金朱鷺黒米酒」です。
日本酒の製法、ワインの製法などさまざまな手法を取り入れているこちらもまた先進的な酒蔵といえます。都内や地方の中華料理店で楽しめる場所があるので、見かけたときはぜひ飲んでみてください。
次回は、温州の家庭を訪れ、黄酒の醸造を見学させてもらった様子についてご紹介します。一般家庭でも酒造りが可能な中国が羨ましいですね。それでは、また来月!
TEXT:門倉郷史(かどくらさとし)
中国郷土料理店に9年在籍し、黄酒専門ECサイト「酒中旨仙(うません)」の仙長を兼任。退職後、中国酒専門ブログ「八-Hachi-」を運営。黄酒が楽しめる店、ひとり呑みができる中華料理店を紹介している。
PHOTO:門倉郷史(一部、国稀酒業提供)