中国東北地方に位置する遼寧省(りょうねいしょう)。その省都・瀋陽は「鸡架之城(鶏架之城:鶏ガラの街)」の異名を持つ都市。「鶏ガラの全国産出量の半分は瀋陽人が食べている」なんていう通説もあるほどで、中国全土で鶏ガラ消費量は最大といわれています。実際、瀋陽人に「瀋陽を代表する食といえば?」と問えば、みな迷わず「鶏ガラ!」と即答するとか⁉

しかしなぜそれほど瀋陽では鶏ガラを消費できるのでしょうか。その理由は老若男女、大人は瀋陽が誇る雪花啤酒(雪花ビール)、子供は八王寺汽水(ソーダ水)をお供に、鶏ガラにかぶりついているから。

そう、瀋陽ではスープを取るだけが鶏ガラの役目ではないのです。これを食べだしたら、そして語りだしたらもう、欲罢不能(やめられない止まらない)! 瀋陽人の食生活は鶏ガラ抜きには語れないのです!

煮る、焼く、炙る、燻す…!瀋陽人の深い鶏ガラ愛

そんな瀋陽人の「鶏ガラ愛」。実はわたしも直接触れる機会がありました。まず1回目は、西早稲田の中国茶カフェ『甘露』の人気イベント『中国全省 大☆お国自慢大会』の遼寧省篇。これは該当地出身の留学生に、文字通り“お国自慢”をしてもらう場で、故郷愛とリアルな視点が活きた、ガイドブックには載らない現地情報が得られる楽しい企画です。

この日は、普段ゲストスピーカーのツッコミ役として活躍している「甘露中国語教室」の謝老板(シェ ラオバン)が鶏ガラで白熱。ついにやってきた故郷の回で、瀋陽人の熱烈な「鶏ガラ愛」を見せつけてくれました。なんと瀋陽では、煮る、鉄板で焼く、炙る、和える、燻す、炒める、揚げるなど、あらゆる調理法で鶏ガラが食べられているのです。

2020年1月に開催された『中国全省 大☆お国自慢大会』vol.11 遼寧省篇で用いられたスライドより。左上より、煮る、鉄板で焼く、炙る、和える、燻す、炒める、揚げるなど、あらゆる調理法で広がる鸡架(鶏ガラ)の世界!(画像提供:『甘露』谢霄然)

ちなみに瀋陽で鶏ガラといえば『老四季』。瀋陽市民に愛される店として、甘露のイベントでもこの店が登場。こちらの動画(中国の動画サイトbilibiliにリンクします)にもありますが、『老四季』で鶏ガラを食べ、雪花ビールを飲むのが定番の楽しみ方となっているようです。

瀋陽人の定番の味は、鶏ガラの有名店『老四季』。鶏ガラ(左上)、手延べ麺(抻面 |チェンミィェン)(左下)、香菜のあえもの(右上が鶏モツ入り、右下が鶏モツなし)(画像提供:『甘露』谢霄然)

また、2021年5月には「瀋陽の鶏架(鶏ガラ)ってそんなにおいしいの?」という質問が中国でトレンド入りしたというTweetが。

当人は、鶏ガラを食べない日なんてあり得ない!と言わんばかりに、いても立ってもいられない気持ちだったのかもしれませんね。深い鶏ガラ愛を感じました。

鶏ガラは名物なのに裏メニュー!? その理由とは…

ところかわって日本。今や現地系の中国各地の料理店が数多あるなか、これまでこの鶏ガラを見ることはありませんでした。しかしコロナ禍で故郷に帰省できない人々が続出。そんな折、埼玉県戸田市に瀋陽スタイルの鶏ガラを出す『鼎香燻鶏(鼎香熏鸡|ディンシャンくんけい)』がオープンしたのです。

これには「故郷の味を日本で食べることができるようになったぞ!」と戸田まで駆けつけ、歓喜に沸く瀋陽人が続々!

『鼎香燻鶏(鼎香熏鸡|ディンシャンクンケイ)』外観。2021年12月22日、埼玉県戸田市にオープン。

店を営むのは、来日して20年になる瀋陽人の親戚同士の女性2名、李さんと張さん。聞けば、鶏ガラは幼い頃から馴染み深く、瀋陽に帰省した折は毎回食べに行っていたそう。しかし、ここしばらく帰省ができなくなってしまい、鶏ガラへの恋しさは募るばかり。

「ならば自分たちで作ろうではないか!」と、瀋陽人に作り方を教わり、作ったものを友達に食べてもらったところたちまち評判に。そこで開業に思い至り「まず丸鶏をクリスマスにおうちで食べてもらえるように」と急ピッチで店を準備。クリスマスに間に合ったこともあり、丸鶏は好評を博し、幸先のよいスタートを切りました。

『鼎香燻鶏』のショーケース。手前に丸鶏が。サイズは700g756円、800g864円が選べます。

ショーケースには小ぶりの丸鶏をはじめ、モモ・手羽先・手羽元、内臓の串などが並びます。味付けは塩味またはスパイス味(唐辛子×クミン)の2種類。食べ方は、ビニール手袋をはめ、食べやすい大きさに割り、ダイナミックにかぶりつく! 皮でフワリと香ばしさを感じつつ、肉はとっても柔らかでジューシー。ひとたび食べ始めたらもう、ただただ夢中に頬張るのみ!

ところでこの店、鶏ガラが看板料理だったはず。聞けば、鶏ガラも初めは“表の”看板料理として、丸鶏や串とともにショーケースに並べていたそうです。しかしなが〜い首にぽっかり空洞の胴部、インパクト強めのビジュアルに加えて、「鶏ガラですよ」と告げれば、「スープをとるものでいったい可食部はあるのか?」と思われ、購入する日本人客がほとんどいなかったのだそう。

結果、なんとショーケースから撤退することに。こうして鶏ガラは、人気があるにも関わらず、早々に「裏メニュー」となっているのです。

名物で裏メニューの鶏架(鶏ガラ)。

燻製をかけ、唐辛子とクミンで香り高く!食べ応え十分の燻鶏架(燻製鶏ガラ)

そんな鶏ガラは燻鶏架(熏鸡架)、すなわち燻製風味。瀋陽の鶏ガラにもさまざまな調理法があり、李さんは『老四季』の煮込み鶏ガラ、張さんは焼き鶏ガラと好みがそれぞれ分かれますが、お2人が小さい頃から最も慣れ親しんできた燻製こそ最も食べ飽きることがない!ということで、店の味として落ち着いたのだそう。

味付けは辣椒(唐辛子)と孜然(クミン)のスパイス味で、激しすぎずほどよい辛味。店名に「鼎香」と名付けた通り、クミンのいい香りがアクセントになっています。

食べ方は丸鶏と同様、まずは立派な首や胴体を食べやすい大きさに割ってからがぶり。骨まわりの肉付きもなかなか多く、ひと塊食べ終えてみると、かなり食べごたえがあることに気づきます。ひと塊378円。最高のビールの友!

こうみると、そこそこ肉を残してカットしてある鶏ガラに感じますね。左の湾曲している部分がネック(首)。鶏ガラはゆでてから下味を入れ、燻製のあとスパイスで調味。
ひっくり返すと、腹の中は空洞になっています。

また、見逃せないのがパッケージ。袋詰めの時、鶏ガラを入れた袋を閉じるシールに「正宗沈阳风味(正宗瀋陽風味:本場瀋陽の味)」の文字が光ります。小さくも誇りを感じるオリジナルステッカー。他の商品には市販のイラスト入りテープで、「鶏ガラにはこれを貼りますよ〜!」とひと言添えながらニッコリと、ペタリ。

瀋陽を感じる鶏ガラ専用シール。

店内には小さなイートインスペースが設けられていますが、現在はテイクアウトのみの営業。これから飲み物を揃えるなど準備を進める予定です。その場で即「吃鸡架,喝啤酒(鶏ガラ食べてビール飲んで)」の無限ループにハマれる日も楽しみに待ちましょう!


鼎香燻鶏(鼎香熏鸡|ディンシャンくんけい)

埼玉県戸田市南町2-21(MAP
TEL① 048-290-8267
TEL② 070-7786-8866
営業時間 11:00-19:30
日曜定休
※LINE・Wechatアカウントあり(下画像)


text & photo :アイチー(愛吃)

中華地方菜研究会〜旅するように中華を食べ歩こう』主宰。中華料理にまつわるコーディネート、アドバイス、監修などを行う。一つの「食」を愛し、味も知識も徹底的に極めた「偏愛フーディスト」がプロデュースする期間限定レストラン『偏愛食堂』中華料理担当として、多彩な中華地方菜の楽しさを伝える。

スライド画像提供:『甘露』谢霄然