開業以来、記念日の食事や、大切な会食の場に選ばれてきた広東料理店「香宮(シャングウ)」。これまで星条旗通り沿いにあった同店が、広尾寄りに場所を移し、2021年秋、リニューアルオープンした。
従来の「海鮮名菜 香宮」が大切にしてきた美しく雑味のない味わいや、伝統的な広東名菜は残しながら、新装「西麻布 香宮」はさらに華やかな印象にドレスアップ。キーワードは“劇場型ライブキッチン”だ。
厨房が眼前に!? 中華のダイナミクスを体感する劇場型ライブキッチン
これまで中華のカウンターキッチンというと、料理人が背を向けて鍋を振る場が多かったように思う。ところがこの店では、カウンターから料理人のさまざまな動きが見えるのがユニークだ。
特徴的なのが、厨房と客席の間の大きな窓。ガラスなどは入っておらず、厨房とフロアは繋がった空間なのだが、これがパノラマ撮影のフレームのようで、その窓からホテルの厨房を見ているような体験ができるのだ。
特にエントランスに近いカウンター4席は厨房の正面にあり、劇場でいうところの“かぶりつき”。鍋振り、盛り付けなど、料理を作り上げる過程が見られる楽しさがある。
また、仕上がった料理の加工や盛り付けは、カウンターと向かい合った台の上で進められる。これは今までありそうでなかった仕掛けで、否応なしに気持ちは盛り上がる。
例えば和牛サーロインの塩釜焼きであれば、焼き上がりを目の前で見せ、割って、台の上でカットし、盛り付けて登場。上海蟹なら、湯気の上がるところを見せて、食べやすく解体し、先に熱々の味噌、後からきれいにほぐした身が登場…といった具合。これらがすべて目の前で、広がる香りとともに繰り広げられるのだ。
写真を見てわかるように、カウンターと窓の間にも人が通れる空間があり、料理やドリンクはカウンターなのに正面からサーブされる。この動線が空間を盛り上げ、会話を弾ませるスパイスとなる。
広東料理の華!ふかひれ、干し鮑など高級乾物料理の研ぎ澄まされた味わいの秘密
料理は「Chefお薦めスペシャルコース 一菜一魂」28,000円のみ(税込・サービス料10%別)。概ね11皿の料理は、オーセンティックな中にも現代的な要素を取り入れているが、直球の伝統料理で勝負しているのが、広東料理を代表する高級乾貨である鮑参翅肚(あわび・なまこ・ふかひれ・魚の浮袋)だ。
なにより、これらの食材選びと調理に間違いがない。ふかひれは、繊維が太くしっかりとした青鮫を厳選。それを煮込むのは、豚赤肉・鶏肉・金華ハム・龍眼・粒のままの白胡椒を少々加えて8時間蒸し上げた「頂上琥珀スープ」である。
口に運ぶと、香り立つスープの香ばしさ、ふかひれの金糸の食感、後味の美しさに広東料理の粋を感じる。もったりとせず、キレのよい味わいだ。
一方、干し鮑はむっちりとした食感と、強いうまみを内包した贅沢なひと皿。
「こちらは豚赤肉・豚スペアリブ・鶏肉・鶏のモミジ・葱・生姜・エシャロット・紹興酒・黄冰糖(香港で使われているロックシュガー)で1日約6時間×4日間、24時間かけてコトコトと炊いたものです。それ以外の調味料は一切入れておりません。 オイスターソースも中国醤油も!」と有島浩昭シェフ。調味料を極力使わないため、スッキリとした後味のよさがうれしい。
メニューは季節によって変わり、必ずしもふかひれと干し鮑の両方揃うわけではないが、こうした王道の料理は、初めて高級乾貨を食べる方にこそ体験していただきたいと思える。
ホテル中華の黄金時代を走り抜け、今なお感性を磨き続ける有島浩昭シェフ
そして、乾貨の調理の確かさは、シェフの有島浩昭氏が長年培ってきた技と大いに関係がある。
というのも、有島シェフは往年に一世を風靡した故・周富徳氏、「赤坂璃宮」オーナーシェフの譚彦彬氏など、数々のスターシェフを輩出した京王プラザホテル「南園」で料理人人生をスタートしたベテラン。かつて溜池山王にあった全日空ホテル「花梨」、東陽町のホテルイースト21「桃園」と、当時人気の調理場で腕を振るっており、ホテルの広東中華全盛時代を担ってきた。
さらに都内に外資系ホテルが増えてからは、ザ・ペニンシュラ東京「ヘイフンテラス」の副料理長、マンダリンオリエンタル東京「センス」の料理長となり、2014年には「ミシュランガイド東京」の一つ星を獲得。退職後は「パリで広東料理を作る日本人のシェフが欲しい」とオファーを受け、新店の立ち上げを経験するなど、チームで働く厨房のキーマンとして活躍を続けてきた。
日本人の料理人で、ここまで広東料理道を歩み続けてきた方はなかなかいない。その腕と経験に、シェフの感性、チームの個性が加わってできあがったのが「西麻布 香宮」の華やかなコースというわけだ。
コースと空間に身をまかせ、美食の世界に没入する愉しみ
こうしてめくるめくコース料理を楽しんだら、第二ラウンドも待っている。そう、デザートだ。
デザートを担当するのは、銀座「ピエスモンテ」でパティシエとして経験を積んだ露木さん。紹興酒が香るバタークリームサンドや、八角の香りを効かせたいちじくの赤ワイン煮など、中華で用いる素材を活かしながら、洋菓子の技術も取り入れたデザートと小菓子が散りばめられ、少しずついろいろな味と香りが楽しめる趣向だ。
また、18時に入店したゲストの楽しみとして、部屋を移動し、ラウンジでデザートを味わうというお楽しみもある。
こちらは躍動感あふれるカウンターとはうって変わり、静かにくつろぐ雰囲気。オリエンタルな雰囲気の中庭はスタッフ総出で作っただけあって、こだわりの空間となっている。
一連の食体験を振り返ると、カウンターで“厨房という名の劇場”にわくわくしながら、王道のふかひれに唸り、華やかな季節の料理を味わい、お酒が好きならペアリング、最後にデザートでゆっくりできて…と、東京らしい中華の接待や会食にぴったりの「西麻布 香宮」。
個室もいいが、食いしん坊なら18時から厨房前のカウンター席を予約し、デザートはラウンジという流れがこの店のゴールデンコースに感じる。非日常の3時間、濃密なひと時をぜひ。
西麻布 香宮
TEL:03-3478-6811
住所:東京都港区西麻布3-13-10 パークサイド セピア 2F(MAP)
アクセス:地下鉄日比谷線広尾駅から徒歩約7分。笄(こうがい)公園の向かい
営業時間(二部制)
・一部 18:00-20:30 (デザートはラウンジにて)
・二部 20:30~23:00(デザートはカウンターにて)
席
・メインダイニング(カウンター)8席、ラウンジ8席
・個室あり(2~6名|個室料金あり)
日曜定休(臨時休業あり)
西麻布 香宮(ウェブページ|予約(tablecheck)|Instagram)
TEXT&PHOTO サトタカ(佐藤貴子)