灼熱と乾燥の夏まっただ中の中国西北地方。古代はシルクロードに貫かれたこのエリアは、甘粛省の蘭州牛肉麺や、陝西省のビャンビャン麺をはじめ、多彩な麺料理が食べられています。
夏が来ると、日本では冷やし中華が姿を現し、多くの人々に愛されているように、この西北の夏にも欠かせない麺があります。それは、漿水麺(浆水面|ジャンシュイミィエン|jiāngshuǐmiàn)。サッとゆでた野菜を面湯(麺のゆで汁)入りの水に数日間漬けて、発酵させた液体を使った汁麺です。
漬ける野菜は、セロリ・キャベツを使うことが多いほか、ニラ・カラシナ・ダイコン葉・タンポポ葉など。つまるところ、野菜の乳酸発酵液をスープの替わりにした麺料理ですが、漿水は元来“とろっとした水”という意味。麺のゆで汁を使うことから、料理名の通り、わずかにとろみを感じます。
汁を飲んでみると、発酵によるまろやかな酸味と香りが広がる、ひとクセある風味。中国人同士でも、西北地方以外の出身者にとって、この独特の酸味や香りを“芳醇”と感じるかどうかは好みが別れるようです。
しかし口にするうちに、クセがだんだん爽やかに感じられ、口もとはさっぱり、胃も軽やかな感覚を覚え、いつの間にか夏の暑苦しさはどこへやら。中国西北地方以外ではなかなかお目にかかれない、珍しい中国ローカル麺ですが、なんと夏季限定で、池袋『中国西北家庭料理 沙漠之月』で食べることができるのです!
バックパッカーのオアシスから、東京で『沙漠之月』に。
『中国西北家庭料理 沙漠之月』は、2012年6月11日にオープンし、今年10周年を迎えた郷土料理店。甘粛省張掖出身の店主・英英(インイン)さんがひとりで営む、カウンター6席の小さな店です。
ここを開く前は、甘粛省敦煌市で『英英咖啡屋(YINGYING CAFE)』を営んでいた英英さん。実はこの店、日本の家庭料理を提供していたこともあり、多くの日本人バックパッカーが骨休めに訪れていた場所でした。
今もなお、当時のお客さんが全国各地から訪ねてくるのは、きっと旅先のいい思い出があるからでしょう。店内の壁には、張掖郊外の絶景スポット・七彩丹霞や敦煌の写真が所狭しと貼られ、旅情をそそります。
ところ変わって、日本で開いた『沙漠之月』は、故郷の甘粛省張掖をはじめとした中国西北地方の家庭料理が楽しめる店。なかでも漿水は甘粛人にとって、他の酸っぱいものなどでは「替えが効かない」と言わしめる故郷の味。夏が来ると、現地と同じように漿水を仕込み始めます。
そんな漿水は、麺のスープになるだけでなく、英英さんにとって夏の栄養ドリンクとして欠かせない存在。開店準備中や、営業の合間に皆の料理提供がひと段落した時など、小さな碗に漿水を注ぎ、ゴクリ。すると発酵の酸味が暑さや疲れを吹き飛ばし、エナジーチャージ! 私たちも漿水麺のスープを飲めば、同じような気分になれるかも…!?
漿水麺は夏限定。発酵の時間を鑑みて、事前予約が吉!
毎夏心待ちにしている常連さんから「今年はまだ?」と問い合わせが来ている漿水麺。例年は、盛夏から9月くらいまでを目処に提供していますが、今年は気温の急上昇により、仕込みのタイミングをみている状態だそう。
はっきりとした条件はありませんが、気温が高すぎてもいけず、すべては英英さんの勘と天候次第。日々天気予報を見ながら、漿水の発酵に適した状況を見極めた上で、提供開始となりそうです。
発酵には4~5日かかるため、スープを使い切ってしまうと次の提供までに数日かかり、食べられない日が生じることもあります。気候の影響を見ながらの提供するメニューゆえ、席の確保と併せて、事前問い合わせの上、予約して食べに行ってみてください。
さて、こうして席も漿水麺も予約できたら、あとは店へ行くだけ。メニューを見ながら、他にもいくつか追加してみよう…なんて思っていませんか。
もちろん、それでも美味しい料理にありつくことはできます。しかし記事をご覧いただき、ちょっとしたポイントを掴めば、『沙漠之月』をさらに深く味わえ、楽しさも数倍に! 次のページでは、‟英英劇場”のプレミアシートをさらに楽しむための、ちょっとしたコツをご紹介します。