以琳厨房は閉店しています。(2024年6月追記)

突然ですが、今回クローズアップする料理、これは何に見えますか?

太い平麺の炒麺(焼きそば)?
いいえ、これは炒餅(chǎobǐng|チャオビン|炒饼)といいます。

炒餅というなら、お餅を炒めたもの?
いいえ、これは餅(bǐng|ビン|饼)です。

材料はほぼ一緒!麺(ミェン)と餅(ビン)はどう違う?

餅(ビン)とは中国の“粉もの”、中国語で“粉食”の一種です。小麦をはじめ、穀類の粉を原料として、焼いたり蒸したりした食品をいいます。

食材を包むために薄く伸ばしたり、少し厚めの丸型にしたり。具なしもあれば、食材を生地に絡ませたり、餡を入れたり。形状はさまざまです。例えば、中国の軽食として親しまれている煎餅果子(煎饼果子|jiānbǐngguǒzi|ジィェンビングゥオズ)も、餅の一種ですね。

そのなかで炒餅に使われるのは、小麦粉・水・少量の塩でつくった生地を薄く焼いた烙饼(laobing|ラオビン)と呼ばれるもの。そのまま主食として食べることもありますが、細切りにして炒めると、先ほどの写真の炒餅(チャオビン)になります。

餅の材料は麺と変わらないため、食べたら麺とさほど変わりないのでは? そう思うかもしれませんが、口にすると、麺とは異なるもっちりとした食感にきっと驚くはず。麺でなく、餅(ビン)を炒めることで、無二の食感を楽しむという、北方の粉食文化の奥深さが感じられることでしょう。

太く切ったうどんのように見えますが、食感は餅(ビン)ならでは。

特に北京・天津・山東・山西・河北・河南・陕西など中国北方の人々にとって、炒餅は老若男女にとって“心の味”です。北方人の炒餅愛はとても深いもので、「炒餅食べたくなった」は「故郷が恋しい」という意味に等しいと例えられるほど。

彼らにとって、炒餅とは童年時代からおうちで親しんだ味、食べ盛りの学生時代にもりもりとエナジーチャージした味、働き尽くした晩に疲れを癒した味であり、家庭でも屋台でも親しまれているもの。

それに対して、中国南方の人々にとっては「えっ? 炒餅? それは一体…?」という料理でもあります。広大な中国、南北の食文化の違いは、以前80C(ハオチー)でご紹介した「ドクダミ食」を思い出しますね。

ところでこの炒餅、これほど北方に根付いていながら、日本の中華料理店ではなかなか見られないメニューです。それがなんと、千葉県市川市行徳の「北京家庭料理 以琳厨房」にあったのです!

カード型のメニューがわかりやすい!充実の北京粉食コレクション

「北京家庭料理 以琳厨房(イーリンチューボー)」は、北京大興出身の邵(しょう)さんが営む店。2022年6月にオープンし、ちょうど1年を迎えたところです。

「北京家庭料理 以琳厨房」外観。東京メトロ東西線「行徳」駅から「行徳駅前通り」を千葉港方面へ進み、歩いて5分ほど。

メニューはカード型になっており、北京の人が愛するさまざまな粉ものがズラリ。一品ごとに発音・説明・画像が添えられ、わかりやすくまとめられているので、どれにしようか絞り込むより、全品制覇したくなってしまいます。

メニューカード。わかりやすい!

そんな中から気になる炒餅を見つけ出すと、カードにはこのような紹介が。

北京家常炒饼

北京家庭の餅(ビン)の炒め物
チャオビン
jiāchángchǎobǐng

細く切った「餅(ビン)」を 野菜と一緒に炒めた北京の家庭料理。
日本ではなかなか食べられない、本当の「おうちの味」!
「餅(ビン)」も手作りです。ローカルフードが好きな方、ニンニク好きな方に、ぜひお試しいただきたい一品です。

ちなみに炒餅(チャオビン)は、餅(ビン)と野菜を炒めた素炒(スーチャオ)と、餅と肉を炒めた肉炒(ロウチャオ)に分かれますが、「北京家庭料理 以琳厨房」の炒餅は、キャベツ・もやし・卵と炒めた素炒仕様です。

家常炒餅。家常とは家庭風の、という意味。

味の要はにんにくで、”炒饼的灵魂”(炒餅の魂)といわれるほど大きな存在。皿の中を見ると、叩き割ったにんにくがたっぷり。醤油の味と香りと融和して、なんとも食欲をそそります。

もっちりした餅(ビン)はランダムな太さに切られていて、噛むと心地よい弾力がたまりません。野菜のシャキッとした食感とが合わされば、豊かな食べ心地にすっかり夢中に!

続いて気になるメニューカードはこちら、 京東肉餅(京东肉饼|jīngdōngròubǐng|ジンドンロウビン)です。

京东肉饼

北京のミートパイ
ロウビン
jīngdōngròubǐng

北京の家庭の味といえば 「肉餅(ロウビン)」
薄く伸ばした皮に挽肉のあんをのせ、 折り畳むようにして包んでいます。そのためこのような断面になるんですね! 屋台メシやB級グルメがお好きな方はきっと気に入るはず!

テーブルへ運ばれてきた肉餅は、大画面スマホに厚みを増したサイズ。断面を見ると、濃いめに調味された豚ひき肉の炸醤(ジャージャン|zhàjiàng)と折り畳まれた生地が層になっており、食べ応え十分! 見ての通りボリューム満点です。

京東肉餅。
京東肉餅の断面。肉餡と層になっています。

続いて、気になったカードはこちら! 芝麻烧饼(ジーマーシャオビン|zhīmáshāobǐng)とは…?

芝麻烧饼

ジーマーシャオビン
zhīmáshāobǐng

「芝麻焼餅(ごまパン)」は、北京を代表する庶民の味!
そのまま食べてもいいですが、 目玉焼きを挟んで食べるのもオススメです!

壁面の可愛らしい写真装飾にもある「芝麻焼餅(ごまパン)」は、2日前までに要事前予約。この日は予約していなかったので食べられなかったのですが、1個300円、6個から注文できます。

中央にぶら下がっているのが芝麻焼餅。北京の羊しゃぶしゃぶに添えて食べる定番の餅でもあります。

他にも、煎餅果子・韮菜盒子(ニラたまご餡おやき|ジウツァイフーズ|jiǔcàihézǐ)・褡褳火焼(棒餃子|ダーリァンフゥオシャオ|dāliánhuǒshāo)・炸油餅(北京風揚げビン|ジャーヨウビンzhàyóubǐng)・肉末麻婆豆腐包(麻婆豆腐まん|ロウモーマーポードウフバオ|ròumòmápódòufǔbāo)など、粉ものの充実には目を見張るものがありました。

肉末麻婆豆腐包(麻婆豆腐まん)。具だくさん!

ビジュアルに「映え」要らず!心に沁みる、正宗「家常菜」

バリエーション豊かな粉ものに加えて、北京家庭料理も見逃せません。例えば、京醤肉絲(北京名物 細切り肉の甘味噌炒め)、番茄牛腩(牛サーロインのトマト煮込み)、北京炸醤麺(北京の定番麺料理 ジャージャン麺)などです。そんな中から選んだ一品は、こちら!

葱焼豆腐(ネギと焼き豆腐の炒め煮|ツォンシャオドウフ|cōngshāodòufǔ)です。

表面を軽く焼き付けてあるけれど、中はトゥルッとした豆腐は口当たりも喉越しも滑らか。醤油味で、汁の中にはトロッとしたネギと叩きにんにくたっぷり。こちらも炒餅に負けず劣らずとっても素朴で、家庭的な味わい。画像は全くバエませんが、口にすると心にぽっと温かな灯りが点ります。

地名でも人名でも料理名でもない!? 店名に込めた意味

ところで店名の「以琳(イーリン)」、どんな意味かわかりますか? 実はこの名前、地名でも人名でもありません。ヘブライ語の「エリム」を中国語表記にしたものです。

「エリム」とは、旧約聖書の『出エジプト記』に記された「完璧な休息所」のこと。紅海の東岸近くに、12の泉と70本のナツメヤシが茂る場所とされています。

そう、邵さん一家はクリスチャン。店内を見渡すと、十字架や「sweet home」と書かれた装飾、マンガの教本などが置かれているではありませんか。

十字架が掲げられた店内。

わたしが店を訪ねた時は、穏やかな笑顔を絶やさない邵さんご夫婦と、家族で唯一、少しだけ日本語がわかるお嬢さん、そして「ごゆっくりどうぞ」とニッコリ声をかけてくれた息子さんが勢揃い。

まるで邵さんのsweet homeへお邪魔したかのような雰囲気に包まれ、その名にふさわしい「完璧な休息所」だと感じました。クリスチャンでなくとも寛げますよ。

なお、この店を知ったきっかけは、80C(ハオチー)の台湾美食記事おなじみのはっしーさんによるこちらのTweet。2022年の秋からメニューは一部変更し、常に変化し続けています。間隔をおきつつ、定期的に通ってみれば、未だ見ぬ北京の家庭の味に出会えるかもしれません。

以琳厨房(イーリンチューボー)

千葉県市川市行徳駅前3-7-15 行徳イトーストアー(MAP
TEL 080-4319-5677
営業時間
月-水 9:00-14:30 17:30-20:30
木 11:30-14:30
金 11:30-20:30
土 12:00-20:30
日曜定休


text & photo :アイチー(愛吃)
中華地方菜研究会〜旅するように中華を食べ歩こう』主宰。中華料理にまつわるコーディネート、アドバイス、監修などを行う。一つの「食」を愛し、味も知識も徹底的に極めた「偏愛フーディスト」がプロデュースする期間限定レストラン『偏愛食堂』中華料理担当として、多彩な中華地方菜の楽しさを伝える。