鶯谷(うぐいすだに)は、山手線の内と外でコントラストのある街だ。

駅のホームから見えるのは、目映く光るラブホテル街のネオン。しかしその真後ろ、山手線の内側は上野恩賜公園と上野桜木の寛永寺に面し、緑があふれ、視界が開ける。

鶯谷駅南口の陸橋からの見事な線路ビュー。線路の左は寛永寺側、右がラブホ街。

一方、ラブホ街の狭間には俳人・正岡子規が暮らした「子規庵」や、 落語家・林家三平の記念館「ねぎし三平堂」、洋画家で書家の中村不折が開いた、台東区立の「書道博物館」など、日本文化を感じる施設が点在。

近年は、サウナを備え、都内最大級の広さを誇るビル型銭湯「萩の湯」や、往年のグランドキャバレーを改装したライブハウス「東京キネマ倶楽部」も人気で、歩くほどに発見があるエリアだ。

そんな鶯谷駅の南口を出て、線路をまたぐ陸橋を渡った先に、「点心すや」はある。

調理師学校講師の先輩後輩が学校の目の前で開業

ちょっと変わった名前の由来は、店を営む須田智尋さんと安元晋吾さんの頭文字をとったもの。実はこの2人、店の目の前にある華調理製菓専門学校の講師時代の先輩と後輩。先輩の須田さんは主に調理を担当。後輩の安元さんは主に飲料、接客、Instagramを担当する。

代表の安元晋吾さん(左)と、店長の須田智尋さん(右)。

聞けば、須田さんのご両親もまた同校の卒業生。お父様は、かつてうぐいす通りにあった老舗中国料理店「鶯泉楼」の料理人だった地縁もあり、この界隈は「自分が背伸びしなくていい、やりたいことがのびのびやれる」と思えたエリアだった。

2人の母校は鶯谷駅南口からすぐ。店の目の前だ。

「恵比寿だともっと流行るよ」などと言われることもあるが、出すべくして出したこの立地。店は意識しなければ通り過ぎてしまいそうな小さな間口だが、着々と常連客を増やし、2024年7月に2周年を迎えた。

妙齢女性はなぜ「すや」に足を運ぶのか?

それにしても、この店を説明するのは難しい。点心専門店、バー、居酒屋、中華料理店。そのどれにもあてはまり、どれにもあてはまらない。

ひとついえるのは、1人でも気負いなく入れて、ひとつひとつ丁寧に作られた点心とクラフト柑橘サワーを自分のペースで楽しめて、女性に支持されているということだ。

事実、ここに来るお客様は30~50代の食に関心の高い女性客がほとんど。カウンターに座ってしばらくいると、続々女性客がやってくる。なぜだろう。

その理由を勝手に推測するに、点心は2個から、料理は小皿で、すべてアラカルトで楽しめるという点が挙げられる。「そんなの当たり前」と思うかもしれないが、昨今、手作りにこだわるオーナーシェフの店はコースのみというところも増えている。

また、妙齢女性はおいしいものは食べたいけれど、おなかいっぱいはつらい。ここなら「コースだから気合いを入れていかねば」という気負いはいらず、胃袋にもお財布にもそれほどプレッシャーがない。だから1人でもいけるし、誰かを誘いやすい。

メニューは黒板に記載。

ドリンクもひと工夫光る。おすすめは自店で仕込むクラフト柑橘サワーだ。その種類は常時10種類前後。さらに柑橘によってはノンアルコールバージョンにもできる。酒を飲んでも飲まなくても、一緒にいる人と同じ雰囲気で楽しめるのは大切なことだ。

柑橘のビタミンカラーに気分が上がる。

それに加えて、InstagramのDMで予約ができる気軽さがあり、須田さんと安元さん、阿吽の呼吸で切り盛りされる、気取らないくつろぎの空間がある。カウンターのつかず離れずの接客も心地よく、奥の小さなテーブル席は4人くらいで楽しむときにちょうどいい。

定番で味の違いを見せつける。「点心すや」の人気店心ベスト3

そんな「点心すや」自慢の人気点心ベスト3は、「皮から手作り焼き餃子」「肉汁たっぷり肉焼売」「プリプリえび雲呑」というド定番である。

なかでも、生地がもっちりとして、焼き面がサクッとした焼き餃子は不動のナンバーワンだ。

不動の人気は皮から手作り焼き餃子。同じく不動の人気の檸檬サワーを合わせる。

そのこだわりは「やや強力粉寄りの小麦粉をベースに、ほんの少し米粉を加え、熱湯で生地を練っています。そうすると、焼き上がりにおせんべいのような香ばしさが加わるんですよ。焼くのは中華鍋です。いろいろ試したんですが、慣れた道具が一番焼き面がキレイに仕上がりますね」と須田さん。

餡は肉と野菜がバランスよく入っており、重たくない。誰もが知る点心がちゃんとおいしい、というのは、わかりやすい違いである。

餃子が永遠の定番だとすれば、季節を表現するのは春巻が役割を担う。ちょうど秋口は秋刀魚ときのこの春巻がオンメニュー。ミチッと具に沿わせて皮を巻くタイプで、軽やかでクリスピーな仕上がりだ。

ふわっと仕上げた焼売は、蒸篭から上がる湯気もまたご馳走。こうして少しずつ、時間や気分に合わせてつまめる楽しみがここにある。

さらに、ちょっとした小皿料理も揃う。野菜を食べるなら「季節野菜の特製バーニャカウダ」だ。こちらは咸魚(鹹魚:中国語でシェンユィ:広東語でハムユイ)で風味をつけたにんにく入りのソースが決め手。

また、「本日の海鮮チャイナフライ」は、細挽きのパン粉をまぶして揚げた海鮮に、季節のソースを添える。例えば、秋口であればオリーブと泡辣椒(発酵唐辛子)がベースのソースがたっぷり。クリスピーなフライを引き立てる。

写真は鯖のフライに黒オリーブ×泡辣椒ベースのソース。魚とソースは季節で変わる。

いずれも中国料理というより中華のエッセンスを生かしたつまみだが、「専門学校の講師時代、この中国料理を西洋料理っぽくしたらどうなるかな、と考えながら仕事していた経験が今に生きているかもしれません」と須田さんは振り返る。

中華の油と好相性!10種類のクラフト柑橘サワー

こうした点心や料理に合わせるのは、前述の通りクラフト柑橘サワーである。ドリンクは「まずは思いついたら作ってみます。料理と合わせてこんなのどうかな?と相談してみて決めることも多いです」と話すのは安元さんだ。

カウンターから見えるクラフトサワーのもと。桃など季節の果物を用いることもあり、1年を通じて飽きることがない。

こだわりは、旬の国産果実を使っていること。例えば秋口であれば、徳島県の神山町から取り寄せた、ドライな酢橘のサワーを仕込み、冬場であれば金柑、はるみなどを仕込む。

定番の「THE塩レモンサワー」。

メニューには「甘め」「普通」「甘くない」「ノンアルOK」など書いてあるので、味わいイメージがしやすく、注文もしやすい。

ドリンクメニューの見開き2ページで自家製サワーを紹介する。ラインナップは10種類前後。

特に、冬から春にかけて柑橘が豊富な時期はラインナップがさらに充実。柑橘の爽やかな香りは中華の油と好相性。よくぞこのコンセプトを思いついてくれた!と拍手を送りたくなる。

小さな店のInstagram戦略とは?

またもうひとつ、この店に“今らしさ”を感じるのは、Instagramをスマートに活用している点だ。

例えば「20:00カウンター満席」「残り2席」といった状況は、安元さんが適宜ストーリーにポスト。見た人は「あ、今いってみようかな」と思えばDM(ダイレクトメッセージ)で予約できる。

電話でもOKだが、フル稼働しているのはやはりInstagram。電話をかけるよりハードルが低く、それでいて相手のこともなんとなくわかるSNSというのは、小体な店と相性がいい。

カウンターにはすぐにフォローできる仕掛けも。

さらに、フィード(ホーム画面の投稿が表示される場所)のポストには、1つの画像に店名と料理画像を組み込んでいる。聞けば「うちを知らない人が初めて見たとき、最初に目にした投稿で『点心すや』って店だとわかるといいなと思ったから」。たしかにその通りだ。

コロナ禍のオープンということもあり、飲食店をやっている友人知人からのアドバイスでInstagramを始めたそうだが、もとからSNSに長けていたわけではない。まさに習うより慣れろ、である。

3年目は新定番メニューの誕生とコラボを目指す

今後の展望は、「現在提供しているコースメニューにひと区切りをつけて、アラカルトの新しいメニューを出していきたいですね」と須田さん。点心で鉄板メニューが生み出されている今、より出番の多いメニューを増やしていきたい意向だ。

また、3年目を迎え「他の方とのコラボレーションやイベントにも挑戦してみたい」という思いもある。最近は同業者の来訪も少なくない。近い将来、実現の可能性に期待したい。

点心すや

東京都台東区根岸1-3-20 UDBASE101(MAP
※JR山手線鶯谷駅南口より徒歩約1分
TEL 03-6802-4673
営業時間 火~土17:00-23:00 日曜・祝日の月曜13:00-20:00
※営業時間は不定期に変更あり。最新情報はInstagramをご確認ください。
月曜定休(祝日の月曜は営業。他不定休あり)
カウンタ―6席、テーブル12席(4名×3卓)
Instagram @10shin_suya


TEXT&PHOTO サトタカ(佐藤貴子)